D.C.IIIwith4.W.D.
そう話す芳野家長女。彼女はエリザベスが日本を発ってから、彼女たっての希望でリッカと俺の元で魔法の修業を受けるようになっていた。そんなこともあり、俺の話をスムーズに受け入れてくれたようだ。
「ん?お姉ちゃん、どういうこと?」
しかしあまり状況を理解できていないその妹。対照的に魔法にあまり興味がないらしく、基本的な魔法の使い方は教えたものの、それ以上の事は教えられていない為、当然と言えば当然か。
「魔法を使うには、魔力が必要。大きな効果を生み出そうとすると、それだけ多くの魔力や、代償として条件を要求されることがある。逆に言うと、条件を絞っていけば大きな結果を得られる。ここまではわかる?」
「うーん、なんとなく」
「なんとなくで大丈夫。で、今回ユーリさんが体験した、30年も時間が巻き戻ったって事実。こんなに長い時間を巻き戻そうと思ったら、それこそ大きな代償を払わされるかもしれない」
「あー、大体わかった」
「うん。私はそこを疑問に思ったんだけど……」
うん、しっかり魔法について理解できているようで何より。これなら俺達があまり助け舟を出さなくても大丈夫そうだ。
……と、それより。
「その通りだな。だが、誰がどんな理由で時間を巻き戻したのかわからない以上、これ以上の考察は意味を成さない気がするけどな」
「そうね。今ここにあるのは、時間が巻き戻ったっていう事実だけ。考えても仕方ないと思うわ」
「そうだね」
「ま、俺が話題に挙げておいて言うのもなんだが、この話はここまでにしよう」
「そもそも貴方が起きてから挙動不審だったから聞いただけなんだけどね」
「いや、まあそれは……。心配かけてすまなかった」
「理由がわかってすっきりしたわ。確かにこんなの、誰だって困惑するわよ」
「だよなぁ」
ここで話は一旦終わり。
その後、この30年間で何があったかを芳野家次女に聞かれたりしたが、流石に答えるわけにはいかず。ただそれを良しとしないことを理解していたリッカに一喝され、それ以上の追及は免れた。
流石に、彼女達にとって未来の出来事になる話を俺からするわけにいかない。特に清隆やリッカには、自分達の最期を聞かせることになるわけだし……。
そういう意味でも、リッカの助け舟は助かった。
◆ ◆ ◆
「ユーリさん、お客さんだよ」
俺が時間遡行を経験して数日後の昼。ロンドンに戻った途端、「これの解読をお願いしますね」なんて手紙と共に寄越してきた魔導書の解読を進めていたら、唐突に芳野家次女の声が聞こえた。書斎の扉を見ると、確かにその姿があった。後ろには姉もいる。
「……俺の家のチャイムは鳴らなかったはずだが?」
「うん。来たのはこっちじゃないよ」
「どういう意味だ」
「えっとですね」
説明下手の妹に代わって、俺に説明をしてくれる姉。なんだかんだ良いコンビだと俺は思う。
「実は、お母さんにお客さんが来たんですが、どうやらその人はユーリさんにも会いたいそうで」
「ああ、なるほど。それで俺を呼びに来たのか」
「そそ、そういうこと」
得意げに胸を張る次女。いやいや、お前が得意げにしてちゃ駄目だろ。流石に口にはしないけど。
「分かった。支度して直ぐに行く。リッカとその客にはそう伝えてくれ」
「了解。お姉ちゃん、私が行ってくるね」
「うん、お願いね」
そう言い残し、次女は足早に去っていった。なんともフットワークの軽い奴だ。
溜息一つ吐き、俺は着替えた。流石に客前に出るわけだし。
……っと。
「すまん、扉を閉めてくれるか」
「あっ、そうですよね。すみません」
赤面しながら扉を閉める芳野家長女。思春期の女の子に、少し悪いことをしてしまったな。
それはさておき。
「客ってどんな奴なんだ?」
「えっと、なんか軽そうな人なんですよね。けどお母さんはその人を知ってるみたいで」
「なるほど、それで俺に会うことを許したってわけか」
「だと思います」
手早く準備を済ませ、扉を開けた。
「すまない、待たせたな」
「いえ、とんでもないです」
彼女を連れ立って家を出る。流れで隣の家の玄関をくぐる。今となっては、勝手知ったるなんとやらだ。慣れた足取りで客間へと向かった。
「やっと来たわね、ユーリ」
そこには呆れた顔をしたリッカが。
「ほー、アンタがそうなのか」
そして半分着物を着崩したような格好の男がそこにいた。なるほど、確かに軽そうな男だ。
俺は男を一瞥すると、リッカの隣に腰掛けた。
「俺に用とは。俺の素性は知ってるってことだな」
「ええ、まあ。俺の世界でも貴方達の事は聞き及んでいますよ」
「ま、改めて名乗っておくよ。俺はユーリ・スタヴフィード。<失った魔術師>だ」
「私は芳野リッカ。以前会ったから、わかるわよね?」
「勿論。それに、こっちの知り合いがよく話してくれたものでね」
……なんということだ。掴みどころが全くない。確かに只者ではなさそうだ。
「俺達は素性を明かしたぞ。お前も答えるべきではないのか?」
「ああ、そうだな。これは失礼」
男は咳払いをして、まっすぐに俺達を見つめた。
「俺は常坂元。以後お見知りおきを」
「常坂……」
聞いたことある名前だ。そういえば、由岐子がよく言ってたな。常坂の名前を。
……思い出した。
「ああ、聞いたことある名前だと思ったら時遡の魔法使いか」
「おっ、俺のこと知っててくれたんですね」
「名前だけな」
俺は腕組みして、常坂元と名乗った男を見据えた。
「ちょっとユーリ、私はあんまり知らないんだけど?」
「なんでだよ」
リッカの言葉に突っ込む。知り合いじゃないのかよ。
「だって会ってちょっと喋っただけだったもの」
「なんだ、そういうことか」
「だから詳しく教えてよ」
小さく溜息を吐き、 リッカの顔を見る。
「とは言っても、俺も人伝に聞いた話だぞ」
「それでもいいから!」
うーん……。
「なあ……。元でいいか?」
「勿論。こっちはユーリさんって呼んでも?」
「構わん」
深呼吸一つ挟み、俺はリッカに説明を始めた。
「常坂元。時遡の魔法使い。俺達とは違う世界出身の魔法使いだ」
「違う世界って、皐月さんみたいに並行世界出身ってこと?」
「ああ。で、時遡の魔法って言うのは字面通り、時間を操る魔法だ。因果を操る魔法とも取れるな。巻き戻し限定だが、強力な魔法と言える」
「なるほど……ん?」
不意にリッカが手を顎に当てる仕草をする。というか、言ってて俺も気づいた。
時間を巻き戻すことのできる魔法……?
まさか……。
「元、一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「実は数日前、俺は時間が巻き戻ったような感覚を経験している。しかもそれは、一日二日じゃない。もっと途方もない時間だ。……何か知らないか?」
俺がそう告げた途端。
元の顔から笑顔が消えた。眉間に皺が寄り、神妙な面持ちになったと言った方が正しいか。
俺もリッカも、その様子を見て少し身構える。
「……いやぁ、俺がここを訪ねてきたのは、それが目的でなぁ」
口調はあまり変わらず。だが声のトーンに真剣さが窺える。
「ということは、何か知っているのね?」
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr