BUDDY 2
(やっぱり、なんか、困る…………)
そんなことを思っていた。
***
これが夢だと気づくのに、そう多くの時間も情報もいらない。
それから、この夢が、ただの夢ではないことも、すぐに理解できた。
荒野に突き立つ無数の剣は、エミヤシロウの心象風景。
そこは、守護者というものになってしまった男の寂しい理想の果て。
辿り着いたその果てに理想はなく、延々と続く道のりは終わりの見えない闇に続いている。
そんな気がして、士郎は胸が痛くなった――――。
重い瞼を上げ、ここが自室であることに、どこかほっとしている。
夢見の悪さからか、身体が重く感じて起きる気力が湧かない。
「はぁ…………」
知らず、ため息がこぼれる。
アーチャーと契約をした当初から頻繁に見ていた夢が、今はずいぶんとはっきりしてきている。時系列でもなく、ストーリー性もないものではあるが、それがただの夢ではなく経験譚だということはすんなりと理解できた。
最初は靄にかかったように判然としなかった光景が、今では現実かと見紛うほどに、しっかりと、リアルに感じられるまでになっている。
(身につまされる……って言えばいいのか、身に沁みるって言えばいいのか……)
これがすぐにでも現実になるのではないか、という強迫観念のようなものを感じた。
「でも……」
迫りくる夢が胸糞悪くはあるが、その果てに至った光景が嫌というわけではない。むしろ、士郎にとっては、理想の只中であるように思えた。ただ、そこに救いがないために、アーチャーの気持ちを思うとやるせなくなるのではあるが……。
同じ理想を抱えている者として、そこがお前の行き着いた先なのか、と残念でならない。
(俺を、あそこに行かせないためにアーチャーは……)
今、己を鍛えるアーチャーの切望を感じて、ますますやらなければ、と気合が入る。
「だけど……」
思うように魔力量が増えないことが、今現在の切実な悩みだ。技術的なことや身体的なところはどうにかなりつつある。アーチャーに言わせれば、まだまだだ、と肩を落とされはするが、魔術も身体の動かし方も、どうにかサマにはなりはじめてきていると、鍛錬の後には言ってくれた。
唯一心配なのは、魔力の量が足りないこと。
こればかりは、すぐに増量などということができないために、日夜努力するのみである。そして、その努力の効果が数日のうちに現れるかといえば、そうではない。アーチャーとて、数年かけていっぱしの魔術師並みと認められる程度の魔力を培えるようになったという。それが、指導を受けたからといって、一週間やそこらで果たせるようになるはずもない。
(アーチャーをがっかりさせたくない……)
導いてやる、と恩着せがましく言われた当初は反発しかなかったが、日々の鍛錬や教示に際し、アーチャーが本気で己を鍛え上げようとしていることがわかった。
その真摯さに応えようと、士郎もすぐに気持ちを改め、アーチャーの教えをすべて吸収してやろうという心づもりで努力をしている。
厭味はもちろん、何かと一言多い男であるが、アーチャーは良い教師だと士郎は思う。同じ経験をしているからかもしれないが、士郎がどうしてもできないところを懇切丁寧に解説してくれる。アーチャーの知識も技術も士郎だけに特化しているようなものなので他者には使えないだろうが、アーチャーは士郎を鍛えるにはもってこいの人材だった。
そこまで手をかけられて、がっかりさせるわけにはいかない。違う理想の果てに行き着く姿を見せなければならない。
士郎がそう気負ってしまうのは、どうしようもないことだった。
そういうわけで、このところ、無謀なほどに士郎がやる気を出していることに気づいたアーチャーが無茶をさせないようにと、士郎に休憩を取らせた昼下がり、来訪者が急を告げる。
「へ、変なのが、出てきたのよーっ!」
玄関から訪ねてきたのではなく、唐突に庭へと降り立った少女主従を、縁側から顔を出した士郎とアーチャーは、唖然としたまま出迎えることになった。
「え、えっと……?」
己を庇うようにして前に立ったアーチャーを見上げ、士郎は困惑顔で意見を求める。
「…………まあ、入ってもらおう」
彼女たちに攻撃をしかけてくる気配がないと確証を持った様子のアーチャーは、少女たちを居間へ招き入れていいという許可を出した。
居間に入り、座布団の上に疲れきった様子で座った凛は擦り傷だらけで、衣服もところどころ汚れや破れがある。隣に座るセイバーも消耗していて、数日前のような覇気がない。
聖杯戦争は夜に戦うものじゃないのか? と疑問を浮かべながら、士郎は彼女たちに温かい茶を出した。
「何があったんだ?」
当然、士郎はそう訊く。昼日中に不参加宣言をした士郎たちの許へ転がり込んできたのだ、何か事情があるに違いない。
だが、何か事情があるとしても、ここに逃げ込んで来られては困る。参加しないと言い、さらには外に出ることも極力控えていた士郎たちが、聖杯戦争に巻き込まれてしまう可能性が出てくるのだ。追い返したとしても、誰も責めはしないだろう。が、それはさすがにできない。同級生だとかそういうことではなく、彼女たちを無下にはできない明確な理由がある。
凛たちは、あの夜にさっさとアーチャーを消し、士郎から令呪を奪うこともできたはずだ。だが、聖杯戦争に参加しないと言い切ったアーチャーの言を信じ、見逃してくれたと言っても過言ではない。
したがって、士郎には彼女たちが困っているのなら手助けをするべきだという考えしか浮かばないのだ。
「ご……、ごめん、なんでもないわ」
お茶を飲んで落ち着いたのか、凛は我に返ったように口を閉ざす。
どうすべきか、と台所にいるアーチャーに意見を求めようと振り向けば、茶菓子を手にして居間に入ってきたアーチャーが頷いている。
(よかった。話、訊いてもいいんだな)
ほっとして、士郎は凛に向き直る。
「遠坂、よかったら、話してみてくれないかな……、えっと、助けになれるかどうかは、わかんないけど……」
「あんたたちは、聖杯戦争には不参加なんでしょ? だったら、巻き込むわけにはいかないもの」
ぷく、と頬を膨らませている凛は、お茶を飲んだら帰ると言い出した。
(えっと…………、どうしようか……)
このままではその言葉通り帰ってしまいかねない。
「あ……っと、も、もう少し、ゆっくりしていけばいいじゃないか、」
せっかく来たのだから、晩ご飯を食べていけばいいと士郎は誘ってみた。
「…………お昼も、食べてない」
ぼそり、と呟かれ、ならば、何か作ろうと腰を浮かせれば、アーチャーが彼女たちに昼食を作ってくれるという。
「不測の事態が起きた、そういうことなのだろう?」
改めて凛とセイバーに訊いたアーチャーに、二人は頷く。
どうにか引き止めることができて、ほっとした士郎は、空になった凛とセイバーの湯呑にお茶を注いだ。
不測の事態というのは、八騎目のサーヴァントが現れたことだった。アーチャーはさほど驚きを見せず、それが、ギルガメッシュという英霊だということも知っているふうだった。