BUDDY 2
同情などいらない、とアーチャーがつっぱねることはわかっていたし、他人の秘密を暴いている気もするので、士郎は夢のことを口にはしない。
夢見が悪くてあまり眠れなかった時も、身体が疲れすぎて眠れなかったと誤魔化している。
凛とセイバーが衛宮邸に転がり込んでから、鍛錬はより苛烈になった。士郎の投影魔術は回数をこなす毎に精細になり、アーチャーの持つ夫婦剣と大差はなくなりつつある。
確実に士郎は力をつけてきていた。アーチャーとの鍛錬が功を奏しているのと同時に、夢で見るアーチャーの投影が士郎にたくさんの知識を与えている。
夢見の悪い、正直、悪夢のようなものではあるが、そこには確実に士郎の能力にとって糧となるものが一つ二つ存在している。
数多の剣もそうであるが、士郎が今習得したいのは盾の方だ。
「熾天覆う七つの円環《ロー・アイアス》だったっけ……」
夢で見た、アーチャーが防御に対しては最強だと自負している盾。七枚の花弁のように広がり、七重の強固な盾が現れる。初めて夢で見た時から、こっそり試しているが、うまくいった試しがない。
「俺には、まだ早いってことか……」
一度起きて座ったというのに、再び布団に寝転んで、右腕を突き出してみる。
「こうやって……、それから……」
魔力の流れを魔術回路に乗せ、掌から放出するように……、ぽ、と掌が熱くなっただけで、それきり何も起こらない。
「やっぱ、無理だー……」
ぱたりと手を下ろし、今度は起き上がる。
「そろそろ起きないとな」
午前八時を回った時計を見て、士郎は布団をたたみはじめる。このところハードな鍛錬が続いているため、アーチャーが家事のほとんどを担ってくれているのだ。衛宮士郎にあるまじき寝坊具合だが、身体が動かないものはどうしようもないので、お言葉に甘えさせてもらっている。
「魔力の量って、急に増えたりしないかな……」
言葉にするのもバカバカしいことではあるが、士郎にとって、それは切実な願いだった。
聖杯戦争の最終戦が今夜だと決まり、作戦会議を終え、早めの夕食を済ませて、それぞれに戦いの準備に取りかかる。
士郎は今さら何をしたって同じだという気もあるが、それなりにこれまでやってきたという自負もあって、特に何をするわけでもなく、いつも通り食後の片づけをしている。
おそらくアーチャーも同じような考えなのだろう、士郎と並んで食器を洗ってくれている。
「昨日の朝、言ってたこと……、そっくりアンタに返す」
昨日、洗濯物を干していたときにしていたのは、士郎が自分の命を勘定に入れていない、という話だ。
そのときは士郎がアーチャーに指摘されたのだが、あと数時間で決戦となるに至り、士郎は同じ言葉をアーチャーに言いたい。
「……ギルガメッシュを倒すにはそれしかないって、思い込んでる」
アーチャーは否定せず、士郎に妙案があるかと訊いてきた。士郎に何か一発逆転の策があるならば披露しているが、あいにくそんなものはない。答えることのできない士郎をアーチャーは、サーヴァントに命などないと諭す。ギルガメッシュに敗れ、座に還ったとしても聖杯戦争を終結に導けるのならばそれでいいとアーチャーは言う。
(そうじゃなくて……っ……)
うまく言葉にできない士郎を残し、アーチャーは台所を出ていく。話すことなどないと、体力を温存しておけと言って、居間の障子を閉めてしまった。
去っていく足音を追えず、士郎は憤る。
「アンタは見せろって言ったじゃないか……っ!」
幸福を噛みしめ、終の住処で能天気に笑っていられるような人生を見せろと、アーチャーは昨日、士郎に望んだ。
「それを見届けるアンタがいないのに、どうやって見せるっていうんだ……」
この聖杯戦争を生き残り、そんな未来がやってきたとして、そこにアーチャーがいなければなんの意味もない。
「アンタが導いたんだって胸張っていられるような生き方を、いくら俺がやったとしても……」
座に還ってしまったアーチャーにどうやって伝えればいいのか、士郎にはわからない。
「だから…………、諦めないでほしいんだ……」
アーチャーにも自分の身を案じてほしい。サーヴァントの命はとっくにないものだと言うが、士郎にとって現界するアーチャーは、そこに生きているのと変わらない。
「俺に命を懸けるなって言ったように、俺もアンタには、命を懸けてほしくない……」
だから、と士郎は顔を上げる。
「アンタと一緒に、この家に帰ってくる。絶対に!」
拳を握りしめ、今夜の決戦に向けて、士郎は決意を固めた。
***
柳洞寺の境内では、なぜか戦闘がはじまっていた。
本堂の屋根で金髪の男・ギルガメッシュが得体の知れない手のようなものと戦っている。その得体の知れない手が、アーチャーによると聖杯なのだという。
実体化した聖杯は言峰教会というところの神父を媒介にして肥大した人型を取り、いまだ足りないサーヴァントの力を得ようと、手近なギルガメッシュを襲っている、というのが現状らしい。
予定通り凛とセイバーが聖杯を、士郎とアーチャーがギルガメッシュに対峙すべく、それぞれに動き出す。
ようやくこちらに気づいたギルガメッシュは、士郎とアーチャーを散々こき下ろして嗤った。
「アーチャー、あいつ、すげぇムカつく」
思わず士郎が口に出した言葉に、アーチャーはすぐに頷き同意した。呆気に取られた士郎はアーチャーを振り仰ぐ。面倒そうにこちらに目を向けたアーチャーに、
「初めて、意見が一致したなぁって」
そう言って、知らず、笑みが漏れた。
目が合ったアーチャーは呆気に取られている。開いた口が塞がらないと、また厭味でも言われるなと顔を逸らせば、いきなりタックルを喰らう。
そんなに機嫌を損ねることを言ったのだろうかと心配になるが、
「マスター、もう少し緊迫感というものをだな、」
予想に反して苦言を呈されただけだった。
確かに、今は生死の境の最終局面と言ってもいい。剣や槍、あらゆる武器が雨のように降ってきている。それも、自分たちを目掛けて。だというのに、呑気に笑い合うなど空気が読めないにも程がある。
「わ、悪い」
謝罪が素直にこぼれ出た。場を弁えていなかったことは間違いないとわかっている。いつも何くれと反発する士郎でも、この場で反論などできるはずがなかった。
アーチャーの小脇に抱えられたまま本堂の軒下に退避して、ようやく士郎は止め処ない攻撃から逃れたことを知る。
ほっとしたのも束の間、軒下に入ったことでギルガメッシュからは目視されないのだが、本堂の屋根ごと穴を開けて攻撃されはじめたので、あの赤い瞳に捉えられるのも時間の問題だ。
(国宝ではないにしても、寺の建物に穴開けやがって……)
身の危険が迫っていても、士郎は同級生の家でもある柳洞寺を破壊していくギルガメッシュに、やたらと腹が立った。
「逃げてばっかじゃ、倒せないけど」
だからだろうか、アーチャーにそんなことを言ったのは。
士郎を小脇に抱えたまま退避していたアーチャーは、ぴたり、と足を止めた。
「士郎、準備は万端だな?」