その先へ・・・7
ひとしきり笑った後、ユリウスはもう一枚の写真に手を伸ばした。
アレクセイの兄とその婚約者の間に別の少年が入って写っている。にこやかな二人に対し、真ん中の少年は仏頂面でこちらを睨みつけている。
どこかで見たことが……と、ユリウスは顔を上げた。
「ねぇ!この少年って、もしかしてアレクセイ?」
「もしかしなくてもおれだ。ふん、まだガキだろう?」
アレクセイは苦笑いを浮かべて写真を手に取った。
「兄貴が婚約をした直後に撮った写真だ。二人だけで撮ればいいのに、何故かおれまで。微妙な年ごろだったからな。見ろよ、この顔」
初恋が砕け散った直後だった事は、あえて口にしなかった。
「あなたらしいよ。なんだか変わらない」
「おい!おれはガキのままかよ」
「あはは……そうかもね」
「ひでぇなぁ」
ひとしきり笑い合い、再び写真に目を落とし黙って見つめていた。
二人の間に穏やかな静寂が流れた。奇跡のような再会をしてからこれまでの二人の間には無かった自然であたりまえな空気が心地よい。
「そしてこっちは、兄貴から婚約者……アルラウネへの恋文だ。まさかこんなものがあるなんて思わなかった」
紅いビロードのリボンで結ばれた手紙をアレクセイは差し出した。
「恋文……」
「さすがに中は読んじゃいないが、間違いなく兄貴の筆跡だ。綺麗な字なんだぜ」
「読まないの?」
「読めるかよ!んなもん!」
「でも……なんでぼくに?」
「……思いもかけずに手にする事が出来た兄貴の形見なんだ。もう失いたくない大切なものだ。だから、おまえに預ける」
「……」
アレクセイの自分に対する心に触れられた様な、そんな気がしてユリウスの胸は甘く震えた。
「アレクセイ……」
「預かってくれるか?」
「……うん、わかった」
左手を写真と手紙の上に置き、ユリウスはアレクセイの左胸にこつんと頭を寄せた。
あまりにも自然に……。
アレクセイはそれを穏やかに受け止め、左手でユリウスの肩をしっかりと抱き寄せた。
胸に広がる安心感。覚えていないのに、何故か懐かしいと感じるこのぬくもり。記憶を失う前も、失った後も、ずっと恋求め、追いかけていたただ一つのものだ。
ユリウスはうっとりと瞳を閉じ、あたたかなぬくもりに身を委ねた。
「……なぁ、ユリウス……」
耳に心地よく響くアレクセイの声が自分の名を読んでくれる事が嬉しい。
あたたかで心地よいぬくもりに包まれていたい。
こんな風にいつも、いつも……、これからずっと……。
「今更何をと思うかもしれんが……」
「……」
「おれと……」
「……」
温もりの向こうに、穏やかな吐息を感じアレクセイはユリウスの顔を覗き込んだ。
「ユリウス?」
穏やかに微笑みを浮かべながら、ユリウスは安らかな夢の国の住人となっていた。
「おい……肝心なとこだぜ……。ったく……」
ウオッカの一気飲みが今頃効いてきたのだろうか。アレクセイはユリウスの左肩を更に強く抱き寄せた。
「おまえってやつは本当に……」
冷たい右手でユリウスの顔にかかる髪を優しい手つきで払い、柔らかな頬を優しくなぞる。
そっとそのまろやかな頬に唇を寄せようとした時……
「ガリーナ!!!」
ドアを勢いよく開け、この部屋の主が青い顔をして飛び込んできた。
「!!」
「おいっ!アレクセイ、ガリーナはっ!?」
甘い気分を途端に削がれたアレクセイは、半ば憮然としながら寝室にいる事を告げた。
「ガリーナ!大丈夫かっ!?」
「ちょっ!ん、もう!……フョードルったら……」
部屋の奥からガリーナの声が聞こえ、アレクセイはガシガシと頭をかき混ぜ自分の肩にもたれかかって眠るユリウスを見つめた。
「なぁユリウス。これまではおれたちがお邪魔虫だったが、いつの間にか逆転しちまったな……」
もうあんな風に怯え、泣くユリウスを一人にしておけなかった。そして何より、もうこの腕の中のぬくもりを手放す事は出来なかった。
「目が覚めたらさっきの続きだぞ。……泣くなよ」
アレクセイはズボフスキーとガリーナ夫婦の声が遠くにある事を確認し、そっとユリウスの細いあごを上げ優しくくちびるを重ねた。