BUDDY 2
それに気づき、さらに士郎の失言で確信を持った凛は、なぜしたり顔なのかと士郎を問い詰め、反論できない士郎にため息を吐き通しのアーチャーが、結局、何度も聖杯戦争に召喚されていたことを白状した。
(前の時にもあったのか、そんなイレギュラーが)
凛とセイバーに、聖杯戦争に召喚されるのが四度目だということを説明し、何かと文句を言われたり助言を求められているアーチャーを眺める。
(なんか……、楽しそう……)
凛とセイバーを時々揶揄したり、噛みつく凛を軽くあしらったりと、アーチャーは少女たちと話している時が一番自然な様子で、ずいぶんと人臭いことに気づく。
普段はサーヴァント然としていて、士郎とは馴れ合うことなどなかった。
(そりゃ、俺といたってなぁ……)
男同士で一日中面突き合わせていたって話が弾むわけではない。無駄話や世間話など皆無で、話すことといえば身体の鍛え方や魔術の使い方のことだけになる。
(花がないというか、なんというか……)
べつに恋人や好きな人、というわけでもないのに女性がこの邸にいると、なんとなく空気感が和やかになる気がしている。隣家の藤村大河も頻繁に衛宮邸に来る女性だったが、ちょうどアーチャーが来た頃からは教師の仕事の方が忙しく、このところ顔も見ていない。
そんな衛宮邸で、久しぶりに女性の声が居間に満ち、少しいつもと違う空気感が漂っていて落ち着かないが、悪くはないと思える。
(べつに、悪いことじゃない……、悪いなんて、そういうことじゃ……)
すっかり忘れていて、久しぶりに感じることになった疎外感に、士郎はざわざわとさざ波が胸の内に起こっているように思えた。
どこか別の場所にいるような感覚。
現実をフィルターを通して見ている感覚。
目の前に見えない壁のようなものがある感覚。
いつも士郎が感じていた疎外感は、このところナリを潜めていたというのに、急に湧き上がってきてしまって、戸惑いを押し殺すことに苦労する。
ふと、士郎は話に没頭している三名を眺め、じっとセイバーを見つめているアーチャーが目に留まった。
(あれ? アーチャーって……?)
もしかして、と、ある疑問が浮かぶ。
「なんだ?」
「いや、なんでも」
アーチャーを見ていたことに気づかれた士郎は、思わず視線を逸らす。おかしな態度を取ってしまったと自分でもわかっていたので、何か訊かれる前に急須を手に取った。
「マスター?」
その呼びかけには聞こえないフリで答えなかった。台所に入って急須の茶葉を入れ替える。
(なんで俺、無視なんてしてるんだ……?)
アーチャーに答えなかったことがずっしりと重く胸に引っかかっている。今さら返事もできないので、お茶を淹れることを理由にして、居間へは戻らなかった。
◇◇◇
また夢だ。
そう気づくと、今度はどんなのだ? と腰を据えて眺める気になっている。
慣れとはこわいものだ。
アーチャーが俺に語らない自身のことをこうやって夢で見ている。なんだか、他人の秘密を暴いている気がして、いい気分ではないけれど……。
今度の夢は、聖杯戦争だ。
散々夢で見た、アーチャーが追い続ける理想の具現じゃなく、アーチャーが経験した三度の聖杯戦争。
いろんな想いをアーチャーは言葉にせずに、皮肉な笑みで覆って闘っている。
そんな印象を受けた。
遠坂との絆、セイバーへの気遣い、それから、俺への憎しみ。
消し去りたいと思って、実際、殺そうとしたんだと知った。その聖杯戦争で出会った衛宮士郎は、アーチャーに気づかせている。その道が間違いじゃなかったってことを。
俺にはできないことを、三度の聖杯戦争で出会う衛宮士郎はやってのけている。
アーチャーに、理想を追った純粋な気持ちを思い出させ、自分の意志を貫く姿を見せつけて、アーチャーに己を認めさせている。
俺にはできないことを、他の衛宮士郎は…………。
俺では、戦うことすらできない。
いまだにアーチャーに師事しているだけで、サーヴァントを相手に戦える力なんかありはしない。
やっと魔術回路が使えるようになっただけの俺に、何ができるっていうんだろう……。
いつの間にか、また違う聖杯戦争の夢がはじまっていた。
月光の中に現れたのは、セイバーだ。
青い光の中、金糸を揺らして、私のマスターか、と問う彼女は、何よりも崇高で美しく、たぶん、アーチャーの胸に深く深く刻まれている。
生前の記憶なんかほとんどないと言っていたアーチャーにも、忘れ得ないものが残っているんだ。
俺があの夜、出会った感情と同じに…………。
***
モヤモヤしている。
昨日から士郎はどうにも落ち着かない胸の内に苛まれている。そうしてまた、アーチャーの夢を見たせいで、鍛錬のために道場で面と向かおうとしているアーチャーを見ることができない。
(こんなんじゃ、集中できない……!)
士郎が先に道場に来ており、アーチャーはつい先ほど入り口を入ってきたところだ。スタスタと静かに歩いてきて、もうすぐ士郎の正面に立つ。
向き合う前にシャツの袖をまくり、アーチャーがこちらを向くと同時に士郎は顔を上げて口を開いた。
「アーチャーはさ、セイバーのことが好きなのか?」
「…………」
返答はない。が、明らかにアーチャーの視線が、顔つきが、“こいつ、頭、大丈夫か?”と言っている。
「あ、あのぅ……、変なこと言って、悪い……」
アーチャーの気持ちなど不明だが、己が場違いな質問をしたことだけはわかった。
モヤモヤをすっきりさせるために吐き出した疑問だったのだが、ものすごくこの場に不釣り合いなことを口にしてしまったと反省する。
「わかればいい」
アーチャーは、士郎の質問を聞かなかったことにしたのか全く動じず、小さな声で詠唱し、その両手に剣を投影した。
(わぁ……、すごい……)
先ほどのモヤモヤなど忘れて見惚れていれば、
「お前も出せ」
アーチャーは剣を持ち、やったことがないから、という士郎の言い分を無視して床板を蹴り、右手に持つ剣を振りかざしている。
「イメージしろ!」
「は、はい!」
思わず返事をすれば、ぴたり、とアーチャーの動きが止まった。
「え? も、もしかして、ドッキリとか、か?」
「……なわけがない」
いったん止まったところから振り下ろされた剣は、どうにか士郎が投影した剣で受け止めることができた。
「わ、できた」
自分自身、驚きを隠せず、子供のようにアーチャーにできたことを報告しようとしたところで、脇腹に衝撃が走る。
真横に吹っ飛ばされて何が起きたかわからないが、息が詰まって苦しく、蹲って空気を取り込もうと必死になる。
身体を起こしたものの、睨みつけたアーチャーは涙のせいか滲んで見えた。
未熟者と罵られれば、性悪と言い返す。その夜は、まるで喧嘩のような鍛錬となった。
士郎がこのところ見る夢は、いつもアーチャーの夢だった。
アーチャーの見ている夢ではなく、アーチャーが経験したことを辿るような夢だ。生前のことは、聖杯戦争と最期を迎える直前のことしかわからない。処刑されるのを心待ちにしているようなアーチャーに胸が痛んだ。