BUDDY 2
「エミヤシロウという人間が、こうなる可能性を秘めている、というだけの話だ」
どこか投げやりに、そして、どことなく寂しげに話したアーチャーには、こんな数分の話では済まない、いろいろな事情や想いがあるのだということが士郎には感じられた。
アーチャーは士郎を鍛えると言った。この聖杯戦争を生き残るためと、士郎がアーチャーに――――守護者などというものにならないためにと。
(そんなことのために……? 確かに聖杯戦争を生き残るには、俺が強くならないといけないけど……)
腰を上げたアーチャーを見上げ、いったいどういう気持ちが過去の(厳密に言えば過去とは違うが)同一の存在を強く鍛えよう、などという結論に至るのか、士郎には不思議でならない。
昨夜から感じていたのは、アーチャーの士郎に対する態度は冷たいものだということだ。何か悪いことしましたか? と訊きたくなるくらいには、扱いが酷いと思えた。
(俺のこと、嫌いだよなぁ、絶対…………)
士郎自身もアーチャーが好きではない。たった一夜で何を、と他人に咎められそうだが、彼はやたらと士郎の嫌悪感を増長させるのだ。現段階では嫌いという感情までは芽生えていないが、苦手だという意識はある。そしてアーチャーの方もそれを感じ取っている様子だ。
(なのに鍛えるんだ、俺のこと……)
嫌い嫌われる者同士なら、放っておけばいいと思う。そんな奴がどこで死のうが生きようが気にしなければいい話だ。だというのにアーチャーは、士郎にこの聖杯戦争を生き残らせるために努力するというのだ。
鍛錬の準備をしろ、と言われたが、士郎はかまわず疑問をぶつけた。
「俺を鍛えて、聖杯戦争を生き残ることができたら、アンタは、どうするんだ?」
「座に還る」
即答だった。ためらいもなく、聖杯戦争が終わると同時にお役御免だ、とばかりに還るらしい。
(なんか、腹立つ……)
訳もわからず腹立たしい。アーチャーの目的は聖杯戦争を乗り切ることであって、士郎を鍛えるというのとは違うのではないかと思えてしまう。
「もっと鍛えろよ!」
思わず声を荒げる。だが、アーチャーは聖杯戦争が終われば現界する意味がない、と言い切る。
だから、意味はあるのだと言い募った。
「俺を鍛えるっていう理由がまだあるだろ!」
目を瞠ったアーチャーは沈黙している。
「たった二週間で俺の何を鍛えるって言うんだ? 俺がアンタみたいな守護者にならないって、どうして確信が持てるんだよ?」
士郎を映す鈍色の瞳が揺れている。迷いがあるのか、昨夜から知るこの鉄面皮に初めて表情というようなものが窺えた気がした。
「俺がいいって言うまで、アンタは俺を鍛える。それで、どうだ?」
士郎はたたみかけるつもりで提案をした。やがて迷っている様子のアーチャーに決意の色が見て取れ、はっきりと、了解した、という答えが返ってきた。
ただし、士郎が学校へ行かずにこの屋敷内で自身を鍛えることを条件に、だったが……。
***
アーチャーを師に、身体的な技術と魔術の鍛錬がはじまった。
士郎にとっては、なかなかハードな日々になっている。
三日ほど基礎的な鍛錬を繰り返し指導していたアーチャーは、魔術回路を診る、と言い出した。
医者でもなさそうなのに、そんなことができるのか、と士郎が訊けば、アーチャーはこともなげに、“お前のものだから”と言ってのけた。
耳を疑ってしまう。士郎のものだから診ることができる、というのだ。何やら特別な何かを感じて浮かれてしまった士郎は、アーチャーに言われるままにシャツを脱ぐ。
「なあ、俺のものだからっていうのは、」
「私と同じものだと、はじめに言っただろう」
「あ…………、そっか、うん、そうだったな……」
アーチャーの呆れた物言いを聞き、なぜか気落ちしている自分に士郎は不可解さを覚える。
べつに選ばれた人間だと言われたいわけではなかった。今までの十七年の人生の中で、誰にどう選ばれようと、それはどこか遠い次元の話であるような疎外感をいつも感じていた。
士郎は確かに生きているというのに、時々、自分が何かを介して、人間の生き方を模倣することに必死なモノであるような気がしたりする。
年を重ねるごとに、そんな気持ちを抱いていることに気づきはじめていた士郎は、“お前のものだから”という言葉に反応してしまった。
いつも輪の中から弾かれていた自分を認めてもらえたという気がして、ついつい浮かれていた。その勘違いを指摘するようにきっぱり否定され、気落ちして、どうにも落ち着かなくて居心地が悪い。
(また、モヤモヤする……)
腑に落ちないと思うことがこのところ――――アーチャーと出会ってから頻繁に起こっている。
毎日の鍛錬と魔術の指導。
それについて文句はない。アーチャーの説明はわかりやすく、士郎には理解しやすい言葉や言い回しを使ってくれていることがわかった。
だが、士郎の質問や疑問に対するアーチャーからの返答は、毎度毎度、はぐらかされている気がするのだ。
鍛錬と魔術に関してのことであればきっちりと返してくれるのだが、アーチャーの経験や以前の聖杯戦争のことになると極端に寡黙になる。もちろん聖杯戦争に関しては余計な知識を入れない方がいいという考えで極力話さないようにしているということはわかる。だが、アーチャー自身のことであれば、もっと話してくれてもいいのではないかと思ってしまうのだ。
今、外に出ることを禁じられ、アーチャーと四六時中面付き合わせている士郎には、話相手といえばアーチャーしかいない。身体的なことや魔術のこと以外にも、アーチャーの考えることや思うことを知り、もう少しお互いに理解し合ってもいいのではないかという気にもなる。
はじめこそ苦手意識があったものの、日々をともに過ごすうち、アーチャーが真剣に士郎を鍛えようとしていることは感じられているし、士郎に対してあまりいい感情を持っていない上でも、敢えて接してくれているということもわかる。
(だから、もっと…………、もっとさ……)
話をして理解をし合って、と士郎にとって相手を理解するということは、そういうことからはじめるものだと思っている。
だというのに、アーチャーは自身のことを話してはくれない。
それがこの、モヤつく感覚の原因であるとは気づいているものの、士郎にそれをどうこうできるはずもなく、日々をアーチャーと過ごす中で、小さなストレスとなっている。
だが、屋敷から外に出られないような状態でも、そういうモヤモヤを感じていても、楽しくないわけではない。肉体的にも魔術使いとしても、誰かに鍛えられるというのは、士郎にとって久しぶりのことだった。
養子として引き取ってくれた養父・切嗣は魔術師になれとは言わなかったし、強化の魔術しか教えてはくれなかったが、幼い士郎にとって何かを学ばせてもらうことは、とても楽しいことだった。
さらに身体の方は、“冬木の虎”と謳われる藤村大河に指南してもらっていたので、毎日は忙しいが楽しく、充実していたのを覚えている。