BUDDY 1
そう言って笑った士郎に、アーチャーはつい呆けてしまった。その隙を突いたのか、たまたまか、ギルガメッシュの放った剣が迫る。迷う間もなく士郎にタックルをかます勢いで避けつつ士郎を抱え、アーチャーは前庭を駆けた。
次々とアーチャーの足元に剣が撃ち込まれていくが、アーチャーの足を射抜くには至っていない。
「ア、アーチャー、」
「黙れ! 舌を噛むぞ!」
「むぐ」
何か言おうとしていた士郎はアーチャーの忠告を守って口を噤む。境内を縦横無尽に駆け、翻る赤い外套を切り裂いた剣を最後に、不意に攻撃が止んだ。
「はぁ……、マスター、もう少し、緊迫感というものをだな、」
「わ、悪い」
本堂の軒下に入ったことで、ギルガメッシュの攻撃からとりあえずは逃れた。攻撃が止んだのは、ギルガメッシュの死角になっているからだろう。
ギルガメッシュはアーチャークラスという属性にいるからか、高い位置に陣取って攻撃を仕掛けることが有利であることを承知している。身を隠す場所もない本堂の前庭にいては、屋根の上に立つギルガメッシュが有利であり、格好の的にしかならない。
ならば、その足元に身を隠せばと、灯台下暗しを実践してみたのだが、息をつく間もなく、ドォン、ドォン、と槍や剣が本堂の屋根を突き破り、穴を開けていく。
「うわぁ……、手当たり次第に……」
士郎の嘆きをアーチャーの耳が拾う。柳洞寺は友人の家であり、士郎もこの寺のことをよく知っている。それが次々壊されていくというのは、あまり見たくない光景だろう。同時に、仏像や建物が傷つき、損傷することを屁とも思わない攻撃に、軒下に隠れたからといって、必ずしも安全というわけではないと理解する。
「こそこそと隠れるネズミめ」
ぽっかりと夜空が見える穴の縁に立つ人影が赤い瞳を煌めかせた。
「チッ!」
舌打ちをこぼしつつ、アーチャーは再び士郎を小脇に抱えてその場を離脱する。本堂は穴だらけになっていき、軒下を逃げるのにも限界が見えてきた。
「あの、アーチャー」
「なんだ」
今忙しい、と取り合う気のないアーチャーに構わず、
「逃げてばっかじゃ、倒せないけど……」
そう士郎が正論を吐くので、ぴたり、とアーチャーは足を止める。
「マスター、それは……、重々承知している」
そう答えながら、アーチャー自身、まだ踏ん切りがつけられていなかったことを思い知る。
(迷いがあったのは、私の方か……)
今日ここで、この戦いが最後だと心を決めていたはずであったというのに、それを土壇場で迷う己は、誰よりもこの現界を望んでいるのだ。そして、それを士郎に気づかされている……。
(まったく、情けない)
士郎に大口を叩いておいて、いざとなれば尻込みしているとは、とアーチャーは自嘲を禁じ得ない。
「マス…………、いや、士郎。準備は万端だな?」
「ああ、いつでも」
「お前にかまけている暇はないぞ?」
「わかってる。自分の身くらい、なんとかするよ」
真っ直ぐに見上げてくる琥珀色の瞳には迷いも疑いもなく、そこには愚直なまでの信頼がある。
(この瞳には、いつも救われる……)
どの聖杯戦争でも、アーチャーには士郎の瞳が眩しく見えた。真っ直ぐな意志を孕んだ琥珀色の瞳は、いつもアーチャーの胸に熱を灯らせていた。
確かに殺す気であり、殺意を隠せなかったが、それも熱を灯すという意味では同じことだろう。守護者というものであるときに、殺意にしても懐古にしても、胸を揺さぶられるような感覚などはなかったのだから……。
「英雄王」
屋根へと呼び掛ければ、本堂を潰しかけていた宝具の雨が止んだ。
「いささか不遜ではあるが……、答えてやろう。なんだ?」
「さすがは宝具の原典だな」
「フ……、ふはははははは! 今さら恐れ入って命乞いでもするのか? まあ、一応聞いてやらんでもないぞ」
高らかに響く哄笑の中、アーチャーは本堂の軒下を出て前庭のど真ん中に立ち、抱えていた士郎を立たせて振り返る。
「ああ、恐れ入った。だが、原典であろうとお前がそうやってぞんざいに射出しているうちは、数多の英雄たちが扱う宝具には成り得ない」
「なに?」
笑いを引っ込めたギルガメッシュの瞳が赤く光る。
「一つ一つが宝と謳われる武器は、それを持つ英雄に使われて真の力が発揮される。お前がどれほど多くの武器を持っていようと、それは宝の持ち腐れだ」
「貴……っ様!」
「その程度であれば、私にも作れる」
「ほざいたな、雑種! ならば、腐っているかどうか、貴様が身をもって味わえ!」
ギルガメッシュを中心として、ずらりと並んだ中空に浮かぶ金の波紋から無数の武器が現れた。切っ先はすべてアーチャーに向けられている。
「ア、アーチャー、」
さすがに不安を抱いたのか、士郎が気遣うような声をかけてきた。
「マスター、魔力を」
ギルガメッシュから目を離すことなく、アーチャーは士郎を引き寄せる。
「え? あ、あの、アーチャー?」
か細いパスだけでは、やはり心許ない。アーチャーは士郎に接触して魔力の補給量を増やす算段だ。
「動くな……、いや、離れるなよ」
片腕で士郎を抱き寄せるような格好で、アーチャーは詠唱をはじめた。
「固有……結界…………だと?」
ギルガメッシュが驚きを隠せないまま呟いている。が、何かに気づいたように笑い出した。
砂塵が舞い、上空には大きな歯車。見渡す限りの荒野には、無数の剣が突き立っている。
士郎はいまだ呆けていて、ギルガメッシュは笑い続けている。
ここで笑えるギルガメッシュにアーチャーは口角を上げた。普通であれば、敵の固有結界に引き込まれてしまえば、多少なりとも焦るはずだ。だが、笑うということは、彼は例に漏れず慢心している。
「ふははっ! なんだこれは! これが貴様のとっておきか? 笑わせるな! なんの小細工かと思えば、すべて贋作ではないか!」
「え?」
士郎が驚きつつアーチャーを見上げている。
「これが我《おれ》に匹敵するとでも? ただの数合わせではないか!」
揶揄をやめないギルガメッシュに、アーチャーは不適な笑みを浮かべる。
「そうだな、物量でいえばそう大差はない。が、私の方が速い」
「なんだと?」
笑いを引っ込めたギルガメッシュが目尻を引き攣らせ、眉間にシワを刻む。
「では、試してみようではないか、贋作者《フェイカー》」
ギルガメッシュの背後に再び無数の武器が並んでいく。切っ先が見えはじめたと同時、打ち消すように同じような武器がギルガメッシュの宝具を打ち砕いていった。
「な……」
唖然としていたギルガメッシュは、アーチャーを睨みつけ、先ほどのさらに倍以上の武器を中空に浮かべた。が、それも次々と打ち砕かれていく。
「っく……、この、雑種風情が……」
初めて焦りのようなものを浮かべたギルガメッシュにたたみ掛けたいところだが、アーチャーにそんな余裕はない。魔力消費が激しすぎて、補給が追いつかなくなってきている。このままでは結界を保てなくなり、ギルガメッシュを倒すところまで持ち込めない。武器の応酬が続く中、焦りがじわじわと背中を駆け上がってきていた。
「っ!」