再見 五 その一
そんな事を言われても、白ザルは何処吹く風で、フフンと笑っている。
藺晨にこんな事を言われたら、皆、縮み上がるのだ。
なのに平気な顔で、へへん、と笑っている。
《なんなんだコイツは。
私の事を、何も分かっていないのか?。私を怒らせてどうなると、、、。
、、度胸があるのか?、、、。
、、、、それともただの馬鹿なのか、、。》
白ザルのふてぶてしさに、藺晨に、つい笑いが込み上げる。
皮肉った笑いを受けるように、白ザルも皮肉って笑う。
さて、飛流。
飛流は、白ザルが投げた青梅を取った。
まだまだ小さく、青く硬い梅の実だが、飛流の掌に温められ、爽やかな香りがするのだ。
正に、『美味しそう』、な匂いだったのだ。
梨や棗よりも良い香りに、『きっと甘くて美味しいに違いない』と、飛流はそう思った。
飛流は、青梅を食べてみようと、その指に摘んだ青梅を、その口に、、
「飛流!、食うな!!。」
「ゔ━━━!!。」
突然、二人の怒鳴る声。
藺晨も白ザルも、互いを、飛流の事など全く見ていないと、思っていたのに、同時に飛流に注意をし、二人は顔を見合せた。
二人とも、ぽかんと意外そうな顔をして、相手を見たのだ。
飛流を、ただ側に置いておきたいだけではなく、ちゃんと飛流の面倒もみていたのだと、そう思った。
一度に二人から注意を受け、驚いて、飛流は青梅を落としそうになった。
藺晨が言う。
「馬鹿、食うな。腹を壊すぞ。痛くなるぞ。苦い薬だぞ。」
『苦い薬』と言われて、飛流は、途端に何故か悔しくなる。
「むー!。」
この悔しさを誰かにぶつけようと、持っている青梅をを、藺晨に向かって投げつけた。
驚く程、威力のある一撃だった。
藺晨は自分に飛んできた青梅を掴み取った。
取った瞬間、ぴしっと、いい音がする。
「ほう!。」
《これ程の威力のある礫(つぶて)を、投げられるようになった。》
ふと隣を見れば、満足そうに微笑んで、親指を立てて、飛流を褒めていた。飛流も嬉しそうに、、、、。
《むか━━━━っ。》
「やめろやめろやめろ!、飛流を褒めるな!。」
扇子を開いて立ちはだかり、白ザルと飛流の間に立って、二人の視界を遮った。
「あ〜?。」
白ザルはぽかんとしていたが、怒った藺晨の顔を見て、『藺晨の嫉妬』と理解をした。
分かった途端に、いつも格好をつけている藺晨が、何だか幼く思え、途端に吹き出してしまった。
「何だお前!、失礼だな。何が可笑しいのだ。」
堪えようと思っても、藺晨がムキになって、突っかかって来るものだから、白ザルは可笑しくて仕方がない。
「笑うな!。」
必死な藺晨を見ていて、もう白ザルは笑いに耐えられない。白ザルは立ち上がり、その場から、軽功で飛び去った。
腹が立つ事に、飛流が白ザルの後を負い、ついて行く。
「飛流ー!、行くなー!。」
藺晨にそう言われても、飛流は止まりはしない。
藺晨は、ただ一人、その場に残されてしまった。
「白ザルめー!、誰がお前と手合わせなぞするかー!!絶対にしないからなー!、もう来るなー、分かったかー
!。」
腹立ち紛れに、白ザルの立ち去った方に向かって、怒鳴りつけた。
琅琊閣の早朝の出来事だった。
ところが、白ザルが去った瞬間から、『今度はこういう剣使いをしてやろう』とか、『ここでこう、軽功を使ってやろう』とか、藺晨の頭から、白ザルとの勝負が離れなくなった。
「いやいやいや、、、、私は何を考えているのだ。
白ザルが明朝、のこのこ、ここに来ても、絶対に手合わせなぞするもんか。
絶対にしない、、、しない、、、しない、、、。」
呪文のように口の中で繰り返しても、藺晨の心の中は偽れず、わくわくと白ザルを、心待ちにしているのだ。
その日一日、藺晨は、上の空で過ごした。
どれ程、自分を諌めても、白ザルとの手合わせを思い出しては、興奮し、ぼんやりと、勝つ為の次の一手を考える。
従者たちが、何度も声をかけても、気が付かず。
藺晨は、自分の世界から、引き戻され、従者達からの報告を聞く。重要な報告を聞く、その時間を割くのも惜しく、鬱陶しく思え。
重大な報告なのに、気もそぞろ、、、。
その様子を訝る従者達。
「どうしたのだ、若閣主は、、。」
「もしかして、、、。」
「この間、こんな話が、、、。」
「そっちの方か!。」
などど、従者達の格好の、噂のネタになってしまった。だが、どれ一つ、噂に真実は無かった。