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　ここ最近は魔法を使っていない。まともに魔法を使うのは久しぶりだった。
「それもあるかもしれないけど、何か変だよ、ユーリさん。今朝の白髪の事も含めてさ」
「それとこれとは関係ないだろ……」
「だけど、まったくの無関係とは思えないんだよね」
　腕組みをして考え込む可憐。その表情は真剣そのものだった。
「何か引っかかることでもあるのか？」
「というよりは、勘かなぁ」
「なんだそれ」
「でもユーリさん、よく考えてよ。私の勘だよ？」
「……魔法使いの勘、そう言いたいのか？」
「うん」
　魔術は魔法を再現するだけではなく、常に全く同じ結果を与えられる特徴がある。
　カレンには教えたことがあったな。可憐はそれを覚えていたのだろうか。
「そんなのあったね」
「……覚えてなかったのかよ」
「ホントに勘だった」
　思わず溜息を吐いてしまった。
　……まあ、いい。そんなことより。
「試してみるか」
　俺は立ち上がり、桜の木から離れる。そして足元に魔法陣を展開した。
「何する気？」
「マナの流れを触ってみる」
　周囲のマナの流れを掴み、それを操る魔法。初歩的な魔法だ。だからこそ魔法の修業にはもってこいの魔法。
　息を整える為に深呼吸。そして自分の魔力を魔法陣に流し込む。青白く魔法陣が光ることを確認し、周囲のマナの流れを操る。
　魔術と相性のいいグニルックが得意なだけあって、マナを操るのはお手の物――。
「……なんだ？」
　――の、はずだった。
　マナの流れが変化しない。正確には、流れを掴むことは出来るのだが、微々たる変化しか与えることが出来ない。
「ユーリさん、マナの流れが変わんないよ」
「分かってる」
　努めて冷静に、状況を分析。
　周囲のマナの流れを感じることは出来るのに、それを変えることが出来ない。
　どういうことだ。俺の魔力が足りないのか？……そんなはずは。
　一応確認。意識を自分の体に集中する。
　禁呪の影響で、俺は自分の体に魔力を蓄えている。それは禁呪を解呪しても変わっていない。
　――のだが。
「魔力、少ないな」
「冷静だね」
「事実を確認しただけだ」
　しかし、そういうことか。
　俺の体に残っている魔力が少ないから、以前の感じで魔力を使っても反応が鈍かったのか。
　それを意識して、今度は魔力を多く流し込む。使う魔力が多くならないように、慎重に。
「……よし」
　うまくコントロールできている。
　これならいける。
　余裕が出来たので、周囲を見回す。魔法陣が綺麗な青白色に光っていた。
　ほっと一息。そして緊張を解いた。
　魔法陣が霧散し、魔力の流れが戻る。
「……おっと」
　緊張を解いた瞬間、バランスを崩して腰を落としてしまった。
「大丈夫？」
「ああ。ちょっと魔力を使いすぎただけだ」
「いや、そもそもそれがおかしいよ」
「……そうだな」
　今まで魔力を使いすぎて倒れるなんて、それこそウィザリカのデモ行為の時や数年前に禁呪を解呪した時みたいに、多くの魔力を使用して大きな魔法を行使したときくらいだった。
「そうか、俺の魔力少なくなってたのか」
　最近魔法を使っていないせいで、気づいていなかった。そもそも、あの誓いを立ててから魔法を使わないようにしていたから、気にならなかったのか。
　事実を改めて確認し、襲い来る喪失感。
　思わず大きな溜息を吐いてしまった。
「でも、なんでなんだろうね」
「何がだ」
「ユーリさんの魔力が少なくなってることだよ」
「そりゃ、俺がお前と恋をして、それが原因で――」
「でもそれは通じなくない？」
「……何？」
「ユーリさんの魔力は、禁呪由来の純粋な魔力で、想いの力由来の物ではないでしょ？だったら、この世界の魔法使いの原則には当てはまらなくない？」
「……確かに」
　だったら、やることは一つ。
「調べてみるか」



　　　　　◆　　　　　◆　　　　　◆



「便利な世の中になったもんだ。が、こいつは相当だな」
　次の日。
　俺は書斎のPCの前で唸っていた。
「何してるの？」
　朝から書斎に籠っていたせいか、可憐が紅茶を持って俺を訪ねてきた。
「これだよ」
　俺はPCの画面を隣に腰掛けた可憐に見せる。
「……魔導書、それも禁呪の？」
「正解」
　流石、風見鶏時代に魔導書を読み込んで勉強していただけある。触りの部分だけでも理解できたようだ。
「こいつは<最後の贈り物>の写本のスキャンデータだ」
「どこから持ってきたの」
「風見鶏に問い合わせて取り寄せた」
「……なんとも現代チック」
「そりゃ、魔法使いでも現代文化に合わせて進化するさ」
「てかこれ、私に見せて大丈夫なの？」
「言っただろ、写本だって。写本をデータ化したものだから、これ自体に魔力はないよ」
「ふーん。……風見鶏にあったんだね、この本」
「宮廷魔術師を辞めて、こっちに来るときに全部預けてきた。流石に持ち出せないからな」
「むしろ持ち出せたらまずいでしょ」
「そりゃそうだ」
「で、これを取り寄せたってことは、何か意味があるってことだよね」
「まあ、な」
　俺は立ち上がり、本棚へ。そこから2冊の本を取り出す。
「うわ、懐かしい」
「覚えてたか」
「そりゃそうだよ。ユーリさんが禁呪を解呪した時の本じゃん」
　可憐の言う通り。
　これは<逆転の魔法>の魔導書と、その解読書。100年前に解読した魔導書だった。
「<最後の贈り物>と<逆転の魔法>、この2冊を比較して、俺の身に何が起こったのかを洗ってみる」
　幸い、2冊共解読済みの魔導書だ。比較するだけなら1日あればできるだろう。
「無理だけはしないでね」
「わかってる」
　それだけ言い残すと、可憐は書斎を後にした。
　さて、やっていくか。



　数時間後。
　2冊の魔導書の検証が完了し、俺は大きな溜息を吐いた。
　全部、この2冊の魔導書に書いてあった。俺に起こっている異変。
「で、その異変ってなんなの？」
「……いつの間に」
　気付くと、隣に可憐がいた。
　どのくらいの時間こうして呆けていたのだろうか。
「詳しくはわかんないけど、私が来て20分くらいはボーっとしてたね」
　簡単に心を読まれてる。今の俺、そんなに無防備か？
「うん」
　ストレートに返されてしまった。
　再び大きな溜息。
「てか、そんなに呆けてるってことは、謎は解けたってことだよね」
「まあな。全部この2冊に書いてあったよ」
「それはなんなのさ」
「……言葉にすると単純なんだけどなぁ」
　俺は少し考えを巡らせる。
　どうすれば伝わるだろうか。
「直感的でいいよ。ユーリさんの言いたいように教えて」
「……わかった」
　俺は深呼吸して、可憐に向き直る。
「結論を言うと、俺は普通の魔法使いに戻りつつあるらしい」
「元々魔法使いじゃないの？」
「それは俺が<最後の贈り物>を使う前の話だ。<最後の贈り物>を使った影響で俺は魔法を使えない魔法使いになった」
「つまり、魔術を使わなくても魔法を使える体になりつつあるってこと？」
「端的に言えばな」
「良いことなんじゃないの？」
「良いことばっかりじゃない。俺が体に蓄えてる魔力が、少しずつ減っていっている」
「禁呪で手に入れた魔力ね。それはどうして？」