D.C.IIIwith4.W.D.
何かに気付いた皐月。その表情はみるみる曇っていく。
「この場面……確か……」
「どうした?」
そう言った瞬間、目の前に。
「皐月さん……?」
「やっぱりこれは……。私がこの世界から消えてしまう直前の」
隣にいるはずの少女が現れた。
「そうか。これは皐月の記憶を第三者の視点で見てるのか」
「そのようですね」
俺の推察に清隆が頷く。
その証拠に、隣の少女の意思とは関係なく、目の前の少女は勝手に行動する。そして立ち止まったかと思うと、少女は俯きだした。
『もうこんなの嫌だ……。どこか違う世界へ行きたい……!』
そんな悲痛な叫びが聞こえた。
どうやら少女は泣いているようで。叫びは虚空に消えてもなお、どこか反芻している様な。
そんな気がした。
その瞬間、光に包まれる。
少女の体が真っ白な光の中に消えた。
「うわっ!」
「何!?」
「きゃっ!」
同時に俺達の視界も真っ白に包まれた。
● ● ●
一面の白が晴れた時。
そこにあったのは一本の大木だった。桃色の花を雄弁に輝かせているそれは、一言で表すならば満開。
「桜の木……?」
そう。
そこにあったのは桜の木だった。
しかしおかしい点がある。
一つ。
桜の木が聳え立つ部分以外に陸地がなかった。地平線の彼方、そこに広がるのは一面の水面だった。
二つ。
無数に浮かぶ鏡の数々。そこには何が映されているというわけではないのだが。それでもこの無数の鏡が浮かび続けているというのは現実ではありえない話だ。
三つ。
これが一番の不思議なところだ。
俺達は上を見上げた。
「上にも水面が見える……?」
清隆の言葉通り。
頭上にも足元と同じように水面が広がっていた。これではここが水中なのか地上なのかがわからない。
本当に不思議な空間だ。
しかし俺はこれが何かを理解していた。
「ここは……境界の世界か……」
「えっ?」
「境界の世界……?」
傍らの二人が疑問を浮かべる。
だが俺は経験則からそれを判断できた。
以前、カイの魔法を習得するために何度も扉を開けた。何度も何度も失敗し、やがて人が一生を終えるだろうという時間が経った時、それは初めて成功した。
ここはその時訪れた場所によく似ていた
「正解だよ、少年達。いや、真ん中の君は少年じゃないのか」
声が聞こえた。
その声がする方向に俺達は目を向けた。そこは桜の幹の根元だった。
「君達が≪夢≫という形でこの境界の世界に干渉してくるとは、ボクには想定外だったよ。まったく、魔法使いには困ったものだね」
そこにいたのは白い猫だった。いや、猫というのが正しい表現かはわからない。しかし猫以外に形容できそうな言葉が浮かばなかった。
「これも何かの因果か、それともこの存在がなせる業か。いやはや、興味深いものだね」
猫はそういうと丸まった。
おい、どういうことだよそれ!
俺はそう声に出したはずだった。
しかし声が出ない。
左右を見ると、同じように清隆と皐月が声を出して何かを話そうと試みていた。だがそれは叶わない。
「目覚めが近いようだね。大丈夫、また会えるよ。じゃあね、魔法使いさん」
面倒くさそうに顔を上げた猫が呟いた。
その言葉に嘘はないようで。
俺達の目の前は再び真っ白に輝き始める。
最期に見えたその景色。
「これが君の見たかった景色だよ」
それは、皐月と思しき後姿が、ぽっかりと空いた穴に向かって吸い込まれるように歩いていく姿だった。
● ● ●
「……まさか、な」
目を開けて初めて見えたのは一面の白。しかし見覚えのある白。勿論俺の部屋の天井だ。
俺はゆっくりと体を起こし、眠い目をこすった。
「あ、起きたわね、ユーリ」
声のする方向へ顔を向けると、そこには金髪の少女がいた。
「おはよう、リッカ。起きていたのか」
「貴方達より早く起きただけよ。で、収穫はあった?」
「確かにあったよ。すごく驚きのな」
「ええ。これは大収穫ですね」
同じく目を覚ました清隆が俺に同調する。
どうやらしっかり夢の内容は覚えているらしい。
「じゃあ、何とか手掛かりは掴めそうなのね」
「これ以上はないってくらい有力な情報だった。皆にわかりやすいようにまとめるから、報告するのは放課後でいいか?」
「勿論、構わないわ。それより」
「なんだよ」
何か楽しいおもちゃを見つけたような表情をするリッカ。その視線はある一点を捉えていた。
「皐月さんと手を繋いじゃって。お熱いことね」
「え……?」
俺はリッカの視線の先を辿る。そこではしっかり、俺の右手が皐月の左手を握りしめていた。
「いや、これはだな!」
「もー。昨日から皐月さんのこと呼び捨てにしてるし、なんかあったの?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に詰め寄るリッカ。
「いや、呼び方を変えたのは別にいいだろ。ラストネームで呼ばれるのが慣れてなくて、お前達もそうだろうから出来れば名前で呼んでやれって言っただけだし」
「あ、だから一昨日から私達のことを名前で呼ぶようになってたのね。じゃなくて!その手よ」
「これは、夢の中で手を繋いでてて、清隆が絶対に放すなって言うから」
「そこで俺に振りますか!?」
とまあこんな風に朝から賑やかに時間は過ぎていく。
こんなに賑やかでもなかなか起きない皐月にはびっくりだが。
あ、流石に起きるか。うるさかったもんな。目覚めもしっかりしているようで何より。
この後巴が差し入れに来てくれて。俺達はその朝食にありついた。
そしてリッカ達は連れ立って学び舎へ向かっていった。
俺はすぐに夢で見た内容をまとめた。時折皐月にも話を聞き、間違っていないかなどの確認を取る。皐月は夢を見て自分の置かれた状況を理解できたおかげか、その眼差しは落ち着いていた。
――しかし、最後に見たあれ。境界の世界にいた白い猫のような生物。あれはいったい何だったんだろうか。
それだけが俺の中で引っかかっていた。
◆ ◆ ◆
次の日の事。
流石に何日も連続で夢見の魔法を使うのは清隆も俺も、何より入り込まれる皐月にも負担だろうと言うことで、清隆の進言もあり3日に一回夢見の魔法を使うこととなっていた。結果的に巴の負担も減って、当の本人が安堵したような雰囲気を醸し出していたのは気のせいだろうか。
で、今日はというと。
「良かったんですか?ここの見学なんて」
「構わん。俺がいいって言ったんだから」
皐月に風見鶏を案内していた。正確には学園内をだ。まあ、俺に部分的に与えられている学園長権限を使ってだけど。
「それに、こんな機会じゃないと魔法学校の見学なんてできないだろ?」
「そうですね」
困惑の表情から一転、笑顔を見せてくれる皐月。
一応風見鶏予科生の制服を着せているので、何かあっても問題はないはずだ。エリザベスにも報告はしてるし。
因みに俺は宮廷魔術師としての制服を着ている。一応仕事の一環ではあるからな。
「と言っても、魔法に関する授業をしている以外は普通の学校と変わらんと思うが」
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr