D.C.IIIwith4.W.D.
「預かっといてくれ。で、当日俺に何かあったらこれを使え」
訝しむような表情のリッカ。しかしそれはすぐに呆れ顔に変わり。
「……わかった、預かっておくわ」
両手でそれをしっかりと握りしめていた。
それから俺達は連れだって戻った。リッカを寮まで送り届け、俺は自宅へ戻る。
さて、準備は整った。
これで当日を待つだけだ
◆ ◆ ◆
そして朔の日当日。
リッカの植えた桜の木の下。
予定通り月は完全に隠れ、何者も監視する者のいない世界が作り出されていた。
「さて、これからお前を向こうに送り届ける。思い残したことはないか?」
俺は目の前の少女に声をかける。
昨日ささやかながら、生徒会メンバーで送別会を行い、特にこの件に関わってくれたシャルルと巴には挨拶を告げていた。
勿論先ほどここにいるリッカと清隆にも別れの挨拶をしていた。
俺はまあ、ちゃんと向こうの世界に送り届けることが出来たらでいいだろう。
「はい、大丈夫です。もう何も悔いはありません」
「ならよかった。それじゃあ、始めようか」
俺は目の前に手を突き出す。そこには大きな魔法陣が現れた。
カイの魔法陣だ
その中に裂け目が生まれ、裂け目から境界の世界が覗く。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。リッカ、もし何かあったら……てか、3時間ほどして戻って来なかったら、この前渡したあれを使ってくれ」
「わかったわ。貴方も気を付けて」
「俺達はここで待ってますから」
「ああ、頼む」
不安のない表情を浮かべる二人。
俺への信用の表れだろうか。
「改めてリッカさん、清隆さん。これまでいろいろありがとうございました」
「こちらこそ。異世界からのお客さんなんていい経験が出来たわ」
「そんな大仰な」
「いやいや、貴重な経験ですよこういうのは」
「あはは……」
困ったような笑みを浮かべる皐月。
1か月弱ほどここにいたことになるが、ここまで打ち解けてくれたようで何よりだ。
「では行きましょう、ユーリさん」
「ああ」
皐月は再度礼。
それを笑顔で見守るリッカと清隆。
俺は皐月を引き連れ、境界の世界へと足を運んだ。
● ● ●
「夢の中で見た景色と同じですね」
俺に連れられ、境界の世界へ辿り着いた皐月が一言。その言葉通り、以前清隆の夢見の魔法で見た景色がそのまま映っていた。
「やあ、また会ったね」
突然声が聞こえた。皐月の声ではないが、聞き覚えのある声。
俺は声のする方向へ振り向いた。
「お前か」
「あの時の猫さん?」
同じく清隆に連れられた夢の中で見た猫……のような生物がそこにいた。
「今度はその娘を元の世界に戻す為にここに来たというのかい?」
「なんだ、知ってたのか。説明の手間が省けて助かるよ」
「まあ、僕は何でも観ているからね」
心なしか自慢げに話す猫。
なんともムカつく。
「おっと、ここで与太話をしている場合はないんじゃないのかい?僕の事は気にせず、好きにするといいよ」
「いいのか?俺達を咎めなくても」
「そもそも僕が何かできるわけではないからね。それに今日は朔だ。君たちはそれを狙ってきたんだろう?」
そこまでお見通しか。
……まあ、いい。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。皐月、そこを動くなよ」
「はい」
俺は皐月から少し離れた場所に立つと、そこで両手を広げた。
刹那、俺の周囲と皐月の周囲にそれぞれ魔法陣が出現した。
「これからお前と元の世界の縁を繋ぎ直す。可能な限りお前に負担がないようにするが、何かあったら俺の指示に従ってくれ」
「よろしくお願いします」
胸の前で両手を握る皐月。
さながら祈りを捧げるように見えるその姿。恐らく、無事にこの魔術が成功することを祈っているのだろう。
ならその期待には答えてやらないとな。
「行くぞ」
俺は展開した魔法陣達に魔力を送り込む。
すると魔法陣が淡い青に光りだす。それは魔術の行使が可能になったサイン。
深呼吸を一つ。
初めて、それも魔術として使う<Relation>の魔法……いや、魔術だ。
失敗の無いよう、細心の注意を払わなければ。
まずは皐月を俺達の世界から切り離す。
一つの存在は、二つの存在に跨がって存在することは出来ない。だから存在を移し替える際は、必ず先に片方の世界との縁を切り離してやる必要がある。その為には、皐月に繋がる縁を可視化しなければいけない。
俺は右目の前に創り出した魔法陣を通して皐月を見る。
皐月の左手の小指には、赤く光る線が伸びていた。これが皐月に繋がる縁の糸。
合わせて、俺の左手の小指を見た。無論同じく赤い糸が伸びている。その線の先を辿ると、少し離れた水面の、波紋のように広がる円の中心に繋がっていた。
もっとも、足元のこれを水面と呼んでいいかどうかは定かではないが。
同じく皐月の糸も、波紋の中心に繋がっている。
なら向こう側の世界へは何がどのように繋がっている……?
「一つ助言してあげよう、縁の魔法使い」
さっきの猫だ。
猫はいつの間にか俺の足元にいたらしく、気怠そうに欠伸をしながら何かを言わんとしていた。
俺は猫に目配せし、続きの言葉を待った。
「あの波紋が君のいる世界へ繋がっているというのは正解だ。じゃあもう一つの世界は何処か、君はそれを探しているのだろう?」
「……ああ」
「あの波紋は、君達と君たちの世界を繋ぐ因果を可視化したものだ。ここまで言えば、ある程度の見当はつくんじゃないかな?」
あの波紋が世界との因果を可視化したもの。じゃあもう一つの世界との繋がりを示す因果が別にあるということ。
……そういうことか。
目を瞑って周囲のマナに意識を集中し、それを探す。
……あった。
ぽつりと浮かぶもう一つの波紋。その中に、赤く光る何かが見えた。
それはおそらく、世界の自浄作用によって切り離された、皐月と元の世界の縁の残滓。
「正解だ、縁の魔法使い」
俺の視線を追っていたのか、猫は唐突に呟いた。
「あの波紋が因果を示すというなら、似たものを探してやればいい。よく気付いたね」
どうやら俺の見立ては間違いではなかったらしい。
しかしこの猫に構っている余裕はない。
俺は一つの魔法陣を皐月の赤い糸にくぐらせた。その魔法陣に魔力を籠める。
――プツリ。
かすかに聞こえるかどうかというような音がして、赤い糸は切り離された。
これは縁を切る魔術。その名の通り、さまざまな縁を切り離すことが出来る魔法だ。
これで皐月は二つの世界から孤立した状態になった。
すかさず切り離した赤い糸を操り、今度は先ほど見つけた波紋の赤く光る部分へと持っていった。そして波紋と赤い糸それぞれを魔法陣で繋ぎ合わせる。魔力を流し込み、切り離された赤い糸を修復していく。
――繋がった。
魔法陣を霧散させると、そこにはあたかも最初からそうだったかのように、皐月と世界が赤い糸によって紡がれていた。
これで存在の縁を繋ぎ合わせることは出来た。
次はもう一つの縁だ。対存在という縁。
俺は右目の魔法陣を霧散させ、新しい魔法陣を浮かび上がらせた。
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr