BUDDY 1
「守護者などという胸糞の悪いものは、これ以上増える必要がないということだ」
はっきりと言い切ったアーチャーは腰を上げる。それを見上げる士郎は、複雑そうな顔で何か言いたげだ。
「質疑応答は終わった。お前は鍛錬の準備を、」
「あのさ、」
「なんだ。質疑応答は終わりと、」
「俺を鍛えて、聖杯戦争を生き残ることができたら、アンタは、どうするんだ?」
「座に還る」
躊躇もなく言えば、士郎はムッとしている。
「なんでだ? もっと鍛えないのかよ?」
「聖杯戦争が終われば、現界する意味などない。したがって――」
「意味ならあるだろ! その、守護者ってやつにならないためって言うんなら、俺を監視するっていう理由がまだあるだろ! 聖杯戦争は何年も続くものじゃないって言ったじゃないか、せいぜい二週間くらいだって。たった二週間で、俺の何を鍛えられるって言うんだ? 俺がアンタみたいなモノにならないって、どうして確信が持てるんだよ?」
「…………」
アーチャーは沈黙する。確かに二週間ほどの間、アーチャーが士郎をみっちり鍛えたところで、生き残るという目的は達成できるかもしれないが、その後にどうなるかなどわからない。何しろ、この衛宮士郎である少年にとってアーチャーとして現れた英霊エミヤが、理想の具現であることは間違いようのない事実だ。かくいうアーチャーも、その姿に憧れを抱いた微かな記憶がある。
(聖杯戦争の、その後、か……)
その後のプランなど何もなかったために、アーチャーは士郎を言い負かすほどの上手い言葉を見つけられない。
「俺がいいって言うまでアンタは俺を鍛える。それで、どうだ?」
士郎がどこか嬉々として宣言する提案を聞き、こいつは己と取引でもしているつもりなのだろうか、と首を捻りたくなる。
(いったい、何を考えているのか……)
そう思いつつ、期限のない契約を結ぼうという士郎に、存外悪くない提案だ、という考えがよぎった。
(いや、悪くないわけがない。いくら鍛えるといっても、守護者の契約をないがしろにしていいわけが……)
何に言い訳をしているのか、と逡巡しながら、真っ直ぐに見上げてくる琥珀色の瞳にアーチャーは懸けてみたくなる。
士郎と契約を続け、己が思うような理想へと士郎を導けるかもしれない。
その夢想は、あまりにも甘美な誘惑だ。
「…………了解した。では、お前は学校へ行かずに、この屋敷内で己を鍛えることに専念しろ」
結局、アーチャーは誘惑に勝てなかった。そして、
「わ、わかった……」
不満げではあるが、士郎は自らの提案を受け入れてもらったという負い目からアーチャーの指示を了承した。
***
午前中は身体的な技術の向上、午後は魔術の鍛錬。
士郎は学校を休んでいるものの、いつも以上に忙しく、ハードな日々を送ることになっている。折しも、新都で集団昏睡事件が起き、士郎の通う穂群原学園でも不可解な事件や事故が起き、日々入り浸っていた姉代わりの穂群原学園教師・藤村大河は学校に詰めることが多くなったようで衛宮邸を訪れてこなくなった。
突然やってきたアーチャーをなんと言って説明しようかと頭を悩ませていた士郎は、結局そのことを話す間もなく大河と会うこともない。そして、病気でもないのに学校を休むということに引っ掛かりを覚えていた士郎にとって、休校になったことはさいわいであり、アーチャーにとっては鍛錬に集中させることができる絶好の機会だ。
(派手に事を起こしてくれたのはキャスターだろう……)
集団昏睡などキャスタークラスでなければやらないはずだ、とアーチャーは感謝するわけではないが、士郎を鍛える時間が少しでも確保できることを良かったと思っている。
そうして、突然現れ、師となったアーチャーの鍛え方は容赦がなく、三日目ともなると、士郎は疲労困憊の状態で家事をすることになった。
「このくらいで音を上げるのか、未熟者」
朝食後に洗い物をしているアーチャーを士郎は睨めつけ、身体はくたくたなようだが、その気概はいまだ衰えてはいない。
「音を上げてなんかない。た、ただ、慣れないことだから……、まだ身体がついていかないし、魔術も、」
「言い訳はいい。どうすればいいのかを常に頭の中で考えろ。あらゆるシミュレーションとイメージを忘れるな」
「う……、わ、わかってるよ!」
「ならばいい。今日は魔術回路を診るぞ」
「へ?」
アーチャーが淡々と吐いた言葉に、士郎は、ぽかん、としている。
「先に道場に行っていろ」
「え? あ、う、うん」
皿を布巾で拭こうとしていた士郎を台所から追い出し、道場へ向かう士郎をちらりと見遣る。首をしきりに捻っているところを見ると、魔術回路を診るということが、士郎にはなんのことだかわからない様子だ。
(本っ当に、ズブの素人だな……)
アーチャー自身も生前はそうであったのだが、それを改めて目の当たりにすると落ち込みそうになってしまう。
士郎と契約してからというもの、アーチャーは日々、ため息をつき通しで過ごしていた。やはり、過去となる己というのは、こんなふうに見るものではないし、直視に耐えない。なんの知識も能力もないクセに、自ら戦うと言い張ってセイバーを困らせていた己を急激に思い出してしまい、さらにアーチャーのため息は深くなっていくのだった。
「魔術回路を診るってさぁ、アンタ、そんなことできるのか?」
道場で準備運動をし、適度に身体を温め終わった士郎が、歩み寄ってきたアーチャーに訊いてくる。
「お前のものだからな」
「え……?」
「座れ」
板間を指さしたアーチャーの言うがままに正座をした士郎は、背後に回り込んだアーチャーを目で追うように振り仰いだ。
「あの、」
「黙って前を向いていろ。それから、シャツだけでいい、脱げ」
何も説明をしないからか、士郎はムッとしているが、言われた通りにラグランシャツを脱ぎ、ざっとたたんで脇に置いている。
完全に背後に回ったアーチャーには正面を向いた士郎の顔は見えないし、逆もまた然りだ。
「なあ、俺のものだからっていうのは、」
「私と同じものだと、はじめに言っただろう」
「あ……。ああ、そっか、うん、そうだったな」
ようやく納得したのか、士郎はそれから一言も口を開かなくなった。
(なんだ?)
元々口数が多い方ではないが、何か引っかかるような気がしている。が、アーチャーは、どうでもいいことだ、と気に留めることをやめた。
「そろそろ二時間か……」
時計を見遣り、アーチャーは片づけを終えた台所の電気を消す。翌朝の食事の下拵えも終え、あとはアーチャーも休むだけとなっている。
通常、サーヴァントは眠る必要などない。食事も然り。だが、アーチャーにはそのどちらも必要で不可欠だった。
士郎との契約は、どうにか成っている。が、その魔力ときたら本当に微量で、それも時々目詰まりを起こしたように滞ることがある。そんな状態であるために、食事と睡眠という微々たる魔力の補給と温存が必要となるのだ。
このような状況では戦えない。