D.C.IIIwith4.W.D.
こうして、午後からは術式魔法の基礎講義で時間が過ぎていった。
「……おっと、もうこんな時間か」
気付けばすでに夕方5時。
実に4時間ほど、ぶっ通しで講義を聞いていたことになる。
「大体理解できたか?」
「半分くらい、でしょうか……」
「帰ったら復習しないと」
「熱心なのはいいが、あまり根を詰めすぎるなよ。若いとはいえ、無理は禁物だ」
「わかっています」
「そんじゃ、次の講義の日までに内容の理解だけはしておくこと。次回からは実戦も交えていくからな」
「はい!」
そうしてユーリさんは立ち上がり、俺達の目の前のカップを片付けていく。
「じゃあ、俺はこれを洗ってくるから、それまでに帰る準備をしておいてくれ。帰りは俺が送っていこう」
「え、何もそこまで……」
「一日で二つの世界を往復して、しかも勉強まで。体がいくつあっても足りんぞ」
ごもっともだ。
正直、ここに来るだけでも滅茶苦茶疲れたし。
前にサクラの国へ来た時も、激しく消耗したんだった。
「慣れないことはするもんじゃない。修行中の身ならなおさらな」
「分かりました。今日のところは甘えておきます」
「ああ」
そうして、三度ユーリさんは中座。
俺達は広げた荷物やもらった資料を片付けながら話をしていた。
「どう?できそう?」
「うん。根本は前にやったあれと同じ感じだし、それをこの魔法陣の術式に落とし込むってのを出来るようになれば、十分できると思う」
「ならよかった。苦労してこっちに来た甲斐があったな」
「うん!」
そして荷物を片付け終えたあたりでユーリさんが戻ってきた。
「そういえば、渡しておくものがあったんだった。これ」
そう言ってユーリさんは何やら魔法陣の描かれた紙のようなものと名刺を手渡してきた。
「なんですか、これ?」
「羊皮紙でしょうか」
「有里咲、よくわかったな。その通りだ。それでここに描かれた魔法陣は、カガミの国を超えて通信を可能にする魔術の魔法陣だ」
「……つまり、これに魔力を流しながら電話を掛けると、ユーリさんに繋げることが出来ると?」
「ああ。ちなみに電話だけじゃなくて、メッセージやメールを送ることもできる。ここ10年くらい使って作った魔術だ」
相変わらず凄いことをサラッとやってのける。
けど、結構長い年月をかけて作ったんだな……。
もしかしてこれもカイの魔法の応用、というやつなのだろうか。
「だからって悪戯に使うなよ?あくまで俺との連絡用だ。……渡しておいてなんだが、TABは持ってるか?」
「はい」
「じゃあ、渡した名刺のアドレスとかを登録しておいてくれ。そんで後でメールかメッセージを飛ばしてくれたらいい」
なかなか古典的なことを……。今時そんな方法で人から連絡先をもらおうとする人なんてそうはいないはず。
……あれ、名刺になんか書いてある。
"非公式新聞部、オブザーバー"。
非公式新聞部ってなんだ?学校の部活か何かか?それとも杉並がいつも言ってる、組織みたいな……。
考えすぎか。
ま、いっか。
「送りました」
「早いな!?」
「だって、戻ってからって言うのもかったるくない?」
「そうかもしれないけど……」
と言いつつ俺も手早くメッセージを送る。
あ、別世界の物だけど、しっかり繋がるんだ。
ちょっと安心。
「OK、届いた。一応、帰ってからメッセージが送れるか確認しておいてな」
「はい」
「分かりました」
「それじゃ、ミズの国に行こうか」
俺達は揃って玄関へ移動。
そしてユーリさんは慣れた動作で魔術を発動した。
その証拠に、ユーリさんの足元に青白く光る魔法陣が浮かび上がる。
「一登、帰りたい場所をイメージしろ」
「はい?」
「お前のイメージした場所へ繋がる扉を作る。だから、帰りたい場所をイメージするんだ」
「なるほど」
言われるまま、俺は想像を膨らませる。
香々見島のイメージ――。
――うん、ここだな。
「見えた。行くぞ」
その言葉と共に、俺達の目の前に新たな魔法陣が生まれる。
ユーリさんはその魔法陣をくぐる。
俺達もそれに倣い、魔法陣をくぐった。
――瞬間、目の前が光に包まれた。
● ● ●
気付くと、俺達は見知った桜の根元にいた。
水鏡湖みたいな場所だ。
「……帰ってきた?」
「多分……?」
「マナの流れ的に、ミズの国で間違いはなさそうだ」
訂正。
水鏡湖に着いた。
どうやら、俺の考えたイメージはしっかりユーリさんに伝わったようだ。
「お前の行きたかった場所で間違いないか?」
「はい。ここからなら俺達の家はすぐそこです」
「ならよかった」
ほっと一息つく。
「というか、カガミの国を経由せずにこちらに来ましたよね」
確かに。
俺達も今朝やったものだから、気にならなかった。よくよく考えてみれば凄いことだ。
「まあ、俺はカガミの国の魔力の恩恵を受けられないからな」
「どういうことでしょうか」
「……今は難しく説明する気はない。ただ、世界から嫌われてるとだけ言っておこう」
「なるほど……?」
どうやらあまり深くは触れられたくないらしい。
有里咲もそれを理解したのか、疑問を浮かべながらも追及をやめた。
「おや、あれは?」
そんな時、向こう岸から声が聞こえた。
「有里咲に常坂君じゃないかな?」
「ですね、一緒にいるのはどなたでしょうか」
よく見ると、そこには二乃と有里栖がいた。
「知り合いか?」
「はい。いっくんの妹さんと、私の対存在です」
「対存在……?」
不意に、ユーリさんの眼鏡に魔法陣が浮かび上がる。
いったい何を視ているのだろうか。
「……ああ、確かに。そんな縁が見えるな」
「エニシ……?」
「気にするな、こっちの話だ。ところで一登、お前の妹も魔法使いなのか?」
「えっと……多分。使えるはずですけど、俺みたいに修業はしていないので、使えないと言ったところでしょうか」
「なるほどな……」
なにやら神妙な面持ち。
少し不安になるな。
「まあ、ウチの桜みたいな心配はないか」
「何か言いましたか?」
「なんでもない。じゃあ、俺はこのままこれから世話になる奴のところへ行ってくる」
「ジジイの知り合いの人のところでしょうか」
「ああ。流石に直接話に行かないと、面目も立たんしな」
「律儀なんですね」
「人付き合いってのは、そういうのの繰り返しだ」
流石、長生きしてるだけある。
その言葉は俺に重くのしかかってきた。
「今日はありがとうございました。突然押しかけたうえ、術式魔法の指南までしていただいて」
「構わん。さっきも言ったが、若い魔法使いの面倒を見るのも年長者の務めだ。それに、久し振りにやりがいもある」
「これからよろしくお願いします、師匠」
「師匠はやめてくれ。ちょっとむず痒い」
「では先生」
「それもやめてくれ。普通に名前でいい」
「分かりました。改めて、これからもよろしくお願いします、ユーリさん」
「よろしくお願いします」
「ああ。任された。それじゃあな」
そう言うと、ユーリさんは空間転移の魔術を使い、この場を後にした。
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr