D.C.IIIwith4.W.D.
「気を付けます」
気を付けて寝ます、の間違いじゃないことを祈っておこう。
「じゃあ、代わりに姫乃。解けるか?」
「やってみます」
指名され、前に出てくる姫乃。
俺はチョークを渡してそれを見守る。
……しかしまさか、俺がこいつらに教える立場になろうとは。
しかもこのクラスには清隆、姫乃、さらが揃っている。
数奇な運命というべきか。
「出来ました。これでどうでしょうか」
「うん、正解」
ほっと胸を撫で下ろす姫乃。
まあ、こういうのは慣れないだろうな。
――と、ここで授業終了のチャイム。
「時間か。それじゃあ、今日はここまで。次回までにしっかり復習しとけよ。小テストやるからな」
小テスト。そのワードを聞いた学生達が声を上げる。
「抜き打ちでやらないだけいいと思え。大丈夫、今日の授業しっかり聞いてたら解ける程度には簡単にしとくから」
まあ、面倒だろうが、これもこいつらの成長の為だ。
幾らでも悪者になってやろう。
「それじゃ、さら、号令頼む」
「起立、令」
授業終了のコール。
全員の声が響く。
「はい、お疲れさん」
授業を終えて少し一息。
この後は授業ないから、溜まってる仕事でも片づけるか。
……あ。
「悪い、清隆、姫乃、さら。業務連絡」
そういえば伝えないといけないことがあったんだった。
「はい、なんでしょう」
「私達を呼ぶってことは……」
「ええ、恐らく」
察しのいい奴らだ。
「ああ。新聞部の事だ」
「やっぱり」
揃って新聞部の面子。
しかも俺は、昨年の春から公式新聞部の顧問を務めていた。
これまで別の先生が担当していたのだが、その先生から代わるように頼まれたのだった。面子が面子だし、願ったり叶ったりであったが。
「どうしたんですか?」
「そろそろ文化祭の準備しないといけないだろうと思って」
「あー、なるほど」
「まあ、一応確認だ。基本的にお前らに任せておけば心配はないけど、新体制になって一発目だろう?」
「そうですね」
「立夏さんもシャルルさんも、この前の号で引退してしまいましたし」
「あの二人を継ぐとなると、私達で何とかなるのか心配ではあります」
「なに、あいつらの決めたこの采配は、俺は間違いじゃないと思ってるよ」
適材適所。
それをよくわかって、立夏とシャルルは人事配置をしたと思う。
しっかりお前らの事、よく見てるよ。
「まあ、困ったら相談しろ」
「よろしくお願いします」
そんな会話だけして、俺は教室を後にした。
……さて、溜まってる仕事のうちの一つを片付けよう。
ところ変わって進路指導室。
俺はとある生徒を呼び出していた。
「……本当に進学も就職もしないんだな?」
「前からそう言ってるじゃないですか」
目の前にいるのは森園立夏だった。
こいつの想いは分かってる。分かってるけど、仕事上これはどうしても通らないといけない通過儀礼だった。
「親御さんはなんて言ってる?」
「自由にしなさいって言われてます」
「呆れられてないか?」
「違いますよ。信用されてるんです」
「随分な自信だな」
「そりゃ、これまで優等生やってきましたから」
「ああ、そう……」
これじゃ話は平行線だ。
いや、わかってたけど。
「……ねえ、この喋り方面倒なんだけど、止めちゃダメ?」
「駄目だ。学園内では教師と生徒って立場はわきまえろ」
「二人きりなのに?」
「誰が聞いてるかわからんだろ」
「それはそうですけど」
流石にこれは譲れんよ。
元の関係はさておき、今は公だからな。公私混同は良くない。
「別に学園の外なら、今まで通りを許してるだろ?」
「それを使い分けるの、かったるいわよ」
「そう言うな」
ま、それはともかく。
「もう一度確認だが、進学も就職もする気なし、これでいいか?」
「ええ、大丈夫です」
今日の話は、この確認。
前々から聞いてるし、立夏がこの考えを改めるつもりがないのを俺は知っている。
だから俺はこの件を引き受けていた。こいつの意思を守るために。
「これに何の意味があるのかしら」
「形だけでも、こうやって話を聞くことに意味があるんだ。ま、成績優秀で生徒会役員まで務めたお前が、進学も就職もしないなんて言うのは問題だからな」
「そういうことですか」
「そういうことだ。よし、これで話は終わり」
「もう退席しても大丈夫?」
「問題ない。後は俺が処理しとく」
「お願いします」
そう言いながらリッカは荷物をまとめ、席を立った。
「それでは、失礼します」
そして彼女は進路指導室を去っていった。
直後、俺は大きな溜息を吐いた。
「まあ、思うところは沢山あるだろうしな」
特に、半年前にあったあの件。
立夏はあれを引きずっている。
まだ何とかできないかと必死でもがいている。
その為に初音島に残ろうとしている。
俺はそれを知っているが故に、強く言えないでいた。
「俺も甘いんだろうなぁ」
議事録をまとめながら、もう一度溜息。
まあ、あいつの意思を守ると決めたんだ。
最期まで突き通すさ。
俺は決意を新たに、報告書をまとめた。
◆ ◆ ◆
俺には誓いがあった。
もし魔法に関する何かが起こった時、その件に俺は関わらない。
それを決めたのは、今から50年と少々前だった。
そのことは、枯れない桜に関わる6人には告げていた。
「おっす、やってるか?」
それは公式新聞部の顧問を、前任の先生から引き継いだ日の事。
俺はその足で公式新聞部の部室へ向かっていた。
「あ、ユーリさん、こんにちわ」
入った俺に気付いたシャルルが挨拶をする。それに倣い、他の面子も挨拶をする。
「こんにちわ。……って、校内ではユーリ"先生"と呼ぶように言っているはずだが?」
「すみません。校内で話す機会が少ないから、まだ慣れてなくて」
「もう再会して1年なんだけどなぁ」
「というか、そもそもなんだけど」
「なんだ、立夏」
「貴方、去年の春にここに赴任してきたのよね?」
「そうだな」
「なんで私達、貴方に気付けなかったのかしら」
「おー、確かに」
「すごく今更なことを聞いてくるな」
「あまり関わりのなかった葛木さん、私はともかく、森園先輩達が気付けなかったのはおかしいですよね」
流石さら、状況分析には事欠かない。
「そりゃ簡単だ。俺が認識阻害の魔法を使ってたから」
「どうしてそんな面倒なことを……」
「さくらに頼まれたからな。あの花見の日にお前らにドッキリを仕掛けたいって」
結局、清隆も生徒会絡みでしか関りがなかったから、しっかり覚えていたのは立夏、シャルル、葵の3人だけだったんだけど。
「あー、納得した」
深い溜息を吐く立夏。
恐らくさくらの事でも考えているのだろう。
「確か、貴方はさくらに誘われたのだったわね。そういうことか」
「そういうことだ」
「それともう一つ、なんで頑なに的場じゃなくて、有理って呼ばせようとするのよ」
「あれ、言ってなかったっけ」
そう言って俺は右手を見せる。
「もうすぐ結婚するんだよ」
「……え?」
沈黙、のち絶叫。驚きの声が新聞部部室に響いた。
「うるさい、静かにしろ」
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr