二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

熟成アンドロイド 後編

INDEX|13ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

 時には、あらぬ疑いをかけられ、言い逃れができそうにない事態にも陥りそうになることもあるが、そこは彼女の為人が功を奏している。一本気なところや気風の良さは好意的に取られ、弱きを助け強きを挫く気質も人望獲得の餌となっている。それを、彼女がわざとやっているかどうかは別として……。
 何かしらの事情がある人だ、ということは関わり合った社員たちが薄々感づいていることだった。だが、遠坂時臣が父であることを公にしていないことで、皆忖度し、口を閉ざして多くを語らない。そのことが公にされているのは主に役員だけで、他は、ごく一部の人間しか知り得ないことであった。
 その、ごく一部に、意図したわけではないがアーチャーが入っている。アーチャーはカリス技研工業社員の個人データを正規の方法でアクセスせずに取得したので、そこまでの秘匿を垣間見ることができたのだ。
「ねえ、衛宮くん」
 昨日、室長と訪れた喫茶コーナーに士郎は誘われ、またコーヒーを飲んでいる。今日は高校の同級生・遠坂凛だ。
「なんだよ? 遠坂って、人事部じゃなかったのか? 白衣なんか着て、研究員になったみたいに――」
「だって、研究員だもの」
「はい? 嘘だろっ? 遠坂が研究員? や、やめろよ? 機械、壊したりするなよ? あそこの機械とか端末とかは、普通の電気屋さんで売ってないんだからな?」
 高価な物だぞ、と諭す士郎にムッとして、がし、と凛はコーヒーカップを鷲掴む。
「何が言いたいのかしら、衛宮くん?」
 ニコニコとしているが、こめかみが引き攣っている。明らかに爆発寸前だということが、士郎の経験上、わかった。
「い、いいいいいいや、な、なんでもないって、あ、あはは、あははははは……」
 笑って誤魔化す士郎に、凛はため息をつく。
「それでね、衛宮くん」
「う、うん、な、なんだよ?」
 話しながら凛は、高校生の頃とさして容姿の変わらない士郎に、少し懐かしさを覚える。同じ高校で同級生であった士郎と凛は、さほど親しい仲ではなかったが、互いにその顔と名前は見知っていた。共通の友人たちが聞きもしないのに互いの話を聞かせてくれることが多かったからだ。
「あのね、昨日のことだけど、」
「あ、ああ、俺、ドジ踏んじまったんだな。覚えてないんだけどさ、なんか、強化ガラス割ることになったんだよな?」
「え、えーっと、まあ、そうね」
 やはり、室長は何も話していないのかと、凛はさらにため息を深くする。
「あのね、あなたを助けたのは、」
「ナインだろ? 室長は廃棄を取りやめたみたいだから、俺、ナインのおかげで、」
「ち、違うわよ!」
 思わず凛は声を荒げてしまう。
「え? ナインじゃないなら、誰が……」
「うええええ、っと、そ、そうじゃなくって、えーっと、あ、あなたのことで、ナインは廃棄処分を免れたわね、うん。そうね!」
「あ、う、うん、そう、なのか?」
 疑問符を浮かべているのが丸わかりの顔をした士郎を前に、凛は急に話題を方向転換させる。
 べつに、そのまま話を流せばよかったというのに、凛はどうしても士郎に誤解をさせたくなかった。何しろ、自身が目覚めることを望まない主のために思い悩み、必死になって起動していないことを装おうとしているアーチャーを凛は知ってしまった。
 それほどまでに士郎を思うアーチャーの功績を、他の誰か、それも、加害者になど与えてほしくはない。
 昨日、出会ったばかりのアーチャーに、凛はどうしても肩入れしてしまう。それは、幼心に“SV―00”という伝説的なアンドロイドの話を聞いていたからだ。
 十年前、当時は部長職であった凛の父・遠坂時臣から、主を身をもって守り通した超最新型のアンドロイドがいたのだと聞かされた。そして、運良く研究員に配属されたのならば、その真相を仕事の合間に確かめてみようと凛は考えていた。が、現在の研究員は、誰もその所在を知らず、SV―00がアーチャーという名だったということ以外、何も掴める情報はなかった。
 それが昨日、突然目の前に現れ、驚くとともに興奮して昨夜はよく眠れなかった凛だ。その上、アーチャーには、なぜか頼りにされている(というよりも利用されている)のだ。どうにかしてやりたいと思うのは仕方のないことかもしれない。
「あの、あのね、衛宮くん」
「うん?」
「衛宮くんのサーヴァントって?」
「え?」
「あの、ほら……、室長が言ってたじゃない。あなたにもサーヴァントがいるって」
「あ……、ああ、うん……」
 視線を落とした士郎の様子を見れば、アーチャーが目覚めていることにまだ気づいていないとわかる。
(鈍いわね……)
 少し勘ぐれば気づきそうなものなのに、と凛はもどかしく思いつつ暴露してしまいたい気持ちを、ぐ、と堪えて続ける。
「そのサーヴァントは、どうしたの?」
「と、遠坂、なんだって、そんなこと、」
「気になったのよ。サーヴァントを所有しているのに、紹介もしてくれないのかなーって」
「あ……、ああ、ご、ごめん。その…………、もう……動かないんだ……。だから、引き取って、今、コンテナハウスに……」
 苦しそうに吐露する士郎に申し訳なく思いながら、凛は白々しく驚いて見せた。
「え? 動かないって……。しかも、引き取ったの? どうしてよ? そんなの廃棄して新しいのを、」
「しない!」
 声を荒げた士郎に凛は口を噤む。
「もう二度と動かなくても、アーチャーなんだ。廃棄なんて、絶対しない……!」
「でも、サーヴァントを置き物みたいにしておくだけなんて、かさばるだけよ? お人形遊びをする歳でもないんだし、部屋に置いていたって――」
「いいんだ。俺にはアーチャーが必要だから。例え動かなくても」
 きっぱりと言い切った士郎の琥珀色の瞳は、頑なな意思を内包している。
「ねえ、動かなくても、いいの?」
「え?」
「衛宮くんは、アーチャーが動かない方がいいの?」
「そんなわけないだろ」
「でも、動くことを諦めているじゃない。直そうと思わない? どんなに時間がかかっても、いつか動くようにしてやるとかって気はないの? あなたのお父様は研究員なんでしょ? それも、アーチャーを造った」
「そ…………、ぅ、だけど……、で、でも、親父も室長たちも、ほんとに手を尽くしてくれて、それでも目覚めなくて……」
「ふーん。諦めるんだぁ」
「そ、そうじゃない!」
 テーブルを拳で打った士郎は、憤りに握り拳を震わせている。
「諦めていないの?」
「当たり前だ!」
「じゃあ、いつアーチャーが起きてもいいのね?」
 こくり、と頷く士郎に凛は、にこり、と笑う。
「よかった」
「な、なんで、遠坂がよかった、なんて……?」
「いいえ、こっちのことよー。……ところで、今日は、いいことがあるかもねー」
 言いながら、凛はカップを片手に立ち上がる。
「今日は休みなんでしょ? ゆっくり休んでおきなさいよ」
 そう言い残した凛は白衣を翻して、颯爽と去っていく。
「えーっと…………、なんだったんだ? 遠坂のやつ……」
 首を傾げつつカップを持ち、士郎も喫茶コーナーを後にした。



SERIAL.11
作品名:熟成アンドロイド 後編 作家名:さやけ