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熟成アンドロイド 前編

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「士郎…………、痛むか?」
 そっと患部に保冷剤を当てるアーチャーの声は、なぜだか震えていた。
「平気だよ。かゆいだけ。アーチャーは心配性だなー」
 甘酸っぱいレモンタルトを頬張った士郎は、屈託なく笑う。
「あ、そうだ、アーチャー。俺、宿題しないと」
 火傷の治療中のため、士郎は今、小学校を休んでいる。本当ならばクラスメイトたちと学ぶ内容を、宿題というかたちで出されているのだ。
「そうだったな。食べ終わったらやろうな?」
「えー……」
 嫌そうな顔をする士郎に、アーチャーは頬を緩め、表情というものを浮かべた。
「わぁ……、アーチャーも笑ったりするんだな!」
 キラキラと瞳を輝かせて、士郎はアーチャーを見上げている。
「笑う? 私が、か?」
「うん。今、笑ってたよ、絶対!」
 意気込んで言う士郎に、アーチャーは首を傾げるのだが、士郎が嘘をつくわけがない。
「そうか、笑っているのか、私は」
 何やら落ち着かないような感じがするのを、アーチャーは不具合が起きているのかもしれない、と勘違いしていた。
 AIというものが搭載されているアンドロイドは自ずと学習し、日夜進化していく。起動直後のアンドロイドは、貪欲に学び、また、膨大な記録すら可能にしてしまう機器であるために、その進化速度は生物でも及ばない速度になっている。
 ある程度の学習を終えると、その速度も鈍化するのだが、今のアーチャーは士郎とともに暮らしはじめて一週間ほどだ。スポンジのように人間というものの知識を吸収していっている。
 記録に関しても、人間の行動や情動、果ては表現方法まで、何もかもが初めて目の当たりにするものであるために、アーチャーは貪欲に知識を増やしていた。
 今、士郎に笑っている、と指摘されたことが、人でいうところの、“気恥ずかしい”という感情であるなど、アーチャーはつゆとも知らない。が、たったの一週間も満たない間に、アーチャーは士郎からたくさんのことを学習している。
「士郎……」
「ん? どうしたの? アーチャー」
 アーチャーに背を預け、仰け反って見上げる士郎に、何を言っていいか見当もつかず、赤銅色の柔らかい髪をそっと撫でた。
「へへ、なに? アーチャー」
 うれしそうに笑う士郎を見つめ、やんわりと目を細め、アーチャーは確かに微笑んでいた。



「ねー、アーチャー……」
 アーチャーが衛宮邸に来てから三か月近くが過ぎようとしている。日々は穏やかで、なんの問題もなく、士郎とアーチャーは少し歳の離れた、本当の兄弟ように過ごしている。
 突然現れた士郎の兄ポジションに、隣家の藤村大河は士郎の姉代わりを自称していたために、初対面から不穏な空気となっていた。その上に大河は、なんら士郎の世話をしている様子はなく、それどころか、夕食をたかりに来ているだけだとアーチャーに指摘され、姉ではない、と一蹴されてしまった。以来、大河とアーチャーは水と油のように、寄れば火花を散らし合う仲となっている。
 そんな二人の仲立ちを常にさせられている士郎には、いつも大河が帰ると注意されるのだ。仲良くしろ、と。
 少し前にその大河は出かけて行ったため、今日も、大河と仲良くしろと言われるのかもしれない、とアーチャーは、縁側で庭を見ている士郎の傍に立つ。
「どうした?」
 隣に立ったアーチャーを一度見上げ、再び庭へと目を向けた士郎は、ぽつり、とこぼす。
「雨は、いつやむんだろう?」
 梅雨時期でもないというのに、三日雨が続いていて、士郎の声は少し沈んでいるように聞こえた。
「天気予報を見ればいい」
「アーチャーならわかるんじゃないの?」
「…………私の機能を、無駄に使わないでくれ」
 ぷ、と吹き出した士郎は、アーチャーを振り向いた。
「はいはーい。わかりましたよー、アーチャーのケチー」
「なっ、士郎! ケチとはなんだ!」
「ケチだから、ケチって言ったんだよー」
 縁側から居間へ向かう士郎に、アーチャーは、むむう、と唸る。
 士郎は小学生だというのに口が立つ。
 アーチャーが正論だと思う言葉で立ち向かえば、あらぬ方から虚を突かれ、混乱するうちに言い負かされてしまうこともある。
「アンドロイドにあるまじき……」
 由々しき事態だ、とブツブツと士郎へのリベンジを誓っているアーチャーに、
「あ、来週、じーさんの誕生日だ」
 カレンダーを見ながら士郎は言う。
「帰ってくるかなー?」
「予定は空いているはずだが……」
「また、仕事かもね」
 諦めた顔で笑った士郎を見て、アーチャーはその気配が重苦しいと思う。
「俺さ、じーさんの本当の子供じゃないんだ」
 アーチャーにはあらかじめ知らされていた情報だが、士郎の口から聞くのは初めてのことだった。
「俺、養子ってやつで、じーさんに拾ってもらたんだ。本当はおとうさんとか、パパとか、学校のみんなが呼んでいるような呼び方をした方がいいんだろうけど、できなくて……」
 俯いて話す小さな肩が震えている。
「だからなのかな……、じーさんが、あんまり、ここに帰ってこないの……」
「士郎、それは違う!」
 士郎を振り向かせ、細く小さな両肩を掴み、アーチャーは膝をついて目線を合わせる。
「違う、士郎。切嗣は、何より士郎のことを考えている。私を造ったのも士郎のためだと言っていた。士郎を頼むと、私を造っている間も呟いていた。切嗣は身を削るように仕事をしていると研究所の人間が言っていた。それは、士郎を思えばこそだ。そして今、仕事に勤しむのは、士郎のような寂しい思いをしている人に、私のようなアンドロイドが居れば、と思うからだろう。伴侶を亡くした人や、兄弟姉妹を亡くした人に、切嗣は少しでも寄り添える存在をと考えている。それが、私が造られる間に知った、切嗣の想いだ」
「アーチャー……」
「私では、士郎の寂しさを取り除けない。その寂しさは、切嗣にしか解決することができない。私はそれが…………」
 なんと表現すればいいのかと、アーチャーは記録の中に適切な言葉がないかと探したが見つからない。ならば、と検索をかけ、それらしい言葉を探す。
「アーチャー、悔しいの?」
「え……?」
 思いもよらず、答えは士郎から。
「なんだか、悔しそうな顔してる」
「くや…………しい? 悔しい……、ああ、そうだ、悔しいのだ」
 きょとん、としていた士郎は、二度ほど瞬きをして、
「ありがと、アーチャー」
「何も、礼を言われることなど……、礼を言うとすれば、私の方が――」
「じーさんが家に帰ってこないから寂しいのは、本当。だけど、今はアーチャーがいるから、全然寂しくない。アーチャーと一緒にいるの、すごく楽しくて、時々じーさんのこと、忘れちゃうから」
 気遣いではなく、士郎は心からそう思っているようだ。何せ、じーさんにはナイショだけど、と一言付け加えたのだから。
「士郎、来週は、ケーキを作ろうか。切嗣が帰ってくるかこないかは別として、我々だけでも切嗣の誕生日を祝おう。そして、切嗣の端末をジャックして、見せつけてやればいい。帰ってこない切嗣が悪い、と」
「いじわるだね、アーチャー」
 そう言いながら、士郎も乗り気なようで、楽しそうに笑っている。
作品名:熟成アンドロイド 前編 作家名:さやけ