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熟成アンドロイド 後編

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 身体が大きくなっていても、アーチャーにとってはまだ小さく細い。ずり落ちないように士郎の腰を抱き寄せて、両腕で士郎を抱き込み、アーチャーも目を閉じた。
 一時間もした頃、アーチャーは目を開ける。
「いや、だめだ」
 このままではやはり士郎に気づかれてしまうだろう。先ほどは、一度触れてしまえば離し難く、寝惚けていたからという理由を無理やりに作ってみたが、真に士郎がそう思うとは限らない。あくまでアーチャーの都合の良い言い訳だ。
「このままでは、だめだ……」
 だが、士郎をきちんと寝かせてやりたい。椅子に腰かけ、机に突っ伏したままなどという体勢では、身体が休まらないはずだ。低酸素状態から回復したばかりの身体に無理はさせられない。
 士郎を休ませたいが、アーチャーが目覚めていることに気づかせてはならない。ジレンマの中、アーチャーが取ったのは折衷案だ。
 士郎が目覚めるギリギリまでこうしていて、朝方に椅子に戻す。どうにか人の睡眠状態は把握できるので、目覚めが近くなってくれば椅子の方へ士郎を移動させることに決めた。
 そうして明け方、そっと士郎を椅子に戻し、アーチャーはベッドに戻って布団を被る。士郎にこの布団を掛けてやりたいが、そうすればアーチャーが動いていることがバレてしまう。
「士郎、私は……」
 どうすればいいのだろうか、と訊きたかった。遠坂凛の言葉がずっとアーチャーの中に疑問符をもたらしている。
 士郎の本心を引き出すことが最善策だと彼女は言っていた。
 本当にアーチャーは目覚めなくていいと士郎が思っているのか疑わしい、と彼女は言っていた。
(士郎は嘘などつきはしない……)
 机に突っ伏す士郎の顔を眺め、ベッドを出て数歩で触れられるほど近くに士郎がいることが何よりもうれしいというのに、触れることもできないことがもどかしい。
「士――」
「ぅ、んー……」
 身動いだ士郎に口を閉ざし、瞼を閉じてアーチャーは静止する。
「ふああああぁっ……」
 大あくびとともに身体を起こしたらしい士郎の気配がする。ガタガタと椅子を動かして立ち上がった士郎は身支度のためにシャワーを浴びはじめたようだ。
「疲れなど、取れていないだろう……」
 コンテナハウスのシャワールームには浴槽などない。配管がきちんと整備されていて、温水が出るだけマシだと士郎は思っているが、アーチャーにはこんな簡易の建物や設備ではなく、やはり衛宮邸で風呂に入って温まり、適度に干した布団に眠ってほしい。
 きゅきゅ、と蛇口を締める音と、ガタン、バタン、という物音を立てて士郎がシャワールームから出てくる。士郎が扉を開ける前にアーチャーは顔を戻し、また眠っている体を装った。



「服、持ってこなきゃな」
 アーチャーを引き取ったはいいものの、アーチャーの着る服がここにあるはずもない。
 いつまでもシーツや布団を掛けておくだけでは心許ないのは明白で、男性の来客ならば問題ないが、何かの用で女性の来客があったときには、おそらく士郎は、変態扱いされるだろう。
「ほんとは、すぐにでも連れて帰りたいんだけどな……」
 運搬手段が整えば、アーチャーを連れて家に帰ることができるのだが、今は無理だ。とりあえず、アーチャーの衣服を家から数着持ってきて、日替わりで着替えさせてみようか、などと考えていて、はた、と思い至る。
「だ…………、ダメだ……、ちょっと俺、浮かれすぎだ……」
 士郎はひとり反省する。どうしても顔がにやけてしまって仕方がない。アーチャーの修復が終わったという事実が士郎の心を浮き立たせる。
 動くわけではない。もうアーチャーは二度と士郎の名を呼んではくれない。それでも、色が違ってしまったとはいえ、あの頃と同じ姿で士郎の目の前にいる。
「アーチャー……」
 ベッドで仰臥する姿を見遣ると、今にも起き上がってこちらに歩いてきそうに思える。もう起動しないことなど信じられない。
「まだ、俺は…………」
 アーチャーが起動することをどこかで祈っている。目を覚まし、己の名を呼んでくれることを士郎は願っている。もう目覚めなくていい、などと言っておきながら、そんな身勝手を思っている。
「矛盾してる、な……」
 寂しさがいっそう増した。アーチャーが目の前にいるのに、結局は今までと同じ日々でしかない。十年前の日々には戻れない。
 さっと服を着て髪を適当に乾かし、朝食は食パンと牛乳だけで済ませる。普段であれば食堂で仕込みをしながら料理長がまかないを作ってくれるのでそれを食べているが、今日の士郎は休みだ。特に何もすることがない。というより、何もしないで休息を取れと、料理長にも医者にも室長にも言われている。
 そういうわけで、士郎は久しぶりに衛宮邸に戻ることにした。アーチャーの服を取りに行くついでに、藤村家に任せっぱなしの礼を言いに行かなければならない。
「藤ねえに、また怒られるかな……」
 こちらにはこちらの事情があるため、責められるのはあまりいい気がしない。あの頃のようにアーチャーがいれば、睨み合いを続ける二人の間に士郎が割って入らなければならないだろう。
「もう、そんなことも……」
 胸が、つきん、と痛んだ。
 どうしても懐かしく思ってしまう自分にため息をつき、士郎はコンテナハウスを出た。



SERIAL.10

 士郎が出かけていったのを確認し、アーチャーは身体を起こす。
(どうするべきか……)
 士郎は、いまだアーチャーが起動していることには気づいておらず、疑っているそぶりもなく、アーチャーが目覚めることはないと信じきっている。
「私は、士郎を騙しているのではないのか?」
 ベッドから出て、狭いコンテナハウスの中をウロウロとして、アーチャーは自身が罪を犯している気がしてならない。
「正直に言わなければ! い、いや、だが、士郎は起きなくていいと……」
 堂々巡りになってしまい、アーチャーの思考回路が焼き切れそうになる。ピ、ピ……、と第一段階の警告音が体内に響き、アーチャーはベッドに腰を下ろして、加速しそうな思考回路と歯車を落ち着かせようと試みた。
「はっ! もしや!」
 座った途端に立ち上がり、昨日の出来事で、アーチャーのことが研究員たちに知れ渡ったことを思い出す。
 士郎の身を案じるがあまり、アーチャーは研究員たちの前に現れ、士郎をあのガラス張りの部屋から救い出した。もしかすると先ほど出かけていった士郎が、あの場にいた誰かと出会い、話を聞いたかもしれない。
「ああ、今度こそ、私は…………っ!」
 廃棄処分になるのだと、頭を抱えてしまう。
「士郎…………」
 情けない声でその名を呼んでいた。
 やっと会えたというのに、士郎が眠っているとき以外、アーチャーからは士郎に触れることも目の前で名を呼ぶこともできない。
「どうすれば……」
 八方塞がりのアーチャーは、どうにかならないかと昨日のことを、瞼の裏で何度もリプレイする。
「何か…………」
 ふと、士郎を抱えて走る己を先導した女性を思い出した。長く艶やかな黒髪を翻し、快活にものごとを話す女性・遠坂凛。
「そうだ、昨日……」
作品名:熟成アンドロイド 後編 作家名:さやけ