ココロのほんのひとかけら
こんばんわ、と覗いてみた馴染みの用務員室は、巡回中なのか誰もおらず。
しばらく待ってみても戻ってくる様子もないので、遊戯は諦めて用務員室から校舎の中にお邪魔した。
・・・一階はまだ良かった。
用心のためか、職員室などに多めに明かりが灯っていたから。
だから明かりとかあんまり気にせずに自分たちの教室のある3階に向かった、が。
それが間違いだったらしい。
2階の階段を登る途中、少々後悔の念に襲われた。
「…く、暗いよ~」
『懐中電灯持ってくるべきだったな。まさかこんなに暗いとは思わなかったぜ』
「うう、ちょっとブキミだなぁ」
…城之内くんだったらイチコロだよね。
辺りを不安そうに見渡しながらも、どこかピントのずれた暢気な一言に、もう一人の遊戯は小さく吹き出した。
『はは、確かに城之内くんは嫌がるだろうな』
「お願いしてもぜーったい一緒に来てくれないよね」
怖がっていたわりには呑気に笑い合う。
…ここは昼の顔しか知らない。
昼間は大勢の生徒がにぎやかに過ごす廊下も、階段も。今は酷く冷たく、闇は深い。
確かに、学校に怪談が多いのも頷ける。こーゆーノリにはからっきしな城之内でなくとも、この雰囲気はちょっと怖い。
闇に平衡感覚すら奪われそうで、慌てて普段はあまり触りもしない手すりを強く握った。
『・・・大丈夫か?相棒』
「うん…もうちょっと。…だいぶ慣れたけど」
暗闇に慣れず、視界が自由に利かない今、手すりを支えにしないとどうも心許ない。階段はいいが、問題は廊下か。あまり見えないようだと、そこから先は壁伝いに行くしかないか、と一つ息を付いた時。
空気が揺れた。
あ。
――――光が。
覚えのある感覚に顔を上げると、いつものようにふわりと宙に見慣れた姿が像を結ぶ。
「もう一人のボク・・・」
淡い光が結んだもう一人の遊戯は、トン、と目の前の段に降り立つと、どこか陶然とした目で見上げてくる半身に向けて微かな笑みを浮かべて、手を差し伸べた。
『教室でいいんだな?』
「え、う…うん」
差し伸べられてきた手に無意識に手を重ねる。
そのまま、すい、と引かれるような感じを受けて、自然と一歩を踏み出せた。
さっきまでは手すりがないと不安だった階段も、今は普通に上れる。
・・・もう一人の遊戯は実体ではないから、勿論しっかりとした感触があるわけではない。
だけど、確かに。
繋がれたそこから柔らかい暖かさを感じて、遊戯はそっと頬を緩めた。
・・・ゲンキンな事ではあるんだろうけれど。
何だかすごく、嬉しい。
『階段、終わるぜ』
「うん」
この闇の中でも、彼には見えているのだろうか。先を行く足取りは淀みない。
暗闇の中で手を引く半身は、うっすらと、月の色のようなぼんやりとした金色に包まれ、何だか凄くきれいだった。
・・・何処かで見た事のある色だ。
こつこつ、と廊下に響く自分の足音を数えながら、唐突に思い当たったそれに遊戯は内心でああ、そうかと声を上げた。
今まで何度も見ている。千年パズルの光だ。
それと同時に妙に納得する。
このパズルの綺麗な金色が彼になる。
…ちょっと、それは、なんだか、イイ。
さっきまで妙な威圧感を与えてきていた夜の闇も、学校の無人の廊下も、…一つだけの足音も。あんまり気にならなくなってくるから不思議だ。
こういう気持ちはえてして伝わりやすい。それがもう一人の自分ならなおさら。
『どうした?相棒。いきなりご機嫌だな』
ほら、すぐに気付いてくれる。
「ん~?ちょっとね。・・・キレイだなって」
思っただけ。
『綺麗?』
「うん」
何が?とまでは聞かずに、もう一人の遊戯は辺りを見回した。
辺りは昼の喧噪とうって変わった静寂に包まれ、闇に慣れた目に特に引かれる物も写らない。
『・・・?』
どういう事かを問おうかと振り返った先、手を繋いだままの相棒が、あ、と声を上げた。
無事教室にたどり着いたのだ。
「・・・あ、やった。窓の鍵開いてる」
どうやら今日最後の生徒が閉め忘れたらしい。
元々立て付けのあまり宜しくない窓は軽く押した程度では開かない。ちょっとコツがあるのだ。これのお陰で確認に回っている教員に気付かれずに、開けっ放しになっている事が多いのだが…。今回もちょうど助かった。
ごとごとと廊下側の窓を開けると傘立てを動かし、お行儀が悪いがついでに踏み台代わりにして教室の中へ。
作品名:ココロのほんのひとかけら 作家名:みとなんこ@紺