D.C.IIIwith4.W.D.
暫くして我に返ったユーリさんは、若干優しい声音で俺達に告げた。
「まあ、なんだ。ここで立ち話もだから、中に入れ」
「はい、ありがとうございます」
俺達はユーリさんに案内されるまま、彼の自宅へと足を踏み入れた。
これが俺達のファーストコンタクトだった。
「すまない、着替えてくるから待っていてくれ。あ、紅茶とコーヒーどっちがいい?と言っても、紅茶は俺の趣味でダージリンとアッサムティーしかないんだけど」
客間へ通されるや否や、ユーリさんはまくしたてる。
というか、ユーリ"さん"でいいんだよな……?どう見ても同年代か、少し上くらいにしか見えない……。
「いえ、お構いなく」
「何を言う。客人にお茶も出さないなんて、失礼にもほどがあるだろう?」
なるほど、確かに。
「えっと、じゃあコーヒーで」
「私はダージリンでお願いします」
「コーヒーの砂糖とミルクはどうする?」
「お願いします」
「了解。暫く待っててくれ」
そう言い残すと、ユーリさんは行ってしまった。
……しかし。
「あの恰好、なんだったんだろうな」
「うーん、大きな荷物を持って帰ってきたところ、みたいな感じだったし、もしかしたらロンドンに行ってたとか」
「ロンドン……。もしかして、前に言ってた魔法研究機関?」
「そうそう。ユーリさんほどの魔法使いなんだから、そこに所属しててもおかしくないよ」
「なるほど。で、あれはその制服とか、そんな感じ?」
「詳しくはわかんないけどね」
「けど、人当たりは良さそうな人でよかった。あと、ジジイみたいなちゃらんぽらんじゃなくて」
「ホントだね」
そして程なくして、普段着に着替えたユーリさんが戻ってきた。お盆にカップを3つ載せて。
「はい、コーヒーとダージリン」
そう言いながらカップを振り分ける。
ユーリさんのは、有里咲のカップの物と同じものが入っているらしい。わざわざ合わせたのだろうか。
「さて。改めまして、ユーリ・スタヴフィードだ。よろしく」
座敷のテーブル越しに、俺達の目の前に腰を落ち着けたユーリさんが自己紹介をした。
それに倣い、俺達も自己紹介する。
「常坂一登です、よろしくお願いします」
「私は鷺澤有里咲です。こちらこそよろしくお願いします」
「一登に、有里咲か。すまんがファーストネームで呼んでいいかな。日本に来て随分経つが、なかなかラストネームで呼ぶ習慣に慣れなくてな」
「俺は全然大丈夫です」
「私も」
「ありがとう」
「……もしかして、外国の出身だったのでしょうか」
「ああ。生まれはロンドン郊外の街だ。訳あってこの初音島に引っ越してきた」
やっぱり。
顔つきとかそれっぽいし、少し喋り方に違和感がある。と言っても、気にならない程度だけど。
「さて、俺から聞きたいことがある」
空気が変わった。
優しそうだった目つきが一変。全てを見透かそうとするものに変化した。
「なんでしょうか」
「まず、一登。常坂、と言ったな。常坂元を知っているよな?」
思いっきりストレートで来た。
思わず苦笑いをしてしまう。
「はい。常坂元は俺の祖父です」
「ということは、こちらの世界の出身ではないな?」
「おっしゃる通りです」
「ふむ……。では有里咲、お前は鷺澤由岐子を知っているか?」
「へっ?あ、はい」
こちらもストレートど真ん中。
最初の質問がこれか……。
「私のおばあさまです。やっぱり、お知り合いなんですね」
「まあ、な。由岐子には日本に来てから世話になったし、元もちょっと縁があってな。というか、よくそんな写真持ってるな」
そう言いながら俺の手元を指差すユーリさん。そこには、ジジイの写真があった。
「ああ、はい。ジジイのアルバムから借りてきました」
無断でだけど。
「なるほど。それを頼りに俺のところへ来たわけか」
「はい。これには、困ったらこの人を頼れ、って書いてあって、それで」
俺は写真の裏をユーリさんに見せた。
それを見たユーリさんは、見る見るうちに険しかったはずの顔が崩れていった。
「まったく、なんかあったら頼るかも、とは言ってたが、こんな形になるとはな……」
「そんな約束をしてたんですか?」
「ああ。初めて会った時にな」
つまり、この書き遺しそのものに嘘はなかった、と。
「さて、と。もう一つだけ質問がある」
不意に、少し温まりかけていたはずの空気が凍り付く。
改めてユーリさんの顔が険しいものになっていた。
「この10年くらいで2度時間を巻き戻したのは、一登、お前か?」
……えっ?
今、なんて……。
「えっと……」
「元の孫、ということは時遡の魔法が使えるということだな?答えろ」
最初にあった時とは打って変わって、一層空気がひりつく。
人当たりよさそう、だなんて思っていたが、全然だ。
「……はい」
これは正直に話した方がよさそうだ。
観念した俺は真実を語った。
「1度目は、幼かったころの俺が、喪った家族を取り戻そうとして。2度目はそのせいで歪んでしまった世界のマナバランスを元に戻す為に」
まっすぐ、ユーリさんの顔を見て話した。
だからこそ見逃さなかった。
"喪った家族を取り戻そうとして。"
そう言った時に、一瞬ユーリさんの眉が動いたことを。
「……そうか。やっぱりお前だったか」
「怒らないんですか?」
「自らの過ちに気付いて、自分でけじめをつけた事に対して、改めて怒る必要がどこにある。俺は事実を確認したまでだ」
「というか、ユーリさんは知っていらっしゃったんですね。この世界の時間が2度繰り返していることを」
「まあ、成り行きでな。時間が巻き戻るってのが肌感覚でわかったし、何より目の前の事象がリアルすぎてな」
肌感覚でわかるって。
一体どれだけ凄い人なのだろうか。
「しかし、あのマナバランスの崩壊までお前のせいとは。なかなかやらかしたみたいだな」
「それも気付いてたんですね」
「ああ。面倒なことに巻き込まれたからな」
「すみません……」
「終わったことだろ」
苦笑気味に言うユーリさん。
その表情は、何かが引っ掛かっている、そんな感じがした。
「そのマナバランスの崩壊をどうにかするのに、私が関わっていました」
「だろうな。由岐子の後を継いでお役目を担っていたんだろう?」
「はい」
「そのお前が、いまこの世界を離れて大丈夫なのか?」
「今はミズの国……えっと、向こうの世界から監視する、ということでお役目を担っています」
その後、俺達は事のあらましを全て伝えた。
2度目の時間の流転の前。マナバランスの崩壊を防ぐ為に行った、全てを。
「……なるほどな。ところで、そのサクラの国とかミズの国ってのはなんだ?」
「便宜上、私達が3つの世界を呼称している呼び名です。こちらの世界がサクラの国、境界の世界をカガミの国。そして、今私達が住んでいる世界がミズの国です」
「いい表現だ。わかりやすい」
そこで話を区切り、カップに口を付けるユーリさん。
さながら英国紳士のような振る舞いだった。
英国紳士がどんなものなのかはわかんないけど。
「悪いな、俺の方が話をまくしたててしまって」
「いえ、大丈夫です」
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr