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Before da capo[4]:From 20XX to 19XX 時遡の魔法使い

　初夏の香りのする5月の初旬。日本ではゴールデンウィークと呼ばれる連休の終盤の今日。
　俺はとある場所にいた。
「久しぶりリッカ、清隆。命日には来れなくてすまなかったな」
　話しかける先にあるのは、武骨な形をした石のオブジェ。つまるところ、これは日本固有の墓石と呼ばれるものだ。
　美しい紫陽花の咲く、この胡ノ宮神社近くの墓地には旧友たる夫婦の墓があった。
　俺はその墓に水をかけ、手を合わせる。
　その墓に眠る夫婦の命日は今日ではない。しかし今日は妻の方の誕生日。墓参りとして悪い日ではなかろう。
　そう思って今日を選んでここに来ていた。
　黙祷を捧げ、顔を上げる。今日はこれで十分だ。何かあれば、また来ればいい。
　そう考えた俺は立ち上がり、振り返った。
「わお、ユーリじゃん。久し振り」
　突然現れる人影。恐らく入れ替わりで墓参りに来たのだろう。旧友に似た金髪の少女がここにいた。
「久し振りだな、さくら。俺がイギリスに行っていた間、元気にしてたか？」
「勿論。お兄ちゃんもみんなも元気だったよ」
　彼女の名は芳野さくら。リッカの孫娘であり、リッカの魔法を受け継いだ少女だ。……少女と言っても、風見鶏にいた当時の祖母と同じく体の時間を止めているようだが。
「そうか、ならよかった」
「で、ユーリ。今回はなんでイギリスに行ってたわけ？」
「流石に守秘義務があるから言えん」
「えー。けちー」
　言えるわけないだろ。非公式新聞部絡みの事なんて、大体国の中枢に関わることだ。口が裂けても言えんよ。
　俺は咳払いをして、さくらの目を見た。
「ま、魔法使いってのは意外と忙しいんだ」
「なるほどねー」
　……っと、話し込んでしまったな。
「じゃあ、俺は帰るよ。あとはよろしくな」
「もうちょっといればいいのに」
「家族水入らずの空気を邪魔するほど、俺は図太くないよ」
　そういって踵を返し、歩き出す。
「そんじゃ帰るわ」
「うん。じゃあ、またねー」
　さくらの言葉に、俺は肩越しに手を振って返した。
　特に用事があるわけではないが、まあいいだろう。長居は無用だ。
　そう思って神社を後にしようとした。
　……そういえば、来週巴が来てほしいとか何とか言っていたな。何でも、会ってほしい人がいるとか何とか。面倒だが、これも付き合いだ。風見鶏にいた時に世話になったわけだし、顔くらいは出してやるか。って、もしかして俺はそんな考えまで読まれているのか……？
　そこまで考えて、大きな溜息。
　――その時。
「……なんだ？」
　背中に悪寒が走る。何か、形容し難い感覚。しかし経験あるこの感覚。
　なんだ……？
　どこで経験した……？
「……あっ」
　思い出した。まだ風見鶏にいた頃、五月祭を迎える直前に訪れた感覚に似ている。
　……五月祭？
　まさか……。
　まさか！
　そこまで考えて一つの結論に達しかけた時。俺の意識はプツリと途絶えた。



　　　　　◆　　　　　◆　　　　　◆



　時間の流転を鍵として始まる物語がある。
　ボクはカガミの国からそれを見続けてきた。
　過去も未来も、サクラもミズも。
　世界を超えた迷い人の姿も、意図的に超えようとする人も。
　けどそれは、また別のお話。
　ボクはあくまで傍観者。
　彼らを見守ることしかできない。
　それがボクの役目だから。



　　　　　◆　　　　　◆　　　　　◆



　目覚めた時、俺は布団の中にいた。急いで起き上がり、カレンダーを確認する。
「……やっぱりか」
　起きる前の俺の記憶は、リッカと清隆の墓参りをして、神社を後にしようとしたところで途絶えている。それが突然、自宅の布団の中にいて。しかも壁にかかるカレンダーは、おおよそ30年前の日付を示していた。
　今まで見ていたのは夢だったのか？いや、それにしてはリアリティが過ぎる。それにあの感覚。あれは紛れもなく事実だったのだろう。だってそれは、風見鶏に在籍していた時、とある理由から世界を回っていた時に感じたものと同じだったのだから。
「……てことは、やっぱり」
　――コンコンコン。
　ノック3回。
「ユーリさん、起きてますか？」
　女性の声が部屋の外から聞こえた。
「起きてるよ」
　俺は思考を一時中断し、努めて冷静に返事した。
　障子が開き、部屋に女性が入ってきた。芳野家長女だ。
「お母さんに、まだユーリさん寝てるだろうから起こして来てって言われたんですが……」
「ああ。たった今まで寝てたよ」
「やっぱり。朝ごはん、食べますよね。あっ、もうお昼なのでお昼御飯ですが、もうすぐできるのでうちに来てください」
「いつもいつもすまないな」
「いえ。ユーリさんも、エリザベスさんからの依頼でお疲れでしょうし、これくらいは」
　そうか、エリザベスがロンドンへ戻って暫く経ったぐらいか。そういえば、非公式新聞部からの依頼と称して、魔導書の解読を依頼して来てたんだったな。若い衆が育ってるけど、それでも正確性はピカ一だからって。
「ああ、あいつは人使い荒いからな。そういう意味では、生活の面倒見てもらうのは、気は引けるが助かる」
「じゃあ、着替えてすぐ来てくださいね」
「わかった」
　そう言い残すと、彼女は自宅へ戻っていった。
　……さて。とりあえず、飯にするか。
　俺は慣れた手つきで着替え、隣の家へと向かった。



「時間が巻き戻った！？」
　芳野家との昼食の場。昼間から素っ頓狂な声を響かせる、芳野家母の声。無論、俺が体験した事実を伝えた結果である。
「けど、お前達だって経験してないわけじゃないだろ」
「だからって、おいそれと納得できるわけじゃないわよ」
「だよなぁ……。実際俺も混乱してるわけだし」
　俺が経験したという事実はあっても、現状俺以外が経験したわけではない。つまりどう頑張っても証明する方法がないのだが……。
「ただ、ユーリさんが経験したってことは事実なんでしょう。過去に俺達が曖昧に覚えていた期間のことを、ユーリさんはすべて覚えていた。その事実は大きいですよ」
「結構苦痛だったけどな。何回繰り返したかまでは覚えてないし」
　俺達がまだロンドンにいた頃。陽ノ本葵が発動させてしまった禁呪、<永遠に訪れない五月祭>による半永続的ループ。その中に囚われた俺達は、ある期間を繰り返し、その中に囚われた。リッカ、清隆は共にその期間の中の特定の半年間に起きた出来事を覚えているらしい。そのおかげで今の関係があるとも言っていた。なんとも不思議な話だ。
　……とはいえ。
「そうなのよねぇ。何故かユーリは全部覚えてる」
　俺はその期間中に俺が経験したことをすべて覚えている。その期間中に何があったか。何をして、何を得たのか。あと、清隆が誰と結ばれたか。最後のはさておき、まあなんでか覚えている。
「私達とユーリが同じく経験したことで覚えてることはちゃんと一致してる。だからこそユーリの言葉は信用できるんだけどね」
「ということは、ユーリさんの言葉が事実だとすると、30年ほど巻き戻ったってことだよね。そんなに時間を巻き戻したら、代償が大きそうだけど……」