ポケットいっぱいの花束を。
「そーなんだぁ」飛鳥は納得する。「六階からって、なんか遊戯施設みたいになってるもんね。へー……、そーなんだ」
「え、乃木坂の全員分のおうちが、五階までにあるって事?」みなみはあたるに不思議そうな顔を向ける。「卒業した子達の家もあるの?」
「あるでござる」
「すげえな」飛鳥は笑った。「よく人に会うと思ったら……、住んでる人とかいそうだな」
「飛鳥ってここ使ってないの?」みなみは驚いたように飛鳥に言った。
「住んではないよ。通いだよ、通い」飛鳥はそう言った後で、左の手首にしているアップル・ウォッチを見て驚いた。「え、もうこんな時間じゃん……。十一時だよ」
「あと一時間で、本当のメリークリスマスでござるな」
「メリークリスマ~ス」みなみは笑顔でばんざいをして言った。
「メリークリスマス、でござる」あたるは赤面しながら、精一杯で二人の女子に言った。
「メリークリスマス……」飛鳥は続いて呟いた。視線は料理を見つめている。「みなみちゃん、目玉焼き、食べれるようになった?」
「食べれなーい」みなみは困った様に笑う。「あれ、ゆで卵もダメ」
「タマゴかけご飯は、どうでござるか?」
「食べたことない」みなみはあたるを見つめ返す。あたるは赤面して眼を反らした。「すき焼きも、そのまま食べる。タマゴつけない」
「私も、あれだからな、オクラ、ダメだからな」飛鳥は誰にでもなく言った。食事に集中している。「草の味するからな、アレは」
『突然ではございますが、飛鳥様、みなみ様、夕様がそちらに遊びにゆきたいとのご所望でございます。いかがなさいますか?』
電脳執事のイーサンである。実にしゃがれた老人の声だった。
齋藤飛鳥と星野みなみは、自然と天井を軽く見上げた……。
「いいよ、来なくて」飛鳥は苦笑で言った。「た~のしんでろよ」
「あ」背後を振り返ったみなみは、笑顔になる。「来たよ」
風秋夕はイーサンの回答を無視して、西側のラウンジまで歩いてきた。
「メリークリスマス」夕はとびっきりの笑顔で言った。
その空間に「メリークリスマス」が飛び交う。
風秋夕は空いているソファに腰を下ろした。
「そっち行っていい? て質問で、OK貰った事ないね、飛鳥ちゃんに」夕は苦笑して飛鳥を見つめた。「もしかして、嫌い?」
「きらーい」飛鳥はふざけてそう言ってから、顔を覆い隠して泣きまねを始めた夕に苦笑する。「嫌いじゃないけど。別に、いいよぉ、来なくっても、て」
「飛鳥ちゃんは辛口だ」夕はくすっと笑うと、みなみを見つめる。「みなみちゃんも遊んでくれないよね?」
「そーんなこと、ないけど。えへ」みなみは笑って誤魔化した。
「夕君、あっちはいいでござるか?」あたるが夕に言う。
「王様ゲームでね、波平に退場くらった。どうして番号わかったんだ、あいつ……」
「ねね、何かおススメない?」飛鳥は珍しく自発的に夕にきいた。「お酒の、強すぎず、弱すぎず、みたいの。程よく飲みやすく、みたいなやつ」
「アスカだね。ぴったりの推薦だよ」夕は得意げに飛鳥に言った。「カクテルのアスカ。飲みやすく、強すぎず、弱すぎず、程よく炭酸のきいた」
「へー飛鳥の名前のカクテルがあるんだ?」みなみは眼を真ん丸にして驚いた。「私のはないのう?」
「あるよ、ミナミ」夕はにこりとみなみに微笑む。「甘ーい、カクテル。カラフルだよ」
「イーサン、アスカを一つと、ミナミ? を一つお願いしまーす」飛鳥が慣れた具合に電脳執事のイーサンに注文した。「夕君、何呑む?」
「ラム・コーク」
「イーサン、ラム・コークだって」飛鳥は無表情で天井に囁いた。
『畏まりました』と西のラウンジにイーサンの声が応答した。
「え、みなみがミナミ呑むの?」みなみは眼を見開いて飛鳥に言った。飛鳥はうん、と頷いている。「えー、強くない?」
「アスカと度数は同じだよ」夕は優しく笑みを浮かべて、みなみに答えた。「十二%から十六%未満」
「え強いじゃん、強くなーい?」みなみは眼を見開いたままで飛鳥に訴える。「呑める?」
「どうだろ」飛鳥はふふんと笑った。「明日生放送だからな……」
「ここから皆行くみたいだよ」夕はにこやかに二人に言った。「部屋があるんだから。たまには、ね。いいんじゃない?」
「まあ、最悪そうすればいっか」飛鳥は納得する。
「呑めるかなー……」みなみは不安に笑う。
「小生も、次は何を呑むでござるかな……」あたるはメニュー表を開く。「ロング・アイランド・アイスティー、美味そうでござるな……」
「うちのロングアイランドは強えぞ」夕はあたるを一瞥して言った。「乃木坂の前で、ガチ酔っぱらいは禁止だからな、ダーリン。わかってんだろうな?」
「わかってるでござるよぉ」あたるは顔をしかめて頷いた。「聖なる夜、でござるよ」
「OK」夕はにこやかに納得した。
会話に花咲くなか、間もなくして、電脳執事のしゃがれた呼びかけと共に、注文のアスカとミナミとラム・コークがあたるの背中側にある〈レストラン・エレベーター〉に届いた。
それを風秋夕が二人の女子へと、丁寧で上品な仕草で配った。
「召し上がれ」
齋藤飛鳥はコリンズ・グラスの中の液体を眺める。「何色?これ、光ってない?」
「光ってるよ」夕はくすっと笑った。「ブラック・ライトに当てると最大に光る」
「みなみの、ミナミ?」みなみもグラスの中身を横から覗きながら言った。「虹みたい。綺麗ー」
「アスカは飛鳥ちゃん色。ミナミはみなみちゃん色」夕はにっこりと微笑んで、ラム・コークをごくりと喉の奥に流し込んだ。「最高のクリスマスだな……。乾杯」
四人は改めて乾杯をした。
「うむん……、やっぱりロング・アイランド・アイスティー、気になるでござるな……」
「甘ーい」みなみは一口呑んで、可愛らしく肩を上げて笑った。「美味しいかもー」
「へー」飛鳥はそれから、恐る恐るで、自分の名前のカクテルを一口吞んでみる。「んん、あ、美味しい、かも……」
「どっちもレディ・キラーだから、気を付けてね」夕は幸せそうに二人の女子に言った。「気が付かないうちに、酔わされるよ。気が付かないうちに、好きになりすぎてる。あれ、誰かさん達と似てるね?」
「みーなみちゅわん!」
「きゃあああ!」みなみは驚愕して、高らかに悲鳴を上げた。
磯野波平が息を殺して、星野みなみの背後から突然に声を掛けたのであった。三人はそれを黙視していた。
「ちょーっと、もうびっくりしたー!」みなみははにかむ。「波平君やめてよ~!」
磯野波平は姫野あたるの隣に着席する。「だあ~っはっはっは。昔スパイやってたからな」
「いつだよ」夕は呟く。
「飛鳥っちゃん、それアスカだろ?」磯野は誇らしげに飛鳥に笑みを浮かべた。「それの基本ベース作ったの俺だぜ」
「へー」飛鳥は感心する。「美味しいじゃん。やるじゃん波っち」
「みなみちゃんのミナミも俺だかんな、基本ベースは」磯野は誇らしげにみなみに微笑んだ。「みなみちゃんが呑めるよぉに、開発してあっからな。吞みやすいだろ?」
「うぅん。呑みやすぅい」みなみは赤らんだ頬でにっこりと笑った。「あれ……、ちょと、酔ったかも」
磯野波平は眼を光らせて星野みなみを観察する――。確かに、ほんのりと顔が赤みがかっていた。
作品名:ポケットいっぱいの花束を。 作家名:タンポポ