D.C.IIIwith4.W.D.
これは対存在の縁を見ることに特化した魔法陣。
それは紛れもなく、たった今繋げたばかりの鏡から赤い糸が伸びていた。
だがそれを切ることに躊躇いを覚えていて。俺はそこに出現させた魔法陣に魔力を流し込めずにいた。
「安心していいよ、縁の魔法使い。対存在の縁を切り離しても、イレギュラーの存在が入れ替わるだけだ。だって、世界を移動してるってだけでそいつは相当イレギュラーな存在なんだから。そいつに対存在がいなくなってもおかしくはない」
……驚いた。こいつは一体どこまでわかっているんだ……?
「そりゃ、君たちの事はいつでも観ていたからね。君の考えていることと、求める答えはすぐにわかるよ」
表情は変化しないはずなのに、したり顔で話しているように聞こえた。
なんともまあ、不思議な感覚だ。
しかし、こんな有益な情報が得られたんだ。これで心置きなく対存在の挿げ替えが出来る。
リッカ、すまん。少しお前の存在をいじらせてもらうぞ。
俺は心の中でそう念じると、魔法陣に魔力を籠め、皐月と対存在の縁を切った。すぐに皐月の縁の糸を俺のいる世界との因果の波紋に持っていき、その中に滑り込ませた。
――繋がれ!
リッカの存在を思い浮かべながら、皐月の赤い糸を操る。何かが引っ掛かったような手応えを俺は感じていた。
これで大丈夫なはずだ。
俺は俺の因果の波紋に意識を移す。魔法陣越しに覗くと、確かに皐月の赤い糸はリッカと繋がっていた。
「……これで大丈夫か」
ほっと一息。
それと同時に、周りに浮かばせていた魔法陣をすべて消し去った。
「皐月、気分はどうだ?」
未だ祈りを続ける皐月の元へ駆け寄る。
「はい、特に問題はありません。いたって普通です」
「そうか、よかった。たった今、お前の存在の移動を終えた。これで皐月は元の世界へ帰れる」
「本当ですか!?」
パーッと開く大きな笑顔。
ここまで慣れない異世界に来て大きく精神的にも疲労していただろう。
こんなに喜んでくれるのなら、ここまでした甲斐はあったというもの。
「……これで、本当にお別れなんですね」
「そうだな」
かわいらしい笑みを浮かべたかと思った束の間。皐月の表情に曇りが見えた。
「……これまで、ありがとうございました。貴方の世界でも、こうして元の世界へ送ってもらうことも、こんなにお世話になってしまって」
「気にするな。困ってる人を助けるのが俺の仕事だからな」
「そう言うと思ってました」
目の前に笑顔が一つ。
しかし少しだけ違和感。
当然か。
どんな形であれ、別れは辛いもんな。
「じゃあ、帰りなさい。元の世界へ」
「はい」
俺は新たな魔法陣を生成した。それは皐月と縁が繋がる因果の前に現れ、そこに裂け目を生んだ。
「出口はあっちだ。もう迷うなよ」
「はい」
皐月は裂け目へと歩いていく。裂け目の目の前で立ち止まり、振り向いた。
「貴方への御恩は、一生忘れません。これからも子々孫々と語り継いでいくでしょう」
「そんな大袈裟な」
「それくらい感謝しているってことですよ」
ぺこりと一礼。
「それでは、お元気で」
「ああ、また会えたらな」
そう言うと、皐月は裂け目の外へ消えていった。
境界の世界には俺だけが残っていた。
「素晴らしい手際だったね、縁の魔法使い」
訂正、そういえばこんな奴いたな。
「これ以上は面倒を掛けないでくれよ。監視する者の身にもなってくれ」
「まあ、程々にするさ。俺だってこんなこと何回もしたくはない」
「だろうね」
くすくすと笑う猫。
終始ムカつくやつだ。
「それじゃあね、魔法使いさん。僕はこの辺でお暇するよ」
「もう会いたくないけどな」
「それは君次第だよ。じゃあね」
それだけ言い残し、猫は境界の世界を駆けて去っていった。
なんだったんだ、あの猫は……。
まあ、いいか。
「じゃあ、俺も帰るか」
そう呟いて、俺は自身の縁が繋がる因果の波紋に手を翳す。
そして魔法陣を顕現させ、魔力を――。
「……あっ」
――流し込むはずが、それが叶わなかった。どうやら皐月を送り返すのに必要以上に魔力を使ってしまったようだ。
それはすなわち。
「久しぶりにやったかこれ。しかもこんなところで……?」
俺が境界の世界から出られないことを意味していた。
◆ ◆ ◆
「遅いですね、ユーリさん」
清隆が呟く。
いや、それも当然か。
ユーリが皐月さんを連れて境界の世界へ向かって、既に3時間ほどが経過していた。
「こんなに時間がかかるものなんでしょうか」
「いいえ、そんなことはないはずよ」
というか、3時間して戻って来なかったらって言ってたわよね、あいつ……。
私は大きく溜息を吐いた。
「ユーリ、やらかしたわねこれ」
「えっ、そうなんですか!?」
「だって行く前に言ってたじゃない。3時間して戻って来なかったらって」
「確かに……」
かったるいけどやるしかないか。
私はカバンの中から筒状に丸めた羊皮紙を取り出した。以前ユーリから預かったあれだ。
「リッカさん、それは?」
「ユーリからの預かり物よ。何かあったらこれを使えって言ってたの」
「ああ、行く前のあの言葉って、それの事だったんですね」
「そういうこと」
私は羊皮紙を広げ、地面に置いた。
描かれていたのは魔法陣。赤黒い何かで描かれたそれは、どこかで見覚えがあった。
どこかっていうか、さっき見たわねこれ……。
「リッカさん、これって」
清隆も気づいたようね。流石私のダーリン。
と、こんなことしている場合ではないか。
「ええ。カイの魔法陣よ」
そう。
ユーリが境界の世界へ向かうときに使った魔法陣とほとんど同じ形をしていた。
要するに。
「これを使って境界の世界へ迎えに来てくれってことね」
「じゃあ、行きましょう、リッカさん」
「早まるのはなしよ、清隆」
魔法陣に魔力を流し込もうとする清隆に、私は目で釘を刺す。
「どうして……」
「この魔法陣は片道切符なのよ。さっき見た魔法陣とは少し違うでしょ?」
「あっ、確かに。なんか描かれているはずの記号が足りない……?」
そう。
ユーリがカイの魔法を使うために使った魔法陣には足りないものがそこにはあった。
「ええ。だからこれは、私や清隆が使う為にわざと片道しか使えないカイの魔法陣を用意したってことね」
「けどなんで……。カイの魔法陣を渡すんだったら、完全なものを渡してくれればいいのに」
「それは無理ね。だってカイの魔法は、カテゴリー5の魔法使いが一生をかけて修練して習得するような魔法なの」
「そんなに難しい魔法なんですか?」
「ええ。だから魔法陣があるからと言って、おいそれと発動できる代物ではない。だから片道切符の魔法陣を渡してきたのよ」
「そうか、条件を限定すれば、少ない魔力で大きな結果を得られる……」
「分かってるじゃない。けど、恐らく私だけじゃ、この扉を開くことは不可能ね」
私にはわかっている。清隆と添い遂げることを決めた時から、私の魔力の絶対量が少しずつ減っていることを。ただ、全盛期の私でもこれすら扱いきれたかは疑問なんだけど。
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr