BUDDY 2
どうにか呼んだものの、アーチャーの耳には届かなかったようだ。ギルガメッシュの持つ剣が膨大な魔力を巻き上げながら、こちらへ向けられたのがわかった。
(あれは……、ダメなやつだ…………)
士郎にもわかる。ギルガメッシュがその手に持っている変わった形の剣は、士郎には全く解析することができない。アーチャーとの鍛錬で、剣を投影する能力が加わり、解析する能力のレベルも格段に上がっている。だが、それでも士郎には、今ギルガメッシュが手に持つ剣を解析できない。
目の前に立つアーチャーを見上げる。アーチャーにも解析できないのか、あの剣を投影する素振りがない。このままではアーチャーが直撃を受けてしまう。
(もう一度だ! もう一度だけ、あの盾を!)
腰を上げようとしても上がらず、腕を上げようとしても、ピクリと痙攣するだけで何もできない。
「ぅう、っ、」
悔し涙が土の上に落ちる。
(こんなのは、嫌だ!)
渾身の力を込めて、右手をアーチャーに伸ばした瞬間、眩い光がすべてを覆い尽くす。
伸ばした手を取られ、そのまま抱えられ、抗えない力に吹き飛ばされる。何が起こったのかもわからないままで、一瞬のうちに山門の脇にいた。
光と魔力の渦と爆風と様々なものが荒れ狂い、やがて静まりかえっていく柳洞寺の境内で士郎は頭を起こす。だが、視界は真っ赤で何も見えない。アーチャーがかけてきた布が原因だろうと思いつくのに時を要する。
「あ、アーチャー、大丈夫か?」
もがきながらも、まず最初に確認するのは、それだ。
「お……、お前は、問題、ない、か」
「あ、うん。おかげさまで」
ようやく赤い布から顔を出すことができた士郎は、アーチャーの上に乗り上がっていることに気づき、のそのそとその上から退く。
二、三言葉を交わせば、アーチャーに大ケガはなく、自身にも大きな傷がないとわかった。
「衛宮くーん、アーチャー、生きてるー?」
振り返れば、こちらへ駆けてくる凛が手を振っている。いろいろとボロボロになってはいるが元気そうだ。士郎とアーチャーは、立つこともままならないズタボロだというのに……。
魔術師の格の違いだ、というアーチャーにむっとすれば、ガキだとデコピンを喰らい、さらに不貞腐れれば、アーチャーの笑いを誘った。
「だが、まあ、よくやった」
むくれていた士郎の頭を手荒く撫でてくるアーチャーに悪い気は起きず、しばらくされるがままになってやる。
「あら、あんたたちって、よく見れば、兄弟みたいね」
凛の一言にアーチャーは肩を竦め、縁起でもないからやめてくれ、と言う。それに噛みつく士郎がアーチャーにあしらわれていれば、激しく撃ち合う剣の音が響いてくる。
先ほどまでの余裕っぷりが見る影もなくボロボロになっているギルガメッシュと剣を交えているセイバーの加勢に向かった凛を見送れば、アーチャーに手招きされた。何かと思って近づいた士郎は引き寄せられ、その胸に抱きこまれてしまう。
「あ、あわわわわっ!」
泡を食う士郎に、供給だ、とアーチャーは教えてくれた。
***
「衛宮、衛宮、」
肩を揺すられ、何度も声をかけられ、士郎はくっついてしまっているような上下の瞼をどうにか開けた。
「ぅ…………ん?」
「おお、良かった、衛宮! 目が覚めたか!」
「うー……、ん……? あれ……? いっ…………せぇ?」
「死んでいるのかと肝を冷やしたぞ、まったく……。何をしていたんだ、うちの寺で」
眉をひそめる見知った顔に、士郎はようやく覚醒した。
「えっ? あ、ああ、えっと……」
「いや、それよりも、あれに巻き込まれていなくて良かった。やはり日頃の行いを仏様は見ているのだな」
南無南無、と同級生の柳洞一成は士郎に向けて手を合わせている。縁起が悪いなと仏頂面で言いながら、一成が、あれ、と示した先へ目を向けた。
そこには、完全に倒壊した本堂がある。
士郎の記憶では、まだ、かろうじて建物としての形は残っていた。が、今は完全に柱という柱が倒れ、瓦屋根が地面を覆っている。
「えーっと……」
あれから意識を失ってしまったことに思い至り、では、本堂の倒壊はあの金髪のサーヴァントどもが争った結果ということとなり……、
(遠坂のやつ、逃げたな……)
士郎は一つの結論を導き出した。しかも、自分たちを放置して、だ。
(いや、遠坂たちもギリギリだったのかもしれない……)
彼女たちはいないが、どうやら聖杯戦争が終わった様子であることが士郎には感じられた。セイバーがギルガメッシュに倒されていたら、おそらく自分がここで目覚めることはなかっただろう。
「まさか、衛宮も何かしらのガスを吸ったのか? 寺の者が先日救急搬送されただろう。それと同じ、」
「い、いい、いや、そ、そうじゃない! いや、えっと、よ、よく、覚えてなくて、だな……、あの、お山の方が騒がしい気がして、ちょっと、見にきたんだ。それから、えっと、何があったのか……、よく、わからない……」
苦しい言い訳だが、他に説明のしようもない。聖杯戦争や魔術師とサーヴァントが、と言ったところで意味がわからないだろう。
「そうか。まあ、とにかく、無事であれば良い。ところで衛宮、後ろの御仁は……」
「え? 後ろ?」
振り返って、士郎は思わず立ち上がろうとする。が、立ち上がれず、身動きすらできなかった。
「あ、ああ、こ、こいつ、あ、いや、えっと、お、親父の、古い知り合いで、その、」
「その人の方が重症なのか! すぐに車を手配しよう! 待っていろ衛宮、人を集めてくる!」
「え? あ、あー……、う、うん、頼むよ……」
士郎は言い訳すらさせてもらえなかった。言い澱むうちに、とっくに柳洞寺の二男坊は走り去ってしまい、何も聞こえていないだろう。
「はあ……、アーチャー、おーい」
ぎっちりと士郎の腹に回された逞しい腕を軽く叩くが、アーチャーは反応せず、すーすーと寝息を立てている。
「はは、熟睡……」
呆れつつ苦笑いをこぼしながら、士郎は柔らかな冬の日射しに目を細める。
「帰れるなぁ、家に……」
立ち上がることもできないために、微動だにしないアーチャーに再び身体を預け、一成が戻ってくるのをゆっくり待つことにした。
「ありがとな、一成」
「なに、礼には及ばん。寺の再建が成ったら、また掃除でもしに来てくれればいい。っと、いや、掃除ではなく、茶でも飲みに、だな」
「はは、了解」
士郎の体調を気遣ってか、寺の再建のために奔走しなければならないからか、一成は寺の者たちとともにすぐに帰っていった。
「さて、どうするか……」
玄関で横たわったまま、士郎は思案した。柳洞寺から自宅まで、結局アーチャーの腕をほどくことができなかったのだ。横たえられたアーチャーとともに、士郎は玄関で横になっている。
車に乗せられるまでは柳洞寺の力自慢たちにアーチャーごと運ばれ、車中でも後部座席のシートにそのまま横たえられ、家に着いたはいいが、やはりアーチャーの腕がほどけることはなく……、今に至る。
さすがに部屋まで運んでくれとは言えず、あとはどうにかするから、と一成たちには帰ってもらたが、状況は何も変わっていない。
「と、とにかく、この、腕をっ、」