ポケットいっぱいの花束を。
「おーうやってんなあ」磯野はあたるの隣の席に腰を下ろした。「おお、なんか届いてんぞ」
八人前の白米と八人分のチーズが〈レストラン・エレベーター〉に届いた。
それを皆が皆へと分配していった。
「からあげ何個食ったん?」磯野は面白がってからあげ姉妹に言った。
「九個? 十個?」沙友理は小首を傾げて、首の前で手の平を組み、眼を光らせ、可愛らしく言った。「そんなに食べれないから~」
「いくちゃんは?」磯野は絵梨花を見る。
「無限大」絵梨花は決め顔で親指を立てた。「わかんない、十個以上は食べた気がする」
「二人とももっと食べてるよたぶん」眞衣は真剣に言う。「えだって五十個くらいきたんだよ? 残り四個でしょ、……絶対もっと食べてるってえ」
「小生は見てたでござるが、さゆりんごは、十五個、イクタリアンは十三個、食べてたでござる」あたるは自慢げに頷いた。「からあげ姉妹だけに、数えたでござる」
「えーやめてほしい」沙友理は苦笑してあたるに言った。あたるはやめてほしい、と言われてショックを受けている。「数えないで~」
「変態だもんな?」磯野はけけらと笑った。
「は、反省するでござる……」あたるは俯いた。
「あれ? 炒めてあるベーコンと、玉ねぎと、にんにくと、何これ……」眞衣は大皿の具材からそれをスプーンにのせて匂いを嗅いでみた。「あ、コーンソメだ。バターもあるし、それって牛乳でしょう? これって鍋に入れろ、て事じゃないの?」
「あーそっか! チーズリゾットだから、材料もくれたんだ~」真夏は閃いたように笑顔で言った。
「じゃあぶっこんじゃおうぜ」磯野はからあげを箸でつまみながら言った。「まいちゅん、入れちゃえよ」
「何その使い方……」眞衣はむくれる。「真夏」
「え、私?」真夏はドリンクを吹き出しそうになって、何とか留めて言った。「おっほ、おほ、え私がやるの? また? また遠いんですけど」
「わぁたぁすぃぃがぁぁやぁりぃぃまぁぁしゅぅ」
「きゃああ!」真夏は咄嗟に駅前の顔面から顔を伏せて悲鳴を上げた。「ちょっとおー! 木葉ちゃん! んもうー、いちいちびいーっくりするから~」
「しゅみましぇん」しゃくれた駅前は無理やりに微笑もうとする。「んふっんふ……」
「どこでござるっ!」あたるは興奮する。「てかっ今どっかに萌えポイントあったでござるか駅前殿っ!」
「猛獣だな……」磯野は呟いた。
6
扉が開き、店内の出入り口の前に、与田祐希の姿があった。彼女は少し、息を切らせていた。
「おお、与田ちゃん!」夕は祐希を発見して微笑んだ。「こっちおいでよ、来てたの?」
高山一実と西野七瀬は、同時にそちら側を振り返った。稲見瓶は後れて、与田祐希の方を振り返っていた。
「あの、イーサンに、七瀬さん達が来てるってきいて、走ってきました」祐希は照れ臭そうに、七瀬と一実を見つめて言った。「あの、メリークリスマス」
周囲に「メリークリスマス」が飛び交う。只今、七色に輝くミラーボールとこのクリスマス・ライトに染まった店内の雰囲気をより良く醸し出しているサウンドは、乃木坂46の『羽の記憶』であった。
風秋夕が、西野七瀬の右隣りの席を与田祐希に譲って、与田祐希の右隣りに着席した。
「来ちゃいました、へへ」祐希ははにかんで七瀬と一実に言った。
「よく来たね」七瀬は微笑む。「何か呑む?」
「はい!」
高山一実は、満面の笑みで与田祐希にドリンクのメニュー表を手渡した。
「えどこ、どっかでクリスマス会やってたわけえ?」一実は早口で祐希に言った。
「はい。ここの、二階の、〈応接室〉ってところで」祐希は答える。
「二階って、地下二階?」七瀬は自覚無しに、可愛らしく言った。夕はそれを見逃さなかった。彼は今燃えている。
「あ、はい。地下ぁ」祐希は頷く。
「今野さんとか、うちの父親とかが使ってる部屋だな」夕は呟いた。
「あ、何、吞む?」七瀬は小首を傾げて、祐希に気を遣って言った。「お酒、呑めるよねえ?」
「はい、少しなら」祐希はそう言ってから、メニュー表に視線を落とした。「どれが、呑みやすいですかねえ?」
「酔っぱらっちゃってもいい?」夕は祐希に微笑んで言った。「酔ってもいいんなら、ユウキ、っていうカクテルがあるよ。美味しいよ」
「え、ユウキ?」祐希は自分を指差して、眼を輝かせて夕を見つめた。「強いやつ?」
「ルジェ・クレームド・ピーチっていう甘~いリキュールを使ってるから、ごくごく呑めちゃう」夕はにこやかに祐希を見つめて言った。「度数は、十五%から二十%。乃木坂46っていうカクテルと、ナナセ、っていうカクテルの次に強い」
「えー?」祐希は眉を顰めてにやけて悩む。「強そうだなー……」
「ナナセって、あるの?」七瀬は赤らんだ頬を微笑ませて、夕を見つめた。夕は上がる心拍数を忘れて、頷いた。「強いの?」
「強い。けど、呑みやすい」夕は胸をときめかせながら、冷静を装って言った。「ワインみたいな吞み口かな。強さの入り口的に言えば、強いワインぐらい」
「もちろんだけどね、カズミもあるよ」稲見はそう言って、振り返った一実に頷いてから、微笑んだ。「カズミはカシス系だから、ユウキに味は近いかもね」
「呑んでみようかな」一実は七瀬を覗き込む。「どうする、なぁちゃん」
「ちょっと、酔ってきた……」七瀬は霞がかった声でそう囁き、一実を一瞥して、微笑んだ。「今呑んだら、ヤバいかも……」
「イーサン! ナナセを一杯、ヨロシク!」夕は人差し指を伸ばした右手を上げ、虚空に叫んだ。
稲見瓶も、夕に続いて言う。「イーサン、カズミを一杯と、ユウキを一杯、お願いします」
電脳執事が応答した。
「さすがイナッチ」夕は親指を立てて稲見を称賛する。「これで波平の邪魔が入らなかったら、最高の聖夜だな」
「もうすでに最高の聖夜だよ」稲見は親指を立てて夕に返した。が、無表情である。
「お二人は、今何呑んでるんですか?」祐希は七瀬と一実のカクテル・グラスを見つめながら言った。「お酒、ですよね?」
「お酒~」とにこやかに一実が言い。
「うん」と七瀬は頷いた。
「何だっけ、これ?」一実は稲見にきく。
「マティーニ」稲見は答えた。
「なぁちゃんのは」夕がそう言うと、三人の女子が夕に注目した。「ギムレット。大人のカクテルだよね」
「へ~、呑んでみよう、かな」祐希は関心を持って囁いた。「とりあえずは、ユウキを、呑んでみよ~」
「強気だね、与田ちゃん」夕は子供を可愛がるように言った。「酔ったら、どうなるんだろうね、与田ちゃんって。酔わしちゃおうかな」
「おっさんになるだけだよ」祐希は鼻筋に皺を作ってひひっと笑った。「そんな、七瀬さん達みたいに、可愛くはなんない」
「祐希、よかったら、お正月、うち来る?」七瀬はほろ酔いの様子で祐希に言った。
「え、行きます行きます!」祐希は顕在的に大きな眼を開かせて七瀬に言った。「行きたいです、ぜひ」
「なんか、すげえいいな、それ」夕は一人で嬉しがった。「なぁちゃんのうちに、与田ちゃん。やべーな、それ。愛され要素しかない空間じゃん」
「かずみん、お正月にうちに来る?」稲見は無表情で一実に言った。
作品名:ポケットいっぱいの花束を。 作家名:タンポポ