ポケットいっぱいの花束を。
「私は卒業するけど、二期生は、大丈夫だと思います」未央奈はまだ緊張した面持ちで今野義雄氏に言った。「絆があるので……。何かあれば、私も駆けつけますし」
「八年の絆か、それは固いだろうなぁ」夕は感慨深く言った。
「サイコキネシスの可能性っていう楽曲で、ちょうど空きの間があるんだけど、その音に合わせて未央奈ちゃんが適当に激しく踊ったダンスを、二期生達はちゃんと一瞬でコピーして踊れるんですよ」稲見は誇らしげに言った。「八年間の絆はだてじゃない」
「だてじゃあ、ねえよ」磯野は食事に夢中である。「数の子、取ってくれよ親父」
「お前だけばくばくしやがって、恥ずかしいじゃねえか」磯野かつおは顔をしかめて磯野に言った。「おら、黒豆」
「数の子だっつってんだろ!」
「歳の数だけ黒豆も食え!」
「MVのさあ、あの未央奈ちゃんの、コンテンポラリー・ダンス、ていうのかな?あれは切なさとか、未来への期待とか、とにかく、詰まってたよね」夕は思い耽るように言った。
「山戸結希監督だよ。それこそ、堀の初主演映画ホットギミック・ガールミーツボーイの監督を務めてくれた方だよ」今野義雄氏は大人達に説明するように言った。
「なんか、それって超いいですね」風秋遊は笑顔で言った。「そこにも絆があるんだな」
「未央奈ちゃん、食べなさい」稲見恵が未央奈に言った。「年始から力尽けないと、気持ちの持ちようも大変だろうし」
「はい。頂きます」未央奈はにこり、と笑った。「夕君、お茶、貰っていい?」
「OK」夕は虚空に言う。「イーサン、緑茶とお茶、アイスで」
電脳執事が応答した。
「あのう、ずっとお聞きしたかったんですけど」未央奈は口の中を整理して、ぱちくりとした眼で言う。「地下二階の、フロアの壁の下の方の一角に、ネズミの絵がありますよねえ? あれって」
「バンクシーだよ」風秋遊が未央奈に優し気に言った。「逃げないネズミと、ネズミを狩らない狼とフクロウ。教養を現わしてるんだ」
「ネズミも、狼もフクロウも、スクエアアカデミア・キャップをかぶってるでしょう? あの、大学を卒業する時にかぶる四角い帽子だよね」稲見は未央奈に説明する。「教養を学ぶ事によって、無益な争いを排除できる事を表現されてるんだよ。よく見ると、フクロウはチョコレート・バーを握ってる。狼が読んでいる本の背表紙には、46と記してある。教養を養う事で、反社会的行為から免れて、社会的な興味を持てる様になる事を現わしてる」
「46って……」未央奈は言葉をためらった。
「乃木坂だろうね」風秋遊は肩を上げて微笑ましくリアクションをした。「息子にプレゼントするって言って、伝えたのが乃木坂46っていうアイドルの事だけだから」
「コラボだな」磯野が言った。「すっげえ。おい親父、エビ、取ってくれ」
「俺とウパでバンクシーと直接会える機会があってね」稲見恵は懐かしそうに未央奈に説明する。「メディアに公開しない事と、全てがシークレットという固い約束の元、大理石に描いてもらえたんだ。もちろん、ウパの世間的貢献度を評価されてね」
「その大理石を、ここの壁の大理石にはめ込んだものが、あれ」風秋遊もにこやかだった。
「そうそう、バンクシーもいいけどさ、未央奈ちゃんも画伯なんだ」夕は嬉しそうに言った。「絵のタッチの表現力なんか、バンクシーにも引けを取らないよ」
「描いてもらうか、今度」風秋遊は未央奈を見つめる。「今野さんとの契約で、ギャランティは発生させられないけど、良かったら好きな場所に描くといいよ」
「仕事なら、会社とメディアを通してな」今野義雄氏は言った。
「え、……考えときます」未央奈は苦笑した。「おいくらくらいするんですか、バンクシーって……」
「十億、十数億、ぐらいかな」風秋遊は未央奈に答える。「出すとしたら、それぐらいの価値がある。貰いもんだけどね」
堀未央奈は関心を示していた。
「黒豆じゃねえよ! アホかてめえ!」
「歳の数だけ食えって言ってんだろうが!」
「食ったっつうの! エビだエビ! エビよこせ!」
堀未央奈はくすりと笑い、程よく緊張の糸をほどいた様子だった。
「似てるだろ?」今野義雄氏は未央奈を一瞥して言った。「驚くほどに」
「似てる~、はは」未央奈は笑う。「あでも、イナッチさんちも、落ち着いてるとこが似てるし、夕君ちも、なんか無邪気っぽいのが似てる」
「無邪気……」風秋遊は呟いた。
「無邪気か……」夕は囁いた。「そう見えてんのか」
「ウパさんって、業界でもウパさんって呼ばれてらっしゃるんですか?」未央奈はふと湧いて出た疑問を口にした。
「普段っからウパだよな、そういや」磯野かつおが言った。未央奈は頷いて関心を示している。
「財政界では、昔っからキッドだよなあ?」今野義雄氏は風秋遊を一瞥して言った。
「黒猫さんに、そう呼ばれたのがきっかけでしたね」風秋遊はそれから、気が付いたように、未央奈に説明する。「財政界に、黒猫って呼ばれてる超大物のおばあちゃんがいてね、何となく馬が合ったんだ。そう、仲良くしてもらって、一兆円、最初に出資してもらった。彼女は俺をキッド、少年と呼んで可愛がってくれてたね。もう、亡くなっちゃったんだけどね」
「キッド、て、呼ばれなくていいんですか?」未央奈は不思議そうな顔で言った。
「キッドは嫌だよ」
「大恩人さんがせっかく付けてくださったのに?」未央奈は風秋遊に言う。「もったいない。キッドって、カッコイイし」
「財政界では今もキッドだから、いいんだよ。それに、幼くして成功した奴は大体キッドって呼ばれちゃうんだ」
「今野さんもほりっぴー、とか呼ぶんでしょ?」夕は面白がって言った。
「ん? まあ、色々だな。気分で」今野義雄氏は食事を中断して言う。「真面目なさ、真剣な、シリアスな時に? ほりっぴーとは言わないよそりゃ」
「シリアスな時って言えば、選抜発表ですね」稲見は無表情で言った。
「モー娘。には無かったな」稲見恵が懐かしむように呟いた。
「あったろー、ミニモニ。とかよ、プッチモニ。とかのメンバー発表がよ」磯野かつおはそう言って、また食事に戻った。
「そうか、あったね。確かに」稲見恵は思い耽る。
「乃木坂は基本的に毎回、毎シングルあるからね」稲見は稲見恵を一瞥して、今野義雄氏を見つめた。「選抜発表は、色んな感情がごちゃごちゃとする。期待や、心配。歓喜や、悲劇。そのどれもが、今野さんの発表、一言一言に詰まってる」
「簡単には決めてないからね、こちらも」今野義雄氏はうん、と頷いた。「マネージャーからの推薦とか、んまー、言えない事だけどさ。全っ部含めて、考慮してる事だから」
今野義雄氏は、「やっぱ緊張する?」と、堀未央奈にきいた。
他の六名は食事を取りながら、有意義に聞き入っている。
作品名:ポケットいっぱいの花束を。 作家名:タンポポ