熟成アンドロイド 後編
修復できたのか、と喜ぶ前に、士郎は驚きで何度も瞬いてしまう。
「アーチャー……、か、髪が……、色が……!」
士郎は思わず駆け寄って、その肩に触れた。姿形は以前のままだが、その皮膚と髪の色が違っている。
「再生はできたんだが、その……、色が、戻らなくてね」
室長は不思議だ、と話す。
SV―00ことアーチャーは、士郎と全く同じような肌と髪色と顔立ちだったのだ。切嗣が、愛してやまない息子を模したのだから仕方がない、とは当時の全研究員から証言が取れるようなそっくり具合だった。
だが、再生したという人工皮膚も毛髪も、色が違っている。髪は白く、肌は褐色になっていた。
「アーチャー……」
それでもその顔立ちは変わらず、士郎の家族であったアーチャーに間違いはない。
そっと白い髪を撫でて、褐色の頬に触れる。起動していないために冷たかった。
「士郎くん、後で僕の部屋に来てくれると助かるよ」
気を利かせてくれたのか、室長はそう言い残して静かに出ていった。
「アーチャー…………」
思っていたような修復ではないが、アーチャーがまた士郎の目の前にいる。動かなくてもアーチャーに触れることができて、冷たくてもその確かな駆体がここにある。
「アーチャー、ごめんな……。俺を助けようとしたばっかりに、こんなになって……」
涙が一つ、アーチャーの頬に落ちた。
「っ…………、ぁ、っチャー…………」
堪えようとしても堪えられず、士郎は床に膝をつき、シートで覆われたアーチャーの腕に縋って泣くことしかできなかった。
「起きなくていい……! アーチャー、もう、あんな目に、遭わなくていい、から……っ!」
白くなった髪を何度も撫で梳き、士郎はストレッチャーの側に膝をついて、謝るばかりだった。
アーチャーの眠る修復室を出て、メインフロアに向かった士郎は室長の執務室を訪れ、その場で引き取る旨の書類を書き込んだ。
研究室に寄って昼食の食器や鍋を回収し、ワゴンを押しながら廊下へ出る。
目を腫らした士郎を室長は心配したが、もう平気です、と逃げるように執務室を後にして、メインフロアからも脱出した。
「はぁ、恥ずかし……」
子供でもないというのに泣き腫らした顔を見られるというのは、あまりにも羞恥を感じてしまう。
さいわい研究員たちは仕事に精を出していて、見咎められることがなかったのが救いだ。
ようやく食堂に戻れば、調理師たちは休憩時間となっていて誰もいなかった。少し安堵しながら食器の洗浄をして片付けを終え、士郎も夕食時まで待機となる。
「そういえば、ご飯、食べ損ねたな……」
いつもなら研究室にデリバリーをした後、士郎は食堂で遅い昼食をとっているのだが、今日は室長に誘われ、その上、アーチャーの修復室に行っていたので食べていない。
「あ、今日って……」
調理場のカレンダーを見て、士郎は思い至る。
「月命日だな」
あの“事件”のあった日にちを毎月覚えているのは、遺族と士郎くらいだろう。現場となったカリス技研工業は、年に一度の慰霊を行うだけだ。
「花、買いに行かないと。それから、昼メシ」
言いながら調理服を脱ぎ、士郎はいったん外へ買い出しに行くことにした。
墓地に供えるわけでもないため、適当に選んでもらった小さな花束を祭壇の隅に設けられた花筒に差し込む。祭壇の上にはいくつか花束が置いてあり、遺族が訪れたことがわかる。
ここは、あの事件があったカリス技研工業の元エントランス部分。煤と瓦礫だけになったこの場所で、二十九名が命を落とした。そして、その数に入れられなかったアーチャーもここで士郎を守り、動かなくなった。
あれは、カリス技研工業にかつて部品を納品していた会社の社長が起こした身勝手な事件だった。
その会社とカリス技研工業は、アンドロイド事業を始める以前から取引があり、先代の社長とは良い取引をしていたそうだ。が、代が変わり、あの事件を起こした社長が会社を運営するようになってから、部品の質が極端に落ち、カリス技研工業はやむなく取引を撤廃した。
アンドロイド事業で少しずつ規模を大きくしてきていたカリス技研工業という大口顧客を失った会社は、一気に業績が衰退し、あっという間に倒産。
それを一方的に手を切ったからだ、とその社長が何度も乗り込んできては、勝手な言い分を突きつけていたという。
以前の付き合いもあり、先代社長との繋がりを無下にもできないカリス技研工業は、渉外部や顧問弁護士とともに何度も話し合いの場を持っていたが、図に乗った相手は特許の侵害だ、というような支離滅裂なことまで言い、莫大な賠償金を請求しはじめたらしいのだ。
粗悪な部品を納品しておいて、特許侵害も何もあったものではない、とカリス技研工業はここに至ってはじめて強硬な態度を見せ、退っ引きならなくなった相手は、腹いせに爆発物を持ち込み、揉み合いになったエントランスでその爆発物が暴発し、犠牲者を出した。
カリス技研工業は完全に被害者ではあるものの、その状況を防げなかったことを遺訓とするため、巻き込まれた社員たちの慰霊の場として、エントランスのあった場所に祭壇を設け、遺族がいつでも参れるように小さな公園のように整えた。
現在のカリス技研工業のエントランスは高層ビルの一階に移動し、以前は設置されていた受付カウンターなどは置かれていない。代わりに受付係として旧型のアンドロイドたちが応対をし、入館の設備も認証システムや危険物持ち込み防止措置などを最新の技術でまかなっている。
二度とあのような事件が起きないことを願い、もし、万が一同じような状況になったとしても、アンドロイドが受付を担っていれば人的被害は少しでも防げるという考えで防犯対策がなされている。あの事件に巻き込まれた社員たちの命を無駄にしないというカリス技研工業の強い想いはそういうカタチで活かされていた。
祭壇に花を添え、手を合わせた士郎は、くるりと向きを変え、祭壇に背を向ける。そうして、公園となった敷地の端まで歩いて行き、そこにしゃがみ込んだ。
このあたりに、アーチャーと座っていた皮張りのベンチがあった。切嗣と連絡が付いたら、三人で一緒にクッキーを食べようと約束していた。
「アーチャー…………」
アーチャーの駆体は修復されている。だが、もう動くことはない。室長が期待した効果は何もなかった。士郎が会えば、アーチャーは動き出すかもしれないと言ったが、結局、ぴくりとも動かなかった。
「っ……、アーチャー……」
膝を抱え、また落ちてくる涙をどうすることもできず、嗚咽を押さえ込むのに、苦心しなければならなかった。
SERIAL.7
「ん? あれ?」
カリス技研工業研究所にある調整室で、研究員は首を捻る。
「どうしたんだい?」
「あ、室長。あー……、えっと、どうにも今日は、みんな調子が上がらなくて」
研究員は、いつもどおりに行っているんですが、と苦笑交じりに答える。
「ふむ……」
その報告に、室長は顎に手を当てて考え込んだ。
調整室とは、身体が整い、人間とともに在るための基本的なルールとプログラミングを施されたサーヴァントが細かな調整を行う場所だ。
作品名:熟成アンドロイド 後編 作家名:さやけ