D.C.IIIwith4.W.D.
横目にひきつる顔の清隆と、すまし顔で見つめるサラの姿が見える。
二人の予想通り、ブリットはまたも左側のナイトの頭上を越えて戻ってきた。
跳弾2回目。
三度ブリットはターゲットパネルへ向かっていく。今度も外さない。
ほとんど同じコースを辿り、今度は右上の2枚を打ち抜き、ブリットは戻ってくる。
そしてこれが約束の跳弾3回目。
軌道はブレることなく、最後に残った左上の1枚を打ち抜いた。勢いは殺さず、ブリットはこちらへ向かう軌道を描く。今度は目の前にあるビショップには目もくれず、俺の元へと向かってきて。
「――よっと」
俺はそれを目の前でキャッチした。
「これでいいか?」
俺はリッカに目を向けた。
一瞬の静寂。
しかしすぐに歓声が上がった。
「しっかりこなしてくれるのね」
「お前がやれって言ったんだろうが」
「そうだけどさ」
呆れ顔のリッカをよそに、学生達は騒ぎ続ける。
「ユーリさんって、やっぱり凄い魔法使いさんなんですね」
「そうですよ。なんたってカテゴリー5なんですから」
なんか、改めて言われると恥ずかしいな。
その後学生達のグニルックの練習を皐月と二人で見学していた。時折学生達からアドバイスを求められ大変だったが、有意義な時間だったと思う。
皐月も雰囲気には馴染んでくれたようで何よりだ。
◆ ◆ ◆
数日後。
何度か清隆に夢見の魔法で皐月の夢の中に潜ってもらい、情報を探ってみたが、初日以上の進展は得られなかった。
ということもあり、皐月の記憶を覗くことはこれまでと関係者全員の意見が一致し、今度は実際に行う魔法の打ち合わせを行うこととなっていた。無論、俺の部屋――もとい研究室で。
「さて、これから皐月を送り返す為の算段を付けようか」
「と言っても、貴方の魔法で送り返すだけでしょ?」
「そんな簡単じゃない」
リッカの言葉に俺は呆れ顔で返す。
「最初に仮説を立てた通り、皐月は何らかの原因で二つの世界の存在のバランスが崩れたせいでこちらの世界へ送られてきた。これは俺が境界の世界へ行ってその痕跡があったことを確認してきた」
リッカからの無茶振りでグニルックの演習をさせられた日の夜。丁度朔月の日であった為、カイの魔法を用いて境界の世界へ赴いた。
朔の日を選んだのは、月が隠れる日であり、世界へ干渉するのに都合がいいからだ。
その時、皐月とは別の存在が境界の世界を通った痕跡を見つけた。雑な魔法だった為だろうか。わかりやすく言えば、傷のようなものを見つけたのだった。
「その痕跡から、やっぱり皐月は偶然こちらの世界に迷い込んだのではなく、なるべくしてここに連れて来られたのだと俺は結論付けた」
「なるべくして、というと?」
「何かそうなる要因があったとか?」
シャルルと巴が真剣な眼差しで俺を見据える。
俺は腕組みしつつ、深々と頷いた。
「お前達は、<対存在>って知ってるか?」
「ツイソンザイ……ですか?」
「私は何となくはわかるけど」
頭上に疑問符を浮かべながら呟く清隆と、額に手を当てて考え込むリッカ。他の面子も清隆と同じように何が何やらといった表情をしていた。
「カイの魔法を使える者の間では境界の世界を境に、鏡映しのように二つ世界があると考えられている。で、その二つの世界に真逆の性質を持った同質の存在が在ると言われている。それが対存在だ。勿論、俺達にももれなく存在している」
「似ている部分と、まったく似ていない部分を兼ね備えた存在、ということでしょうか」
「そういうことだ。勿論、俺は自身の対存在には会ったことないから、なんとも言えないけどな」
「……もしかして、ユーリはその対存在が今回の件に関係があるって考えてるの?」
「うーん、それよかそもそもの原因が皐月の対存在にあると考えている」
「どういうことよ」
俺は紅茶を一口飲み、改めて目の前の面子を見据えた。
「前に、世界の自浄作用について話したよな」
「存在のバランスが崩れたとき、それを補うように世界が勝手に人を移動させる、神隠しのような現象でしたっけ」
「そんな単純じゃないけど、今はそう考えてくれていい。その自浄作用なんだが、存在のバランスが崩れた時に移動させる存在は、何も世界が適当に選んでいるわけじゃない」
「まさか、バランスが崩れた時に移動した存在の対存在が選ばれると?」
「正解だ巴。対存在と呼べる二つの存在が同じ世界にいることは好ましいことじゃない。何が起こるかわからないからな」
「ドッペルゲンガー……?」
「ドッペルゲンガーか。シャルル、その例え上手いな。確かに対存在に関する論文で、ドッペルゲンガーについて論じているものもある」
「なるほど、なんとなくわかってきたかもしれないですね」
「今はなんとなくでいい。目下大事なことは、皐月を元の世界に戻してやることだ。対存在やら世界の事象やらについて話していると日が暮れてしまう」
「確かに。今は詳しいこと置いておきましょう」
「で、ユーリ。貴方には皐月さんを元の世界に連れ戻してあげられる方法があるって言ってわわよね」
「そうだな。これは、俺が母親から受け継いだ魔法なんだが」
「あれ、ユーリさん魔法使えないはずでは」
「そうだ。禁呪の影響で魔法は使えない。けど」
そう言って俺はポケットから筒状に丸めた羊皮紙を取り出し、それをテーブルに広げる。羊皮紙には大きく魔法陣が描かれている。
「最近になってようやく、その魔法を魔術で再現できるようになってな」
俺は一呼吸おいて、その名を告げた。
「……<Relation>の魔法。母親の一族はそう呼んでいた」
「<Relation>ですか?意味は……?」
「エン、だ。縁結びとか、血縁とかの」
清隆の問いに巴が解説を入れる。
説明する手間が省けて助かった。
「なるほど、縁ですか。で、それはいったいどんな魔法なんですか?」
「縁って言うのは、何も人同士の繋がりを表すものじゃない。人と人、人とモノ、モノとモノ、モノと世界、或いは人と世界。様々な繋がり、縁を操ることが出来る、一族秘伝の魔法だ」
「縁結びの魔法ってこと?」
「それだけじゃなく、縁を切ることもできる。もっとも頼まれてもどっちもしないけどな」
そもそも魔法を受け継いですぐに両親を失い、<Relation>の魔法を使う前に禁呪を行使した為、結局使わず仕舞いだったのだが。
「縁を操る魔法使いさんですか。なんか、ロマンチックですね」
三人の才媛に負けず劣らず、上品な振る舞いで紅茶を啜りながら静かに俺の話を聞いていた皐月。
恐らく半分も理解はしていないだろうが、縁を操る魔法と聞いて初めて反応を見せた。
「そっか、縁(エニシ)の魔法使いさんですか」
縁の魔法使い……か。
「<失った魔術師>よりは、そっちの方がイメージいいよな」
「縁の魔法使いってやつ?」
「ああ。それに俺が本来使うはずだった魔法を感じられるいい言葉だ。<縁の魔法使い>……うん」
俺はそれまで謳われていた、ある意味忌み名に等しい言葉よりも、胸にしっくりくるこの感じを受け止めていて。
「だったら、そう名乗ればいいんじゃない?この魔法が成功したら」
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr