D.C.IIIwith4.W.D.
「ちょっとしたキャンプファイヤーだね」
「それで済めばいいな」
葵とは別ベクトルで煽ってくる可憐。
まあ、気心知れてるからこそなんだけど。
「今晩は楽しみにしてて。豪勢にしておくから」
「ああ、そうしておく」
鼻歌を歌いながら、俺の横に立って身支度を始める可憐。
ここ数日こんな感じだった。
「そりゃ、旦那様のお誕生日なら、しっかり祝わないとねぇ」
「……俺達の間に、言葉はいるんだろうか」
「いるよ。愛の言葉はいつでも囁いてほしいもの」
「あら、そう」
なら……。
「いつもありがとうな、可憐。愛してるよ」
耳元で囁く。
ビクン、と可憐の肩が跳ねた。
「……もう、不意打ちは狡いなぁ」
「お前が言ったんだろうが」
「そうだけども……ん?」
顔を見合わせていると、彼女は何かに気付いた様子。
「ユーリさん、ちょっと屈んで。頭見せて」
「お、おう」
何されるんだろうか……。
――って!
「何しやがる!」
突然頭に刺激が走る。
髪を抜かれたような感覚。
「これ見てよ」
「え?」
いや、実際に抜かれたらしい。可憐は俺の髪と思しきものをつまんでいた。
……あれ。
「白髪じゃねぇか」
「うん。ユーリさん、今まで白髪なんて生えたことあった?」
「いや、ないぞ」
生まれて此の方ずっと同じ黒髪だ。髪の色を変えたこともないし。
「もしかしてストレス?」
「そんなアホな」
「じゃあ老化?」
「……割とありえなさそうなのがなぁ」
「ああ、ユーリさんもおじさんになっちゃうのか……」
「人間誰しも歳を取るだろ」
「でもユーリさんは特別だったじゃん」
「昔の話だろ」
丁度8年前の今日、俺は自分で掛けた禁呪<最後の贈り物>を解呪している。それ以来順当に歳を取る体になっていた。数年前に一度風見鶏を訪れて検査をしてもらい、お墨付きをもらっている。だから老化というのもあながち間違いではないのかもしれない。
そう言えば、あれから風見鶏と連絡とってないな。今はどんな感じなんだろうか。
「深く考えない方が良いかもね。普通の人に戻ってる証拠だよ」
「まあ、今までそういう実感あんまりなかったしな」
「そうだよ。あ、このお祝いも一緒にしちゃおうか?」
「複雑だから普通にお願いします」
この後はいつも通り身支度を完了させた。
今日は普通に休みだが、今日中に片づけておきたいタスクがある。朝はそれをやってしまおう。
教師というのは、休日も忙しいものだ。
「終わった……」
午前中ずっと書斎に籠りっぱなしで、やりたかったタスクを完了させた。
そろそろ期末テストだ。一度他の先生方にもチェックしてもらわないといけないし、早く終わらせるに越したことはない。
そんなこともあり、今日中に終わらせたかった。
「もしかして終わった?」
「ああ、なんとか」
午前中ずっと家事をしていた可憐が、いつの間にかこの書斎にいたらしい。
「丁度よかった。もうすぐお昼だから、呼びに来たところ」
「なるほど」
時計を見ると、まさに正午。なんともベストタイミングだ。
「じゃあ、行こ」
「ああ」
俺達は揃って食卓へ向かった。既に準備は終わっているらしい。
「いただきます」
「どうぞー」
食卓に座って手を合わせる。箸を取って、目の前の食事に手を付ける。
「今日やりたいことは、とりあえず全部終わったんだよね?」
「ああ。午後からは完全フリーだ」
「じゃあ、デート行こうよ。最近籠りっぱなしだったでしょ」
「そうだなぁ。仕事も忙しかったし」
「ホントはおうちに持って帰ってきてまでお仕事するのは良くないんだよ。私みたいにリモートワークしてるならいざ知らず」
夢を叶え、考古学者となった可憐は基本的にこの家で仕事をしている。本州にあるとある研究所に籍を置き、あらゆる場所で出土する文献を解読したり、その資料を発信することを主に職務としている。フィールドワークに出ることもあるが、それも年に一度あればいい方で、最近ではほとんどなくなっていた。その他で初音島の外に出ると言えば、月に一度研究所に呼ばれて会議やら何やらをしてくるくらいだ。可憐たっての希望なのだが、曰く「この島に住み続けるって決めたのに、外に出るの嫌じゃん」とのことだ。
「持って帰ってくるつもりはなかったんだけどなぁ」
「残業すると、もっと怒るよ。もう普通の体なんだから、風見鶏にいた頃みたいな無茶はさせないよ」
「肝に銘じておきます」
可憐、ことカレンと共に風見鶏にいた頃、俺は死なない体を利用して日夜研究に勤しんでいた。多少の無茶なら言うことを聞いてくれる体だったから。流石に、世界を飛び回って帰ってきた直後のあの時は疲れてたけど。
「話が逸れちゃった。ともかく、お出かけしよう」
「プランは?」
「ノープランです」
「無い胸を張るな」
「これが好きな癖に」
「言ってろ」
「素直じゃないなぁ。さっきは愛してるよ、なんて言ってくれたのに」
「人の性癖に突っ込もうとするのをスルーしてるだけだ」
「ふーん。って、また話が逸れた」
逸らしたのはお前だろう、という言葉は飲み込む。
「お互い騒がしいのは嫌いなわけだし、今日もぶらぶらお散歩しよう。それでも十分でしょ?」
「そうだな。デートに行くからって、どこかに遊びに行かないといけないわけじゃない」
「うんうん」
その後食事を終えた俺達は、後片付けをして出かける準備を始めた。
適当に島を散歩して、俺達は枯れない桜の根元にいた。
昔から俺が日記を書いたり心を落ち着ける場所として度々訪れているこの場所だが、いつしか可憐と共に二人の時間を過ごす場所となっていた。時にピクニックに来たり、ただゆっくりと流れる時間を過ごす為だけに来たり、様々。今日は後者だった。
「11月30日ってことは、もう冬だねぇ」
「そりゃ明日から12月だからな」
既にコートが必要な季節。
防寒対策を十分にした俺達は、並んで幹の根元に腰掛けていた。
「そう言えば、今日は何も用意してなかったねぇ」
「昼飯食べた後すぐに出かけてきたからな」
「だねぇ……」
唸る可憐。
何を考えているのだか。
「あっ、そうだ。和菓子出してよ」
「……ああ、そういうことか」
一瞬何を言ってるんだと思ったが、そう言えばそんなのあったな。
手から和菓子を出す魔法。昔、清隆から教えてもらった魔法を、俺が魔術に落とし込んだものを使っていた。今となっては使うこともなかったので、存在を忘れてしまっていた。
「早く早く」
「ちょっと待て」
俺は両手を出してそこに魔法陣を浮かばせる。そして魔力を流し込む。青白く光る魔法陣。その中に饅頭が二つ現れていた。
「どうぞ」
「いただきまーす」
片方を可憐に渡し、揃って口にする。
「……なんか、おいしくない」
「ああ」
可憐の言葉通り、魔法で出した饅頭はお世辞にもおいしいと言えるものではなかった。
「もう一回試してみよう」
「うん」
今度は別の和菓子で試してみる。が、それもうまくいかず。
「やっぱり、おいしくない。何かあった?」
「うーん、心当たりがあるとすれば、魔術を使ってこなかったことだろうか」
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr