ポケットいっぱいの花束を。
「みなみちゃん、酔っぱらったらさ、俺が抱っこしてくからさ」磯野は真剣にみなみに提案する。「安心して酔っちゃってくれよな」
「じゃあ酔えないな」みなみは眼を反らして言った。
「飛鳥ちゃん、もし酔ったらよ、俺が抱っこして」
「うーるせー」飛鳥は磯野の言葉に苦笑した。「だーまってろ」
「ハウス!」夕は磯野に言う。
「キャインキャイン! てか!」磯野は顔をしかめて夕に言った。
「しっ、あっち行ってろ。不思議な話なんだけどさ」夕は四人の顔を交互に見つめ、落ち着いた様子で話し始めた。「夢の中で、変な広い場所に連れて行かれたんだよ。そこには俺の父親や、親戚の亡くなった叔父がいてさ、小学校時代の親友がいるんだ」
四人は有意義に、風秋夕の話をきいている。現在フロアの雰囲気を飾っている楽曲はネリーの『ジレンマ』であった。
「一泊して、俺は全く眠れなかったんだよな。何かの家電話?みたいな機械で何らかの物語を聴いてたんだ、一晩中ね。そしたら、朝が来て、移動になって、どこからかかってるのか全くわからないんだけど、嫌に精神を不安定にさせるような音楽がかかってるんだ。路行く路全てに、精神が可笑しくなりそうな不気味なおとぎ話みたいな歌詞の曲がかかってて、気付くと、ドラえもん達が集まるあのドラム缶のある空き地みたいな所に……、そこより十倍ぐらい広いんだけど、その奥に叔父がなんか消えて行って、どっか行っちゃってさ。気付くと俺の父親もいないんだ。俺は親友とキョロキョロしたり、不気味な歌が嫌だった事を語ったりしながら、どうにか空き地の隅っこで父親を見つけるのね。父親がいた場所、そこは小学校の一年生の校舎か、幼稚園の校舎か、保育園の教室なんだけど……。何だここ? ってなってるのを、俺が親友の背を押して無理やり、不思議な世界に来たんだよ、って押して入ったんだけど」
話をきくうちに、それぞれが夕の話に惹き込まれていた。
「小さい頃の、俺がいるんだよ……。教室に。そこで何かに気が付いた親友が言うんだ。風秋夕を選ぶんだよ、って。何人かいる子供達の顔は、さんまさんを始めとして、売れっ子の業界人達が揃ってた。その中に、ポツンと、俺もいるんだよ。そこで急に輪になってお遊戯会が始まって……、まあ、俺が自分を風秋夕に選んだら、夢から目が覚める、ていうおちなんだけど、意味深じゃないか?」
「ちょおっと、怖いね?」みなみは笑みを浮かべて言った。「ちょっと不気味」
「ほんとに不気味な体験だった」夕はみなみに頷いた。「でさあ、実は終わりじゃなくて、夢から覚めた瞬間から、俺は満面の笑みだったんだよ。何か半分ぐらい悟った感じで。そしてラジオをつけた次の瞬間に、ユウでした! てナレーションていうか、声が飛び込んで来てさ。その偶然までが、夢の終わりと繋がってて、やっと終わった、て感じだったんだ」
「何で、自分を選んだでござるか?」あたるが疑問そうに言った。「もっと違う子を風秋夕にしてれば、もっともっと華やかな人生が約束されたかもしれないでござるよ? さんまさんもいたでござるよな?」
「おお。俺なら迷うぜ」
齋藤飛鳥は黙って風秋夕を見つめている。
「ああ、俺も一瞬迷ったよ。でもすぐに思った」夕は誇らしげに微笑む。「愛鳥のフクロウと出逢ったのは俺だし、乃木坂に恋をしたのも俺だからね。これ以上の最愛の人生はない。俺は何度試されても、乃木坂とフクロウと出逢う人生を選ぶよ」
「御先祖様からの、試験だったのかもな」磯野が言った。「てめえがファーコンの御曹司なんてよ、ちと荷が重てえかんな。何呑もうっかな~。アスカ、吞んじゃおっかな~ぐっふっふ」
「やめて」飛鳥は磯野を横目で一瞥して言った。
「んじゃミナミ、吞んじゃおっかな~ぐっひっひ」磯野はみなみに笑いかける。
「呑めば~?」みなみは強気な笑みで言った。
磯野波平と姫野あたるは、イーサンにラム・コークとロング・アイランド・アイスティーを注文した。
「一月入るじゃんか? 来年の話ね」夕は飛鳥とみなみに言う。「俺の父親が四日からここ〈リリィ・アース〉に遊びに来るんだ。ちょっと変わり者で、自分の事ウパって名前で呼ばせるんだけど、会ってみない? 世界的大企業ファースト・コンタクトの創設者だぜ」
「てめえの親父なんか腐るほど会っとるわ」
「お前に言ってないんだよ」夕は嫌そうな顔で磯野に言った。それから、飛鳥とみなみを見つめる。「未央奈ちゃん、とりあえずOK貰ってるのが。二人も良かったらどうかな。今野さんも来るんだけど。うちの父親と親しいからさ。波平の父親もイナッチの父親も来るんだ」
「え、親に会うの?」飛鳥は苦笑する。「何で?」
「うん」みなみも困っている。
「大人四人が集まると、今野さんがリーダーになるんだけど、こういう大人達もかっこいいよ、てさ。一見の価値あり。それにさ、波平の父親が、波平の性格とそっくりなんだ。面白いよ」夕はにこやかに二人に言った。
「まあ、考えとくわ……」飛鳥はしぶしぶ、頷いた。
「うん、気が向いたら」みなみは微笑んで言った。少し頬が赤い。
『失礼致します。ご注文の品が到着いたしました』イーサンのしゃがれた声が何処からともなく言った。
磯野波平と姫野あたるの背後にある〈レストラン・エレベーター〉にラム・コークとロング・アイランド・アイスティーが到着したのだった。
5
二千二十年十二月二十五日、クリスマスの夜。ミュージック・ステーション・ウルトラ・スーパー・ライブ2020の生放送を終えた乃木坂46達が集ったのは、クリスマス一色に染まった巨大地下建造物〈リリィ・アース〉であった。
乃木坂46一期生の松村沙友理はご機嫌の様子で、電脳執事のイーサンにタッカンマリを注文したところであった。
地下八階の〈BARノギー〉一号店に集結した乃木坂46は、一期生の松村沙友理、一期生の秋元真夏、一期生の生田絵梨花、二期生の新内眞衣、の四人と、一期生の高山一実、元一期生の西野七瀬、この二人に分かれていた。
松村沙友理達とテーブル席に座る乃木坂46ファン同盟のメンバーは、駅前木葉(えきまえこのは)と、姫野あたるであった。
高山一実達と共に呑んでいる乃木坂46ファン同盟のメンバーは、風秋夕(ふあきゆう)と稲見瓶(いなみびん)である。
乃木坂46ファン同盟の磯野波平(いそのなみへい)だけは、テーブル席とカウンター席をうろうろとしていた。
新内眞衣は皆を見回しながら言う。「夕君の元カノ、日奈子にそっくりなの。見た?中学ん時の写真」
「あー、見た見た。きいちゃんの方が可愛いよ」絵梨花は澄ました眼で言った。「主な顔の感じは似てるけどね。まー美人さんよ。でもきいちゃんの方が、こう、輝いてる」
「えどれ?」沙友理はテーブルに手を出した。眞衣は携帯の画面を見せる。「……ああ~、ほんまや~、きいちゃんやぁ~」
「似てるねえ」真夏は持ち前の笑顔だった。「基本笑ってそうなとこも、なんかきいちゃんと感じが似てる気がする」
「きいちゃんやわあ」沙友理は満面の笑みで言った。「え、ダーリン知ってた?」
作品名:ポケットいっぱいの花束を。 作家名:タンポポ