ポケットいっぱいの花束を。
「え? あ待って夕君」遥香は席を立った夕をおたおたとして制する。「ガチ切れ、禁止なんでしょ? 待って待って」
「かっきーだけは譲んねーぞ」磯野も席を立ち上がった。「かっきーはなあ、俺の事好きなんだよ。お前より、俺をな!」
「な、何だとぉ!」夕は我を忘れて悲劇のリアクションを取った。「かっきー、ポケモンだったら、俺、君に決めた!って言ってるぐらいだよ? 波平選んじゃうの?」
「選んでない選んでない」そう言いながら、遥香は腕を優しく引っ張られ、磯野の隣の席に着席した。「違うの、私まだ、お酒呑める歳じゃないしっ」
「何かを伝えに来た、とかかな?」稲見は無表情で遥香にきいた。「波平、腕を放せ」
「そう」遥香は稲見に頷いた。「聞きに来たの」
高山一実と西野七瀬は違う話題で盛り上がっている。
「なに?」夕は着席し、テンションと表情を通常のものに戻して、遥香を見つめた。「どうした?」
「あの、四期でも、別の場所でクリスマス会、あの、ここ〈リリィ・アース〉でね? やってるんだけど」遥香は一所懸命に説明する。夕はそんな遥香に見とれていた。「食べ物とか、飲み物とか、勝手に頼んじゃっていいのかな、て……」
「もちろんです、姫様」夕はとびっきりの笑顔で遥香に言った。「姫様たちが口にします物は全て、無償の行為とさせて頂きますので、ぜひ、ご遠慮なく何でもかんでもご注文下さい」
「へー、いいんだ」遥香は感心する。「ドラえもんみたいだね」
「なあかっきーよぉ、さっきさ、俺選んでねえ、て言わなかった?」磯野は不安げに遥香を見つめて言った。「かっきー言ったべ、前にオールナイトニッポンの練習ん時よぉ」
「えー何か言ったっけ私……」遥香は眼を真ん丸にして磯野を一瞥した。「何、何言った? ちょ、近いから……」
「波平君が、好きかも、って言ったべ?」磯野は真剣に言う。夕は咳き込んでいた。
「言ってないよぉ!」遥香は笑み交じりに磯野を睨んだ。「言ぃ~ってませんー」
「言うわけが無い」夕は呟く。
「るっせえ聞こえてんだよこのボケがっ!」磯野は騒いだ。
「及ばぬ鯉の滝登り。だね」稲見はぼそり、と言った。隣の磯野達には聞こえている。
「んだそりゃあ?」磯野は不満げに稲見を睨んできき返す。
「どんなに望んでも、到底無理な事の例えだね」稲見は淡々と言う。「鯉を恋に例えて、多く、叶えられない恋について使われる言葉。覚えとくといい」
「かっきー達ってどこでやってんの?」夕は遥香に言った。「クリスマスパーティー」
「あ聖来の部屋で、やってるー」遥香は答える。「四期生みんなで」
「それじゃ、乱入できないな」夕は小さく笑った。「さすが四期だよな」
「うん。それじゃ」遥香は席を立つ。「そろそろ行くから。何っ!」
賀喜遥香は磯野波平に腕を引っ張られて、強引に着席させられた。
「好きって言った! かっきー俺のこと好きっつった!」
「言~うわけないでしょ!」遥香は腕を振りほどく。「ちょ、放してよ。聞き違いじゃない?」
「い~やっ!確かに言った!」磯野は引かない。
「今フラれてんだから一緒のことだろ」夕は呟いた。「ぷ!」
「笑ったかこらあてめえ~!」磯野は激しくそちらを威嚇してから、顔をハンサムにして遥香を見上げた。「わかった、じゃあよ、もっかい、最初から勝負だ。今度こそ、俺を選んでくれよな、いつか」
「だから、選ばないから」遥香は苦笑する。
「何でだよぉー!」磯野は叫ぶ。
「う~るっせえ!」夕は呆れて磯野に叫ぶ。「早くかっきー行かしてやれ馬鹿者ぉ! 本人困ってんでしょうよ!」
「じゃあ、メリクリな。かっきー」磯野は笑顔で遥香に手を振った。「またな」
「うん、またね。またねイナッチ、またね、夕君!」遥香も磯野、稲見、夕へと挨拶をし、最後に一実と七瀬に言う。「じゃあ、あの、失礼しました。メリークリスマス」
高山一実と西野七瀬は愛想良く「メリークリスマス」で嘉喜遥香を見送った。
「タッカンマリが来な~い」沙友理は下唇を出して泣き顔で言った。
「本物だわ」眞衣は微笑む。「タッカンマリもう来るよ。他の食べてよ、ね」
「タッカンマリがいい~」沙友理は駄々をこねる。「嫌や~、タッカンマリ~」
その可愛らしい伝説通りの松村沙友理を見逃さなかった姫野あたるは、赤面している。駅前木葉に至っては、高揚し、変顔していた。
「まっちゅんさあ、からあげ、好きじゃない?」佑美が沙友理に言った。
「好き~……」沙友理は下唇を出したままで答える。「からあげしゅき」
「からあげ、あるよ」佑美はからあげをフォークで刺して、沙友理の方に差し出した。「はいあ~ん……」
「あ~……んふー!」沙友理はその味に歓喜して喜ぶ。「んーふー!んふふう」
「ウニ無いの? ウニ」玲香はテーブル上を眼で探す。「無いね~。ねー頼もう?」
「イーサン、ウニの軍艦巻きを、十カン、お願いするでござる」あたるが注文した。
電脳執事の応答が、店内のテーブル席だけに響いた。
「ねえ、そろそろお腹も、限界じゃない?」眞衣は満足そうに皆の顔を見回した。
「全然、大丈夫」絵梨花は親指を立てて決め顔で言った。「誰か、ご飯頼んでくれない? しめのリゾットにするから」
「あー、じゃあチーズも頼んじゃった方がいいよね」真夏はあたるを見つめて、うんと笑顔で頷きを見せる。
「了解でござる」あたるは宙に語り掛ける。「イーサン、雑炊用のご飯とチーズを八人前、お願いするでござる。リゾットにするでござるよ」
『畏まりました』と電脳執事のイーサンが応えた。
続いて、このタイミングで松村沙友理の頼んでおいたタッカンマリが届いた。
「来~た~の~!」沙友理は満面の笑みでタッカンマリを見つめる。「あったかいうちに食べよ~ぜ~」
「取り分けちゃうね。はい、真夏」眞衣はどや顔で真夏に言った。「出番だよ」
「え、私がやるの?」真夏は驚いて笑った。「私が一番遠いんだけど、タッカンマリに」
「わたすぃぃが、やりぃまひゅからあぁ」駅前はこの世で唯一、変顔を極めた者のような顔で言った。「はぁぁい、やぁりぃまぁひゅ!」
「いやっ! ああ、ちょ…木葉ちゃん」真夏は驚きを隠せない。「びっくりした~……」
「何を見たっ! 駅前殿っ!」あたるは大声を上げる。「誰っ、てか今のどこでござる!」
「笑止!」駅前は独特の笑い方で笑う。「笑止!」
「タッカンマリ冷めちゃう~」沙友理は悲しそうに言った。その眼はタッカンマリを見つめて放さない。「早く早く~」
「はい、やりますね」駅前は席を立ち上がった。
駅前木葉がタッカンマリを上手に八人前に取り分け終えた頃、桜井玲香がリクエストしたウニの軍艦巻きがテーブルに付属している〈レストラン・エレベーター〉に届けられた。
「ウニ~」玲香は一口軍艦巻きを齧る。「んー! んん~!」
「美味しい~!」沙友理はタッカンマリの味に感動する。「外のお店と同じ味するわ~! 美味しかったお店とおんなじ味~!んんー! おいひ~!」
「明日っからまたちょっとダイエットしなきゃ」真夏は笑顔で言う。「いくちゃん、ほっそいのに、どこに、そんなに入っていってんだろーね~」
「無限大」絵梨花は決め顔で親指を立てた。
作品名:ポケットいっぱいの花束を。 作家名:タンポポ