熟成アンドロイド 前編
「でも、ケーキなんて作れるの? クッキーとかゼリーとか、前に作ってくれたタルトとか、おやつはいつもおいしいのを作ってくれるけど、ケーキだよ? こーんなまーるい」
顔の前に手で円を描く士郎は、アーチャーがホールケーキを作れるのかと心配している。
「問題ない。私の機能を知っているだろう?」
「超高性能家事手伝いロボ」
「ロボではない……」
「そっかー、アーチャー、戦ったりできなさそうだもんね」
「む……」
「ヒーローみたいに、強い武器とか持っていなさそうだし」
「そうだな。武器よりも、私は、」
言いながらアーチャーは士郎を抱え、台所に入る。
「こちらの方が向いている」
お玉をくるくると片手で回転させて、格好良く握ったアーチャーに、士郎は目を丸くしている。
「い、今の、なにっ? 俺もやりたい!」
大興奮の士郎に真剣にお玉回しを教えるアーチャーだった。
「ずいぶんアーチャーと仲良くなったんだね、士郎」
「うん」
配膳をしながら、士郎はうれしそうに頷く。
アーチャーは台所で夕食を皿によそっている。それを士郎が盆にのせて食卓へと運んでくる。
「本当の兄弟みたいだなぁ」
切嗣はニコニコとして呟く。
同じ髪色、同じ瞳の色。アーチャーは士郎の見た目をそのままに大人にした容姿だ。
切嗣にとっては士郎が笑っていることが何よりなので、たとえ人とアンドロイドという関係でも仲睦まじくやってくれていることに文句はない。
「いやぁ、造って良かったなぁ」
伸びをして、久しぶりの我が家での団欒を切嗣は堪能していた。
「今日はねー、ケーキがあるんだー」
「本当かい?」
「アーチャーが作ってくれた」
「士郎も作った」
「俺は、飾りのイチゴとかチョコとかをのっけただけだ」
それだけで作ったというのは申し訳ないというような顔をする士郎に、
「そうか、二人で作ってくれたんだね!」
感動だよ、と切嗣は少し涙ぐんだ。
「ご飯が終わったら、食べていいってアーチャーが言ってたよ」
「じゃあ、早く食べてしまおう。あれ? なんだか、晩ごはんも僕の好きなものばっかりな感じが……」
「だって、今日はじーさんの誕生日だろ?」
「え……?」
「忘れてたの、じーさん?」
「うん。すっかり」
「えー……」
サプライズのつもりであったというのに、あまりに驚かれないので、士郎は残念そうに座卓に突っ伏す。隣に腰を下ろしたアーチャーが、士郎の髪をそっと撫でた。
「士郎、切嗣に制裁を加えようか?」
「うーん……、そんなことしたら、じーさん、死んじゃうかも」
不穏な会話をしている二人の息子に切嗣は、
「ごめんなさい。それから、ありがとう!」
頭を下げ、そして笑みを浮かべ、士郎とアーチャーを一緒に抱き込む。
士郎は目を白黒させているが、アーチャーは、むす、とした顔でしかめつらしい顔をしていた。
「アーチャー、もう……おなか、いっぱい……」
目を擦りながら、切り分けたケーキの三分の一ほどを残して、士郎はうとうとしはじめている。
今日の士郎は朝からはりきっていた。久しぶりに切嗣が休みになり帰ってくると聞き、しかも切嗣の誕生日だというのだから、二倍増しにはりきっていた。学校から帰ってきて、宿題をすぐに終わらせ、ずっとアーチャーと今夜の晩餐の準備をしていたのだ。
「少し、横になるといい」
アーチャーが士郎の身体を倒し、自身の膝枕で士郎を寝かせる。すう、と静かな寝息を立てて、士郎はすぐに眠ってしまった。週末であるので、少々夜更かしをしても問題がない。まだ風呂には入っていなが、士郎が寝ていてもアーチャーが入浴をさせることができるため、特に不便はなかった。
「よかったよ、君を士郎に任せて。プログラムに問題はないかい? バグなんかも時々発生しているんじゃないかい?」
「問題ない。バグも自己修復で可能な範囲だ」
アーチャーは士郎の頭を撫でながら淡々と答える。
「オーバーヒートの方はどうだい?」
「それは……、少しずつ、というところだ。二段階目の警告までは行かずに留めることができている。もし、またオーバーヒートを起こしても、士郎には近づかないように頼んである。距離をとって切嗣を待て、と」
アンドロイドは精密機器であるために、自己防衛という観点から数段階の警告システムが備えられている。アーチャーの場合は三段階だが、製造メーカーや、同じメーカーでもシリーズによって階数にはバラつきがある。たいてい三から五段階というのが主流であるが、中には十段階というような細かな設定をつけているアンドロイドもあった。ただし、現行のアンドロイドでアーチャーほど人間に近いタイプは皆無であるため、その警告内容は全く異質なものではあるのだが。
「少し前から思っていたんだけど、」
「なんだ?」
「君、士郎だけになんだね」
「何がだ?」
「人間らしいのが」
アーチャーは首を捻る。
「僕と話している時は、とても淡々としていて、アンドロイド然としているのに、士郎と話している時は、人間と区別がつかないよ」
「そう……だろうか?」
「そうだよ。まず、その表情からして」
「表情?」
「僕に向ける顔と、士郎に向ける顔、使い分けているだろう」
むう、と大人げなくむくれる切嗣に、アーチャーはニヤリと笑う。
「当たり前だ。士郎は私のマスター。何よりも大切で、何からも守るものだ。切嗣とは違う」
「僕が君を造ったんだけど」
不貞腐れる切嗣に、
「私のマスターは士郎だ、と言ったのは切嗣だ」
きっぱりとアーチャーは告げる。
「はぁ……。はいはい。そうだった」
お手上げポーズで切嗣は降参した。
「理解したならば、いい」
得意げな笑みを浮かべるアーチャーに、切嗣は目を据わらせる。
「ほんとに、君には士郎しか見えていないんだね」
「当然だ」
アーチャーはむべもなく言い切った。そうして、
「…………切嗣」
不意にアーチャーは士郎を見下ろし、ぽつり、と呼んでくる。
「なんだい?」
「士郎は、時々……」
アーチャーは士郎の頭を撫でる手を止め、口ごもった。
「アーチャー? どうしたんだい?」
「……士郎には、……内緒だと言われたのだが……。伝えておいた方がいいと判断したので、伝える」
「う、うん、なんだろう?」
切嗣は少し構えながらアーチャーの言葉を待つ。
「士郎は、我慢をしている。本当は切嗣には傍にいてほしいことを、いつも言わずに飲み込んでいる。泣くのさえ我慢していることもある。そんな士郎を切嗣は知っておいた方がいいと思い、マスターの意に反して伝える。そして、士郎にそんな思いをさせている切嗣に、私は憤りを覚えている」
心苦しさを隠すこともせず、アーチャーは眉根にシワを寄せ、切嗣に訴えた。
「ああ……、まったく、君は……、本当に……」
額を押さえ、切嗣は肩を揺らす。
「切嗣、笑いごとでは――」
がば、と座卓を回り込んで抱きつかれて、アーチャーはしばし停止した。
「ごめんよ! 君にも士郎にも、そんな悲しい思いをさせて!」
切嗣は笑っていたのではなく、嗚咽を堪えていたようだ。
「切嗣?」
がしがしとアーチャーの頭を撫で、切嗣は泣き笑う。
「大丈夫、君がいれば、士郎は大丈夫なんだ!」
作品名:熟成アンドロイド 前編 作家名:さやけ