D.C.IIIwith4.W.D.
「だって、そりゃ驚きますよ!」
「いつ?いつの間にプロポーズしたんですか!?」
「まだ学生だった頃にしてるよ」
「私達と出会う前にもうしてたんですか!?」
「じゃああの時お花見の時には既に……!」
部室に木霊する黄色い声。
まあ、この反応は予想通り。いや、少し度を越えているか。
「お前ら、落ち着け」
「……ごめんなさい、ユーリ。まさかこんなことになるとは」
「まあ、なったものは仕方ない。あと言葉遣い」
「おっと、そうだったわ」
立夏は口元に手を当てて咳払い。そして両手を叩いた。
「私が話を振っておいてなんだけど、ストップ。ユーリ先生、何か言いたいことがあるんじゃないの……ですか?」
「なんでそう思った?」
「だって今まで新聞部に関わってこなかったじゃない。私と清隆に色々あった時も含めて」
「そうだな」
色々、というのは今年の年始頃にあった、立夏の記憶喪失事件の事だろう。実際俺は、あの件には少しも触れていない。
「確かに俺が相談しに行っても、忙しいからって取り合ってくれませんでしたよね」
「本当に忙しかったからな」
「それが、なんで年度が変わってすぐ、ここに来たのかしら」
ふむ。流石、よく気付く奴だ。
「理由は一つだ。今年度から俺が新聞部の顧問になった」
「え、そうなんですか?」
「今年は部活動の顧問の配置換えがあるってあの噂、本当だったんですね……」
「どっから漏れたか知らんが、そういうことだ。ティーセット借りるぞ」
「はい、どうぞ」
持ち主の許可を得て、紅茶を7人分用意する。皆のカップが空になっていたし、新しいのを淹れても問題ないだろう。
「それともう一つ、お前達に話があってな」
「話?」
「ああ。さっきの立夏の記憶喪失の件にもちょっと関わってることだ」
「というと?」
「まあ、今後は魔法絡みの事でお前達に手を貸さないってことだ」
沈黙。
これは絶句というより、「何言ってんだこいつ」に近いだろうか。
「……あの、どういうことでしょうか」
沈黙を破ったのはさらだった。
「私達の関係は他言無用、ということとは違うのでしょうか」
「というよりは、俺自身が何かあっても関与しないっていう誓い、かな」
俺は淹れた紅茶を全員に配って回る。その後、部員から離れた窓際の席に座った。
全員を見渡せるし、今後はここを定位置にしよう。
「意味がわかりません」
「まあ、色々あるんだよ」
それを今、こいつらに伝えても理解できないだろう。
「その色々を教えてもらえると、助かるんだけど……」
「うーん。なんて言えばいいかな」
少し考える。
難しいな。あの話を軽率にするわけにはいかんし……。
……あっ。
「お前達も知っての通り、俺はこの時代には本来存在しないはずの人間だ。そんな奴が燥ぐのは良くないだろ?」
「じゃあなんで、貴方はここで教師をしてるのよ」
「働かないと生きていけないからだよ。一応戸籍にも嘘ついてるわけだし」
「そんなこと、どうやって……」
「昔のコネを使ってちょっとな」
「聞かない方が身の為ですね」
「そうしておけ」
我ながら無理のある話の逸らし方をした気がする。けど、事実を言うわけにいかないからな。
「まあ、言いたいことは分かったわ。そういうことにしておく」
しかし、そこは察しのいい立夏。詮索されたくない、という俺の想いを汲み取ってくれたらしい。
「すまんな」
胸に手を置いて深呼吸。
「けど、お前らとの関係をなかったことにするつもりはないし、困ったことがあれば公私関係なく相談してくれていい。魔法絡みの事には手を出さないってだけだ」
各々の言葉で返事をする部員たち。
思えば、こうやって全員と話すのは初めてな気がする。ループ中はその最後の一月しか関わる期間がなかったわけだし、ループが終わった後のことは、立夏以外は覚えていないみたいだし。
「なーに物思いに耽ってるのよ」
気付くと立夏が俺を睨みつけていた。
「ああ、悪い。ちょっと昔のことを思い出してた」
「まったく。さ、今日からユーリ先生も迎えて、新生新聞部の活動開始よ!先ずは目先の事からね!」
「目先の事と言えば、新年度刊行分の公式新聞かしら」
「いいえ、違うわ。新入部員よ!」
「あー確かに。去年は後輩できると思ってたんですけどねぇ」
「実質新入部員みたいな人はいましたけどね」
「あれはスパイみたいなものだったろ……」
「その割には1年間馴染んでましたよね」
そんな感じで公式新聞部の会議が進んでいく。
というか、この数年こんな感じでやってたのか、こいつら……。
まあ、見守らせてもらおう。この空間では俺が一番の新人だ。郷に入っては郷に従えだ。
「さあ、ユーリ!貴方も案出しなさいよ!」
紅茶を飲みながら眺めていると、不意に立夏から声がかかる。
「お前らの部だろう。頑張って案出せ」
「困ったことがあれば相談しろって言ったのはユーリさんじゃないですか」
……まったく。風見鶏の生徒会にいた頃からこいつらは変わらないな。まあいい。
わざとらしく溜息を吐いて俺は席を立った。
「口を出す気はなかったんだけどなぁ」
恐らく元部員が座っていたのであろう、清隆の隣に座り全員を見渡す。
「というか、先生と呼べ」
「……あっ」
今更気づいた、という感じで空を見る立夏とシャルル。
まあ、今後気を付けてもらえばいいか。
この後はいかに新入部員を集めるか、ということで議論が続いた。
◆ ◆ ◆
夫婦の間にも隠し事は、まあまああるだろう。
かくいう俺にも、一つ心当たりのあることがあった。
それこそ、俺の立てた誓いに直接関係するものが一つ。
「言った方が良いのかなぁ」
「なんでそれを私に相談するのよ」
とある休日の昼下がり。
スイーツを奢るから、相談に乗ってくれ。
そう言って花より団子に立夏を呼び出していた。
「私だって暇じゃないのよ。いくら新聞部と生徒会の仕事が減ったからって」
「分かってるよ。けどこんなこと相談できるのお前くらいしかいねぇよ」
「とりあえず話してみなさいよ。聞かないことにはわからないわ」
「ああ。事の発端は50年以上前なんだが……」
そう言って俺は昔話を始めた。
◆ ◆ ◆
50年以上前のあの時。
モノクルをかけたゴスロリの少女との話。
俺は、俺の立ち位置を理解させられた。
「そうじゃなくって。全ての系統樹の径を辿ってみても、ユーリ・スタヴフィードという存在はあんた一人しか存在しないのよ」
……は?
俺という存在は俺しかいない……?
落ち着け。いったん冷静になれ。
深く、深く深呼吸。
「……つまり、この時間まで生き続けている俺は、俺という存在を除いていないということか?」
「動揺したかと思ったらすぐに冷静になるなんて、忙しい人ね」
「五月蠅い」
「まあいいわ。あんたの言う通りよ。他の系統樹の径なら、あんたは20年ほど前にこの世を去っているわ」
「20年前……?」
「ざっくり言うと、枯れない桜が枯れる前ね」
「そんな頃か……」
となると、リッカが亡くなって暫く後に死んだということか。
……待てよ。
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr