D.C.IIIwith4.W.D.
「……そうか。家族を取り戻したかった、か……」
遠い目。
どこを見ているのだろうか。それに、どことなくカップを握る手に力がこもっている。
そういえば、右手の薬指にシルバーリングが嵌っている。
右手ってことは、婚約者でもいるのだろうか。
「どうかされたんですか?」
それが気になったのだろう。
有里咲がユーリさんに聞いた。
「まあ、昔の話だ。俺も喪った家族を取り戻そうとして、犯してはいけないことをしたからな」
「それは一体?」
「……後学の為だし、教えておこう。それにお前達の話も聞かせてもらったしな」
そう言うとユーリさんは咳払いをして、ユーリさんの半生を語ってくれた。
所謂魔女狩りによって両親を喪っていること。その両親を取り戻そうとして、禁断とされている魔法に手を出したこと。それによって魔法が使えなくなり、やむなく魔術師となったこと。
やってしまったことは違うが、俺に似ている。
家族を喪ったばかりに、それに囚われ取り返しのつかないことをしてしまったこと。
「いっくんと同じ……?」
「そうだな。一登みたいに世界を巻き込んだわけじゃないし、現在進行形で罪を清算してるところだけどな」
「今でもですか?」
「その清算の方法って言うのは?」
「文字通り生き続けることだよ。俺は今まさに、死ぬことを許されない体になっているんだ」
「そういうことか……」
やっと納得がいった。
若い頃のジジイと一緒に写る写真。それと全く同じ姿で目の前にいる理由。
ずっと生きているから。
それも、禁断とされる魔法を使ったところで時が止まっているのだろう。だから俺達と同年代に見えるくらいに若く見える。
「ちなみにそれって、いつの話なんでしょうか」
「ざっと280年くらい前だな」
「はい?」
途方もなさ過ぎてバカみたいな声が出てしまった。
てことは今の見た目から推察すると、300年ほど生きていることになる……?
そんな馬鹿な。
「てことは、今おいくつですか?」
「数年前に300歳になったところだ」
本当に300歳だった。
思わず苦笑い。
「ま、お前達からすれば途方もない時間を生きていると思うよ。俺も十分生きたと思うし」
「それでも死ねないんですよね」
「うーん。正確には、この呪いを解呪する手段はあるけど、わざと解呪していない、が正解だな」
「どういうことでしょうか」
「これも訳ありでな……」
そしてまたも語りの時間。
ロンドンにある魔法研究機関での学生生活。その時恋をした少女との馴れ初め、そして別れ。その別れ際の約束の話。
「……とまあ、こんなことがあったわけだ」
「いえ、あの。こんなことで済む話ではないと思います」
あまりにさらっと話すものだから、思わず突っ込んでしまった。
しかし、そういうことか。
「その右手のシルバーリング。それは恋人へ贈るものだったのですね」
「目ざといな。まあ、その通りだ。とは言っても、これは最近用意したものなんだけどな」
「そうなんですか?」
「ああ。昔の同居人に、再会してプロポーズしたときに贈るものがないのはいかがなものでは、なんて言われてな。ちょっと見繕ってみたんだ」
そう言ってポケットの中からリングケースを取り出す。
恐らく、ペアリングの片割れが入っているのだろう。
「お前達の言うところのミズの国に、いいアクセサリー職人がいてな。そいつに作ってもらったんだ」
「ミズの国、ですか?」
「ああ。元の知り合いだと聞いている。確かにいいものを作ってくれたよ」
ジジイ、意外と顔が広いな……。
なんて考えているのも束の間。
「さて、雑談はこの程度にしておこう。お前達は目的があって俺を訪ねてきたんだろう?」
そうだった。
お互いの身の上話をしていて、すっかり時間が経ってしまった。時計を見ると、既に正午を回ろうかという時間だった。
「いったん昼食にしよう。話は長くなりそうだしな」
「はい」
「少し待っていてくれ。簡単なものだが、用意しよう」
「すみません、何から何まで」
「気にするな」
そう言い残すと、ユーリさんは再度中座した。
……。
「はぁ……」
と、同時に大きな溜息を吐いた。
「はぁ……」
有里咲も同じく大きな溜息を吐いていた。
「めっちゃ凄い人だったね、いろんな意味で……」
「うん、想像以上だった。気さくに話せるいい人かと思えば、ぎょっとしてしまうような目つきで俺達を見透かそうとする。なんか、こんな感覚初めてだ」
「だね。けど、いっくんのおじいさまがこの人を頼れ、って言葉を残したの、わかる気がする」
「なんで?」
「だって、私達の素性を確認した後で聞いたの、私達が世界を変えたあの魔法の事でしょ?そもそもの話だけど、時間が巻き戻っていたことを知っていた」
「確かに。さっきそれを有里咲が聞いてて思った」
「それだけ凄い魔法使いなんだよ。カテゴリ5なんて言われてるのも納得だよ」
「そうだな」
こうして会話しているのも束の間。
ユーリさんが昼食を作り終えて戻ってきた。
だいぶ一人暮らしが長いのだろうか。簡単なもの、と言いつつそこそこ手の込んだものを目の前に出された。
俺達は談笑をしながら昼食を摂った。
そして出されたものを平らげ、ユーリさんがそれを片付け戻ってきた後。
「さて、本題に入ろうか。お前達の目的は何なんだ?」
早速切り出された。
まあ、これが目的だったわけだし、全然かまわない。
「はい。私達は魔術を教えて頂こうと思って、サクラの国まで来ました」
「魔術ねぇ……」
腕組みをして、頬に手を当てる。少し眉間に皺が寄っていた。
「駄目だ」
そして返答。
厳しい口調で一刀両断されてしまった。
「何故ですか?」
「そもそも魔術は、魔法使いに教えるものではない。魔術というのは、魔力を持っているがそれを扱う術を知らなかったり、そもそも扱えない人間がその魔力を使って魔法を再現する為の術法だ。それに常に全く同じ結果を与えられるという利点はあるが、普通に魔法を使える人間に教えても、付け焼刃にすらならない」
「そんな……」
「それに、魔法以上に使う為に厳しい条件を課される。こんな風にな」
そう言ってユーリさんは上着を脱ぐ。
その腕には、びっしりと刺青がされていた。
「魔法陣……」
「ああ。これは俺が一から編み出したものだから、必要な魔法陣をこんな風に彫っているが、そうでなくとも魔術そのものを使う為の大きな魔法陣を刺青する必要がある」
「それでは、私には魔術は使えないのでしょうか」
「ああ。さっきも言ったが、付け焼刃にすらならん――」
じゃあ、俺達がここまで来た意味って……。
俺達が落胆しかけたその時。
「――と、ここまで脅しておいてなんだが」
不意に声音が優しい色に変わった。
「魔術は教えられんが、術式魔法なら教えられる」
……あれ?
「ちょっと待ってください。魔術と術式魔法って、別物なんですか?」
「やっぱりな。根っこの部分が同じだから、一概に別物とまでは言わんが違う。そこを勘違いしていそうだったから、少し厳しい話をさせてもらった」
ということは……。
「有里咲?」
思わず隣を見る。
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr