再見 五 その一
《まずい、、。》
藺晨は急いで懐から鍼を出し、白ザルの経絡数ヶ所に、鍼を打った。肌の出ている場所はそのまま打てたが、背中の二箇所なぞは、衣服の上から打った。一か八かだったが、上手く経脈に届いた。
徐々に鍼は効き、呼吸に落ち着きが出る。そして体を横に出来る様になる。
《そうだった、、、病なのだ、この者は。》
白ザルの、剣の腕の素晴らしさに、藺晨はその事を忘れてしまっていた。
「悪かった、病だったのだ、お前は。忘れていた。」
仰向けに寝たまま、白ザルは藺晨に微笑んだ。
まるで、『私も忘れていたのだ、楽しかった』と、白ザルはそう言っている様に思えた。
そんなやり取りが、藺晨には嬉しい。
人と話していて嬉しいなぞ、これまで思ったこともなかった。
藺晨は老閣主の嫡子、いずれはこの琅琊閣を継ぐ。この山の内外で、昔から、幼い藺晨に取り入ろうとしたり、、、あからさまにおべんちゃらを使ったり。幼いない頃から、そんな大人の内面が見えて、辟易していた。同じ年頃の子供ですら、大人の真似なのか、同じ様な嫌な対応をする子供も、、、。だから、小さな子供にすら、心を許せなかった。
《私はこいつと話して、喜んでいる?、、のか??。
、、、、、これはなんだ?、、、、、友?、、。》
藺晨は、そう気がついて、衝撃を受ける。
《『友』とは、、、こういうものなのか?、、。
確か私は、父上が連れてきた、この連中が嫌いだった筈。ちょっと手合わせしたくらいで、こんなにころっと変わるものなのか?。
私はこんなにも現金だったのか!!(ショック!)》
白ザルは、発作がすっかり落ち着いた様で、横になった状態から、体を起こした。
「え、、あ、、大丈夫か?。無理はするな。」
『大丈夫だ』、とでも言うように、藺晨に、にっこりと笑顔を向ける。
真っ黒な瞳を向けられて、藺晨の鼓動が大きくなる。
《わ、、私は何をどきどきしている?。白ザルに見つめられただけなのに、、。》
白ザルには、特別な何かがあるのか、藺晨は忽ち引き込まれてしまった。
白ザルの手が伸び、側にいる藺晨の腕を掴んだ。
《なななななな、、、、。》
更にどきどきとする藺晨。
漆黒の瞳は藺晨を見つめ、微笑みまで浮かべている。
《、、おー、、落ち着けーー、、落ち着けっっ!。
何か言わなくては、、平静に、、平静に、、。
狼狽えている様なぞ、見せてはならん。》
「、、、、何だ、また手合わせをしたいのか?。」
藺晨は、冷静に、できるだけ平静を装って。
《我ながら、非常に上手く装えた、、、。
、、、、良かった、、》
なのに白ザルときたら、、、なんと嬉しそうに藺晨を見るのだ。こんなに嬉しそうな人間を、藺晨は見た事が無い。
「、、ぐっ、、、。」
藺晨は思わず、変な声が出てしまい、、、焦る。
白ザルは、小さく二度頷く。大きな瞳を更に大きくして。
じっと藺晨を見て、目を離さない。
《何か会話を何か言葉を何か何か何か、、》
平静を装おうとすればする程、鼓動が激しくなり、言葉が思いつかない。
「てっ、、手合わせは止めよう。また発作を起こす。
発作は、酷く苦しいのだろう?。」
そう言われて、白ザルの表情が急に曇る。本当に残念な様子で、がっかりと肩が落ちてしまった。
「あ〜?。どうした?。」
《なんだ、、、この急な変わり様。》
白ザルは心底がっかりした様で、更にごろんと寝転び、そのままぷいと横を向いた。
《何だこれは!、まるで私が白ザルに、とんでもなく、酷いことをしたみたいじゃないか。》
「何をいじけて、、、私が何をしたと?。オイ!。
医者としての見解を言っただけではないか!、コラ!。」
藺晨は、寝ている白ザルの肩を揺すったが、ウンともスンとも反応せず、ますます白ザルはいじけている。
『友ではないか!、それなのに何も善処策も考えず、一方的に禁じるとは、それでも友か??、友か??友か、友か??。』
白ザルは何も言わず、背中を向けているだけなのだが、藺晨には、無言のその背中が、そのようにまるで自分を責め立てている様に感じた。
、、実際の白ザルは、そんな事を言ってはいないが。
《友、、友、、友ならばどうにかしてやるべきなのか?。真の友ならば、、。
白ザルは、私と手合わせをしたくて、いじけているのだ。、、、、私と、、私と手合わせをしたい、、のだ、、、、、この私と、、、。キュン》
何ともこそばゆいような、そして、顎の付け根がきゅっと、甘酸っぱくなる。
「、、、毎日は駄目だ、、、うーむ、、数日に一度位ならば、、、。」
その一言を聞いた白ザルは、がばっと飛び起きる。
『良いのか!、言ったぞ!、絶対だぞ!。』
白ザルがそう言っている気がした。
そして、白ザルの嬉しそうな顔を見て、
《しまった!、白ザルに乗せられた!!。》
藺晨はそう思った。
「いや、まてまてまて、数日に一度でも、今日みたいに、発作を起こすまで、勝負しては駄目だ。
うーん、、そうだな、、二十手までとしよう。二十手以内で決まらなかったら、引き分けだ。良いな?。」
云々と嬉しそうに白ザルが頷く。
「、、、、嬉しそうだな。私はお前に騙されたのか?。」
白ザルは笑っていた。
上手くまんまと乗せられてしまったが、悔しいとか、腹が立つとか、そんな気持ちには不思議とならなかった。
藺晨自身も、白ザルと手合わせ出来るのが、嬉しかった。そして、自分と勝負出来なくて、いじける白ザルが、しだいに藺晨の中で、大きな存在になっていくのを感じていた。
こんな者に会ったのは、初めてだった。
ひゅんっっ
どこからか、また青梅が飛んできた。
飛流が白ザルに投げたのだ。
白ザルはヒョイと楽に避けた。
次々に投げられる青梅を、座ったままで避けていた。
《大したものだ、動きに無駄が無い。さぞや名のある武人だったのだろうな。武門の名家の生まれで、母親は公主。将来も約束されていたのだろう。あの梅嶺での事が無ければ、、、。》
藺晨は白ザルを見ていて、少し不憫に思った。白ザルが事を起こした訳でもなく、父親が冤罪ならば、政争はに巻き込まれたのだ。更には、この様な姿になり、未来は潰えた。
白ザルは、楽しそうに避けていたが、もう弾切れの様で、飛んでこなくなった。
白ザルはその手に、三個の青梅を持っていた。いつの間にか、投げたものを掴んでいたのだ。
白ザルは飛流に投げ返した。
投げられた青梅は、かなりの速度だが、飛流はそれを受け止めた。
飛流は得意そうだ。白ザルは残り二つも、次々に投げ返した。
だが、最後の1つは、投げた角度が高くて、あれでは飛流は取れまいと、藺晨は思った。
白ザルの失投だ。
ところが、飛流は飛び上がり、最後の一つを逃さなかった。飛流は驚く程、高く飛んだのだ。
「あ??、あんなに高く飛べるのか?。」
白ザルを見ると、白ザルもまた、得意気に笑っていた。『自分が飛流を鍛えた』と言わんばかりだ。
その白ザルの表情に、藺晨はカチンとくる。
「飛流をお前が鍛えたと??!!。いい気になるなよ!コラ。」
藺晨としては面白くない。