ポケットいっぱいの花束を。
「えや行かない行かない、つ」一実は笑う。「イナッチ、冗談言うときは、にっこりしなきゃー。本気だと思われちゃうよ?」
「……」稲見は無言である。
「与田ちゃん、ほんとなぁちゃんになついてんな」夕は可笑しそうに言った。「飼い主とペットって例えは秀逸だな。確かにみたいだよ」
「私が飼い主?」祐希は夕を一瞥してそう言ってから、七瀬を見る。「飼い主? 私」
「祐希ハウス」七瀬は座った眼で言った。
「わんっ」祐希はリアルに犬の鳴き声をまねた。「うー、わふっ」
「かずみんのタイプをききたい」稲見は真顔で一実を見つめる。
「えータイプ~?」一実は斜め上を見つめた。「んーとねえー……タイプぅ?」
「おいそこ」夕は嫌そうに稲見に言う。「さっきからお前、口説いてんだろ。聞こえてるからな? ガチ酔っぱらい禁止だぞ、イナッチ」
「悪い……」稲見は、眼鏡を外して、おしぼりで顔を拭く。「隣に理想の女性がいたからね、つい」
「だから口説いてんだろっつうの!」夕は更に嫌そうに稲見に言った。「俺みたいにさらっとそういうことしたいなら、もっと酒に強くなれよ。酔った勢いとかはエヌジーだかんな。酒ってずりーんだから……」
カウンター席にだけ聞こえるイーサンのしゃがれた声と共に、カウンター席に付属している〈レストラン・エレベーター〉にナナセ、ユウキ、カズミ、の三種のカクテルが届いた。
「あ、美味し~い」祐希はぱちくりとした眼を喜ばせて言った。「呑める呑める、全然呑める。あ……、ちょと、強いかも」
「これが、ナナセ」七瀬はロック・グラスのナナセを見つめる。「コハク色?」
「ロンリコ151っていう、アルコール度数七十五、五%のラムを使ってる。サザンカンフォートっていうリキュールも使うから、意外とフルーティだよ。度数は多少違うけど、外でナナセを呑みたい時は、ジャックター、て注文すれば、それがある店では呑めるよ」
「口当たり、全然ワインっぽくないけど……」七瀬は夕を見て言った。
「度数的に言っちゃったからね、確かに味は全く別物。ジャックターをもっと甘く強く仕上げたものだから」
高山一実も一口、試すようにカズミを呑んだ。「お……カシスっぽいカシスっぽい。カシスだこれ」
「つよ……」七瀬は苦笑する。「一杯目でも、負けそう」
「大丈夫ですか?」祐希は心配そうに七瀬の顔を覗き込んで言った。「私、呑みましょうか?」
「え?」七瀬は不思議そうな顔をする。「呑むの? 吞みたいの?」
「えー」一実はにこにこしている。「与田ちゃーん、チャレンジャーだな~」
「呑みたい、呑んでみたいです」祐希はそう言うと、七瀬からナナセを受け取って、恐る恐る、一口だけ呑んでみた。「あ、ふーん……美味しい。あつよっ」
「後から来る感じだ?」一実はお手本のような笑みで言った。「えーちょと、ちょとちょうだい」
与田祐希は、ナナセを高山一実へと手渡した。
高山一実は、それを一口呑んでみる。
「うんうん、うーんうん、はいはい」一実はさっぱりした顔で言った。「ライムが効いてて、さっぱりもしてる。うーん呑みやすぅい。あでもこれ、確かに強いね」
「俺達のラム・コークも呑んでみる?」夕は悪戯に言った。
「はい」稲見はラム・コークを一実に差し出す。「ここは、口つけてない」
「はい、与田ちゃん」夕も、祐希にラム・コークを差し出した。「ここ、セイフティーゾーンだよ」
高山一実と与田祐希は、それぞれ渡されたラム・コークを一口呑んでみた。
西野七瀬は頬杖をつき、眼を閉じている。
「美味しい!」一実はめいっぱいに瞳を開いて言った。「あ、つよ」
「半分ぐらい、コーラの味がする」祐希も一実に続いて味の感想を言った。「あ、強い? ん? 強い、のかな?」
風秋夕と稲見瓶に、ラム・コークのグラスが戻される。
「うちらのラム・コークも、バカルディが定番の二倍ぐらい入ってるから、結構強い方なんだよ」夕はそう言って、ラム・コークを飲み干した。「ふあ~……。美女と呑むと更に酔いが回るな」
「かずみん、髪が綺麗だね」稲見は酔っている。「かずみんの瞳に乾杯……」
「やだーも~お、イナッチ酔っぱらってる~」一実は苦笑した。
「明日絶対後悔するんだから、やめとけイナッチ。かずみんも困ってるし」夕は嫌そうに稲見の方を見た。「ううわ! 与田ちゃん飲み干してるっ!」
「はい」祐希は笑顔で頷いた。頬が少し赤らんでいる。「強いけど、でもすごい、呑みやすくて」
「なぁちゃんは小休憩だね」稲見は眼鏡の位置を修正しながら言った。「これからなぁちゃんに手を出した奴は、地獄の果てまで俺が後悔させてやるけど、夕、いい? ユーアンダスタン?」
「はいはい、OK。ったく、酔っぱらいめ」夕は嫌そうに稲見にそう言ってから、微笑み直して祐希の方を見つめる。「与田ちゃん、お腹ん中になんか入れな。カクテルばっかだと酔っちゃうよ」
「そっか」祐希は眼の前の馬刺しを頬張った。「ん~。七瀬さん、寝ちゃった?」
「なぁちゃん寝ちゃったねえ~」一実は微笑ましく七瀬を見つめる。その奥では稲見もまた、頬杖をついて目を瞑っていた。「なぁちゃん、何号室?」
「地下二階の一号室だよ」夕はにこやかに一実に答えた。祐希は馬刺しとチャンジャに夢中になっている。「部屋決める時にちょうどなぁちゃんもいてさ、近いのがいいって言ったんだよね。だから、一号室ってわけ」
「あたし真ん中のドアの、通路。八号室だわ」一実はそれを思い出して納得したかのように言った。「じゃ、隣の廊下なんだね、なぁちゃん」
「与田ちゃ~ん、来てたんか~」
与田祐希と高山一実がその声に振り返ると、稲見瓶の左隣の席から顔を出す磯野波平の姿があった。
「メリークリスマス」祐希はにこやかに言った。口の中の食べ物がちょうど無くなったからである。頬は赤いままだった。「逆に、いたんだ? 波平君も」
「いたぜ~? メリクリ~」磯野はイーサンにラム・コークを注文した。「なに、なぁちゃんダウンってか?」
「手ぇ出すなよ」夕は鋭く突きさすように言った。
「寝込み襲うほど腐ってねえわ」磯野はけっとあしらった。「おお、かずみん、もしかしてカズミ呑んでんのか?」
「呑んでる~」一実ははにかんで答える。「美味しいね~」
「すいすいいけちゃうからな、気ぃつけろよなかずみ~ん」磯野は夕を一瞥して、一実ににやけながら言った。「ハイエナが狙ってっからな~。あいつは最後まで本気の獲物をほうっとくタイプだ」
「誰がハイエナだアホ」夕は溜息をついて、イーサンにラム・コークと祐希の梅酒を注文した。「タイプも違う……。俺はまっすぐ行くタイプだ。好きなもん好きって言わないでどうすんだ。かずみん、大好きだよ」
「はーいありがとう」かずみはにこやかに小さく会釈した。そのにっこりとした瞳はもはや線になりつつある。
「与田ちゃん」夕は祐希を見つめる。「大好きだよ」
「あり、がとう」祐希は可笑しくて笑った。「ありがとうで合ってるのかわかんないけど」
風秋夕はカウンター席から立ち上がって、空のコリンズ・グラスを右手に持ち、店内奥のテーブル席の皆に向けて叫ぶ。
「メリー、メリー、クリスマ~ス!」
作品名:ポケットいっぱいの花束を。 作家名:タンポポ