BUDDY 1
「凛。どのみち、この聖杯戦争を終わらせるには、ギルガメッシュを倒さなければならない。そうしなければ、終わらないのだからな」
納得したようではないが、凛は頷き、そうね、と決意を固めたようだった。
「アーチャー、昨日の朝、言ってたこと……」
かちゃかちゃと食器の触れる音がする。
早めの夕食をとった後、台所に並んで片づけをしていれば、士郎が、ぽつり、と口を開いた。
「そっくりアンタに返す」
「…………」
「命、懸けようとしてないか?」
「…………」
「アンタ、死ぬ気だ。ああ、えっと、サーヴァントに死ぬなんて言っていいのかな、よくわからないけど。ギルガメッシュを倒すにはそれしかないって、アンタは思い込んでる」
「…………それで? お前の見解を聞こう」
アーチャーが肯定も否定もせずに質問で返すと、士郎は皿を拭く手を止めて黙っている。
「他に何か妙案があるのか?」
「…………ない」
「ならば、仕方がない」
「でもっ、」
振り仰いできた士郎は、何事かを堪えるような、苦しそうな表情をしている。
驚きだった。
さして長い月日を過ごした間柄でもない。どちらかというと、鍛えるというのを名目に、散々なことをしてくれたと怨まれても仕方のない関係だった。
だというのに、士郎はアーチャーを、まるで家族や友人を想うような顔で見上げている。命を懸けようとするアーチャーを引き止めようと必死な様子だ。
「サーヴァントに命などない。もうすでに人としての生は終わっているのだ。命を懸ける、というのはおかしい」
「そ、そうだとしても、」
「何か勘違いをしていないか、マスター。サーヴァントは聖杯を寄る方に召喚されている。聖杯戦争に使役されるためにな。したがって、聖杯戦争を終わらせるためにこの身を投じたとて、なんの悔いもありはしない」
「だけど、アンタは、」
「マスター、あとは一人でも片づけられるな?」
アーチャーはそれ以上の会話を拒否するために、食器を洗う手を止め、台所を出た。
「アーチャー! まだ、話が、」
「話すことなどない。お前は今夜のために体力を温存しておけ」
居間の障子を閉めれば、それ以上、声は聞こえてこない。
「所詮は、守護者などという存在《モノ》だ。アレの行く末を見守ることなど、とうてい身に余る……」
士郎を導くのは、今夜が最後となるだろう。腹は括った、あとは、士郎をどう生き残らせるか、ということ。
それを前提とするならば、ギルガメッシュを必ず倒さなければならない。
(二度目の聖杯戦争の時のようにギルガメッシュが慢心していればいいが、初めから全力であの宝具を放ってこられては、防ぎようもない……)
宝具の原典である武器を撃ってこられてもアーチャーであれば、それぞれに対応した投影でどうにか対処が可能だ。だが、ギルガメッシュ自らが持つ宝具・乖離剣。あれだけはアーチャーにも解析できなかった。
(勝つためには、私が宝具を展開することができるかどうかがキモになるのだが……)
これまで魔力を温存し続けてきた成果か、どうにかできそうではある。だが、それだけでギルガメッシュを倒し切れるかというと疑問が残る。何しろ、今回のギルガメッシュが二度目の聖杯戦争時の彼と同等なのかどうか、実際にこの目で見ていないために判断材料が乏しい。
(凛とセイバーの話の上では、二度目の時と同じ感じではあるのだが……)
何においても例外というものはある。今回の聖杯戦争で己が衛宮士郎に召喚されているということも、異例と言えば異例のことだ。
これまで三度、寸分の狂いもなく同じ状況で遠坂凛に召喚されて戦ってきたアーチャーには、今回がイレギュラーだということが身に沁みて感じられる。
「アレを生かすには…………」
やはり、この身を投じるしかないと、アーチャーは改めて心を決めた。
***
深夜、柳洞寺の石段を上がりきり、境内に入った四名は、思ってもいない光景に出くわしている。
「あのぅ……、なんで、あいつ、戦ってるんだ?」
本堂の屋根に立つ黒っぽい衣服を着た金髪の男は、何やら大きな手のような物に襲われている。
「聖杯だな、あれは」
「ええっ? あれが? うわぁー、やだぁ……」
トリハダがたっちゃう、と凛は顔をしかめている。
「あれが、聖杯…………?」
一方のセイバーは驚きを隠せない様子で、黒く、大きく、禍々しい靄を纏う巨大な手を凝視して身動ぎしないままだ。
「おそらく、サーヴァントを取り込もうとしているのだろう」
「そうなの? でも、あいつが聖杯を使っているんじゃ?」
「イリヤスフィールの心臓と魔術回路を持つ者を媒介にしているのだろうが……、聖杯にしてみれば、五騎のサーヴァントしか取り込めていないために、腹を空かせているという状態なのではないか?」
「空きっ腹、ねえ……」
凛は生ぬるい視線を聖杯だという巨大な人型のようなものに注ぐ。
「アーチャー、我々はあれを倒せばいいと?」
「そうだな。君の宝具であれば苦はないだろう。ただ、魔術回路の媒介となっている者が誰かはわから――」
「綺礼よ。あいつ、ギルガメッシュにいいように使われたんだわ」
「神父か……。まあ、自業自得だろう」
「知ってる口ぶりね」
「まあな。ロクなモノじゃないことぐらいは、」
「そうね。お父様の仇だし」
「なに?」
「え?」
驚いた声を上げたのはアーチャーだけでなく士郎もだった。
「あいつにね、お父様は殺されたの。嗤いながらペラペラとしゃべってたわよ」
凛の横顔に昏いものを見て、士郎は冷たい汗を流し、アーチャーは少し胸苦しい。
「だからってわけでもないけれど……、あれは私たちが預かるわ。あんたたちはあいつ」
本堂の屋根を指さした凛は、健闘を祈る、というように片手を上げ、セイバーとともに本堂の脇道を駆けていく。
それに気づいたギルガメッシュが本堂の屋根上から剣を数本放ったが、その剣はアーチャーが飛ばした剣が弾いた。
「見ない顔だが……、何者だ?」
赤い目が先にこちらを向き、次いで身体ごと向き直ったギルガメッシュは、士郎とアーチャーをそれぞれに見下ろし、軽く腕を組み、悠然と誰何する。
「何者だろうとお前に話す義理はない」
アーチャーが返答を拒否すると、ぴく、と目尻を引き攣らせたものの、ぎゃんぎゃん喚くような性質《たち》ではないらしい。ギルガメッシュは余裕さを消さないままに、こちらに興味を向けてきた。ちょうど聖杯の手も引いていったので、凛とセイバーがあちらの相手をはじめたらしいことがわかる。
「フン。今までどこぞに隠れておったのか、臆病者め。まあ、見た限りでは、三流魔術師と三流使い魔。取るに足らぬ雑種が雁首揃えて命乞いにでも来た、というところであろう?」
尊大に言い、ひとり嗤うギルガメッシュにむっとしたのは士郎だ。
「アーチャー、あいつ、すげぇムカつく」
「同感だな、マスター」
同意を示すアーチャーに、士郎はきょとんとして振り仰いでくる。
「なんだ」
面倒そうにアーチャーは士郎に目を向けた。
「初めて、意見が一致したなぁって」