【FGO】カルデアのお正月
二人で顔を合わせて笑いあった。
「ほう……。ああ、こりゃ『出汁』ってやつの匂いか」
ふらりと食堂に入ってきた千子村正が感心したような声を上げる。
「村正さん」
「よぉ。さっきよりマシな状態になったじゃねぇか。それに、お前さんたちが食ってるのも美味そうだな」
彼も元旦に召喚されたサーヴァントだった。ざっと施設内を案内し、自室にいったん落ち着いて貰った。その後、どうやらあちこち散策に出ていたらしい。
「エミヤが作ってくれた、お雑煮だよ」
「雑煮……。雑煮、ああ、正月に食うってあれか。それにしちゃァ儂が知ってるのよりも随分お上品じゃねぇか」
「村正の頃のお雑煮とは違うの?」
立香が尋ねると、村正はうん、と考え込む。
「そうさな。この身体はその雑煮が昨今の雑煮だと言う認識をしてやがる。だが、儂の記憶じゃ雑煮はもっと味噌味のごった煮みてぇなもんだったからな。この感覚の違いが慣れねぇな」
村正ががりがりと頭を掻きながら、困った顔をした。
「そっか。依り代の意識も判ると大変そう……」
疑似サーヴァントは、このカルデアでは村正が初めてだ。
「ま、慣れて行くしかねぇよ。幸い戦うことに関しちゃァ、どうやら大丈夫みたいだからな。そこは心配すんな」
村正はそう言ってにっかりと笑った。
「頼りにしてる」
「なんでぇ、よせやい。照れるじゃねぇか」
立香の答えに、村正はちょっと戸惑って、そう困ったような笑いを浮かべた。
「雑煮は足りているか?」
そこへ、エミヤが鍋を片手に声を掛けてきた。
「あ、エミヤ」
「へぇ、アンタがこれを作ったって……」
村正が儂にも一杯、と言いかけたところで、絶句する。
「どうしたの?」
立香がエミヤと村正の両方を見て、慌てたように声を掛けた。今日カルデアに召喚されたばかりで初対面のはずの二人は、険しい目つきで対峙し、固まったように動かない。
「エミヤさん? 村正さん? どうされたのですか?」
ただ事ならぬ雰囲気に、マシュも心配そうに声を掛けるが、二人からの返答はない。
むしろ、返答代わりに二人の間の緊張感が、殺気を孕んでギリギリと引き絞られていくようだった。同時に、険悪な空気が二人を中心に地響きを立てて広がっていく。食堂でも二人の雰囲気を感じ取ったらしい職員やサーヴァント達が、なんだなんだと遠巻きに見ている。
「あの……、二人とも?」
流石にこれは尋常ではない。これまでにも以前に関わりの合ったサーヴァント同士が、このカルデアで再会した例はある。当初はぎこちなさそうだったが、それでも時間が経つにつれ蟠りも解け、且つての仲のように付き合っている者もいる。
しかし、初対面でここまで険悪になった相手は来たことがなかった。
「よぉ、マスター」
この一触即発の空気を知ってか知らずか、のんきな声が掛かった。その調子に崩されたのか、エミヤと村正の間にあった剣呑な空気が裁ち切られる。対峙した二人がすっと、体から力を抜いたような気がした。そして、心なしか互いに睨み合いが途切れて安堵しているようでもあった。
場違いなほどの声を掛けてきた主を見ると、佐々木小次郎とロビンフッドの二人だった。
「ロビン、小次郎さん」
立香もマシュも、ほっとした声で名前を呼ぶ。
「おたくら何食べてんの?」
「エミヤが作ってくれたお雑煮だよ」
「ほう、雑煮か。私の知る雑煮とはちと違うな。当世風か?」
小次郎とロビンフッドがガタガタと同じ席に座った。
「へぇ。おっ、アンタ新顔だね? 何もう早速厨房入ってんの? やるねぇ。折角だから俺も一杯貰おうかな」
「拙者も同じく」
「……ああ、ちょっと待ってくれ」
明らかに助け船だった。エミヤも有難くそれに乗った。
「三つで良いか?」
敢えて名前を出さないのは、エミヤ側の事情だろうけれど、それでも大人の対応をすることに決めたらしい。
「うん!」
村正が返事をする前に、立香は勢い込んで返事をした。
「あっ! お替りください!」
「では私も……」
立香が明るくそう言えば、マシュも遠慮がちに手を挙げた。
「ちぃ。首筋がぞわぞわすらァ」
村正は首筋を撫でながら、厨房へ去っていったエミヤの後姿を、苦々しい顔で見た。
「おたくら、今にもサムライソードで殺し合い始めそうな空気だったよ」
「いや、もう何合か切り結んだと見たが」
「え、それって対峙しただけで相手の手の内読んでるってこと? いやぁ、怖い怖い」
佐々木小次郎の言葉に、ロビンフッドがやれやれ、と溜め息を吐いた。
「すまねぇな……」
「二人とも助かったよ~~」
あのまま対峙し続けていたら、おそらく本当に互いに武器を抜いて戦いを初めていただろう。それを辛うじて止めてもらったのだ。村正もそれは理解しているようで、礼とも謝罪ともとれる言葉を呟いて、横長の食堂の席に座った。
「で、あの赤い旦那は?」
「彼はエミヤ。アーチャーだよ。で、こちらが千子村正、セイバー」
「よろしく~」
「斬味で有名な刀匠とお会いできるとは、光栄だ。以後お見知りおきを」
「えっ、なになに、そんな有名な人なの!?」
小次郎の挨拶に、ロビンが驚く。
「なに、ただの偏屈なガンコジジイだ。よろしく頼む」
「こちらがロビンフッド、アーチャー。そして、村正を知ってるのが佐々木小次郎、アサシンだよ」
立香の紹介に、村正がふむ、と考え込む。
「ろびんふっど殿はいわゆる唐国《からくに》の義賊ってェ奴か」
村正に与えられた聖杯の知識と、依り代となった人物の知識なのだろう。
「うわぁ、よしてくださいよ。それどこ情報よ、ダンナ。ま、戦いの前の事前準備なら俺にお任せってね。よろしく」
ロビンフッドがにぱっ、と人好きのする笑顔で言う。
「佐々木小次郎殿は相当長い刀を扱う剣士、と。へぇ、どうやら当世じゃ芝居やら物語やらで有名な御仁らしい。ついでに、体の方はどうやらアンタを知ってるみたいだな」
「ほう、そう言われれば、どこぞで私の別の霊基と縁《えにし》がありましたかな」
小次郎もふっ、と笑う。
「熱いから気を付けてくれ」
そんな所へ、話を聞いていたのかいないのか、エミヤが雑煮を持ってきた。
「おっ、美味そうじゃないの、ありがとさん」
ロビンフッドが自分の前に置かれた盛んに湯気を上げる椀を、興味深げにまじまじと見た。
「エミヤ」
エミヤを呼び止めて、立香が同席した他のサーヴァントを紹介する。
「エミヤ、アーチャーだ。よろしく頼む」
そう言いながら、最後の椀を村正の前に置く。
「ありがとよ」
村正も辛うじて自分を抑えながら、礼だけは言う。エミヤも、それにうむ、と頷くだけで去っていった。
「な……、こいつぁ……」
蓋を取った村正が、自分の椀の中を見て、驚きの声を上げた。
「なになに? どうしたの?」
立香たちが覗き込むと、餅とたっぷりの野菜が味噌で煮込まれたものが入っていた。
「あ、もしかして、これが村正が言ってたお雑煮?」
「あ……、ああ……」
「ああ、私の知る雑煮にも近いものがありますな。懐かしい」
村正の答えに、小次郎が同意する。
「へぇ、色々種類があるって、いわゆる家庭料理ってやつ?」
作品名:【FGO】カルデアのお正月 作家名:せんり