その先へ・・・7
吹雪の晩に恐ろしい事が起こり、自分で自分の記憶に歯止めをかけているのではないか?
過去を思い出すきっかけになればと安バイオリンを手に入れ弾いて聞かせたあの晩、アレクセイはそんな風に仮説を立てた。
その後もズボフスキーから、時々悪夢にうなされている事や風の音に敏感だという事も聞かされている。
あの仮説はやはり正しいのか……?
アレクセイが知らないユリウス。
出会った頃から何かを抱えている事は分かっていた。
性別を偽っている事からしてただ事ではない。しかもカーニバルの時には命を狙われていた。
その後、アレクセイ自身の宿命に巻き込んでしまった事や、ユリウスが女性であった事が発覚した衝撃でその真相については今に至るまで分かってはいない。彼女の記憶が失われた今では、永遠の謎だ。
ズボフスキーと語った様に財産目当ての為に男と偽って育てられたのか。
それとも、命を狙われる境遇でその身を守る為に男として生きていたのか。
アレクセイの様に反政府活動に身を投じているわけでも無いのに、なぜ命を狙われなければならないのか?
いずれにしても当時15歳の少女が背負う運命にしてはあまりにも重い。
その事についてもう少し突き詰めておけば良かったと当時を猛省したが、だからといって何が出来たわけでも無かった。
彼自身も若干17歳。自分の宿命を受け入れるだけで精一杯だったのだ。
あの頃からこんな風に怯えていたのだろうか。それを必死で一人で耐え、周りに気づかれない様に虚勢を張っていたのだろうか。
アレクセイの胸に痛みが走った。
「……怖かった。逃げ出したかった。でも……でもっ!ガリーナがいた。ガリーナをなんとしても守らなくちゃって……。満足に声も出なくて。手も足も動かなかったけど、ぼくはあの男に……悪魔に向かったんだ!」
肩をふるわせ嗚咽するユリウスの背中をアレクセイは優しくさすってやった。
「無我夢中でガリーナを助けたけど、あの男は……悪魔は……今度はぼくだけじゃなく、ガリーナやあなたの事まで……あんな風に……」
ルウィに対峙した時を思い出したのだろう。ユリウスは拳を握り締め、震えながら懸命に言葉をつないだ。
「悪魔の姿をしたあの男は……ガリーナの心を傷つけ、あなたを否定し、侮辱し……許せないよ!ぼくは負けまいと……」
両手でアレクセイの腕を掴んだユリウスは、恐る恐る顔を上げた。見つめるアレクセイの瞳はユリウスに勇気を与えるようにまっすぐに見つめている。
「決して大切な人を奪われたくない!傷つけられたくない!そう思って必死に……。ああ、でも……ぼくは……過去に何かしたんだろうか?あの時……、一瞬垣間見えた別の誰かを助ける為に、その男を傷つけたりしたんだろうか?だから何度も何度も現れてぼくを苦しめるのかな?……だったら……、ぼくはどうしたらいいんだろう?」
「ユリウス……」
「アレクセイ……、アレ……ク……」
肩を震わせ声を上げ泣きじゃくるユリウスをアレクセイはしっかりと抱きしめた。
おそらく誰にも言えずにいた事を吐き出し、感情を爆発させたユリウス。一人で必死に耐えてきた心をいたわる様に、震える肩を……背中を……ゆっくりと何度もアレクセイは撫でてやった。