ボクのポケットにあるから。
高山一実のセンター曲『泣いたっていいじゃないか?』が始まる。特に好きな楽曲だと、風秋夕は震える腕を掴んで、興奮を抑え込んだ。松村沙友理は、やはり泣いていた。
松村沙友理と秋元真夏のダブルセンター曲『ひと夏の長さより…』が始まると、風秋夕は耐え切れずに、息を整える。彼は、泣いていた。
姫野あたるは巨大なスクリーンに映し出された映像に、吸い込まれるような錯覚を起こしていた。
小生の初恋は、さゆりんごでござるよ。さゆりん、大好きでござる……。
小生は、小生は……。僕は、本当に、君をお嫁さんにしたかった。
今もその夢は大切に保存してあるんだよ。いつか君が誰かと一緒になったら、夢は消えてなくなってしまうと思うでしょう? でも、そうじゃないんだ。
僕はこれからも、心の中で、君の一番隣にいる。
消えない夢。それが……。
いつか描いた未来が、僕のポケットにあるから。
いつも温かい。
僕を薄暗い部屋から引っ張り出した、ハート形の笑顔。
一生忘れない。
忘れるもんか……。
さゆりん、大好きです。
「ざゆりーーーんっ! んっ……っく、ざゆりんざゆりんざゆりーーーーーんっ!」
姫野あたるは顔を腕で覆い隠しながら、大泣きした。両手ではとてもとても抱えきれないほどの、思い出に浸りながら。
松村沙友理が話し始める。次の曲が、最後だと。涙を堪えながら、本当に素敵なライブになったと。本当に、ありがとうございますと。
楽曲が始まる。『シンクロニシティ』であった。
楽曲の迫力に、五人の心臓の鼓動が高鳴り、興奮というシンクロニシティが人知れず起こされる。
「嫌だよーー、まっちゅーーん!」磯野は高鳴る鼓動をそのままに、叫んだ。
『会場の皆さん、配信の皆さん、ありがとうございましたー!』
秋元真夏はMCで語る。本当に本当に、楽しいライブであったと。
『ありがとうございましたー!』
手を振るメンバー達。
『ありがとうございまっちゅん! えへへ、ありがとん』
暗闇になる寸前に、松村沙友理の姿がステージ上から消えていった。
すぐに会場中に響き渡るスティック・バルーンのアンコール。
〈映写室〉の五人も会場同様にスティック・バルーンを叩いた。
会場にまた光が灯る。紫色の光だった。
宇宙と化した会場は、赤い星々で埋まっている。
段々と、スティック・バルーンのクラップが早くなっていく……。
ブイティアールが始まった――。松村沙友理が語っている。
ナレーションが入り、乃木坂46での十年の松村沙友理を探っていく。メンバーが映り、松村沙友理の人柄を語っていく。彼女が笑うと、どんなに過酷な現場でも、彼女につられて周りが笑顔になると。
煌めく大きなティアラとピンクのドレス姿で再度登場した松村沙友理は、例えようもないくらいに、とても美しかった。
『乃木坂46の松村沙友理として、こうやってお話しするのも、もう少しとなりました。乃木坂46としてライブに出られるのも、これが最後です』
『お父さんお母さん、そして、家族、私のお父さんとお母さんは、十年前に、急に娘が新聞に載って、アイドルになりますといって、驚いたと思います……』
『私が上京する時も、辛いことがあっても、ずっと、背中を押し続けてくれて……』
『私は、お父さんお母さんの、自慢の娘になれたでしょうか……』
『本当にいつも、感謝しています。そしてマネージャーの皆さん……』
『マネージャーさんには、本当に本当に、い~っぱい迷惑をかけたと思います』
『落ち込んじゃう事が多かったので、本当にマネージャーさんには、本当に迷惑を沢山かけちゃったなーと思います……沢山感謝しています。本当にありがとうございます』
『そしてメンバー』
スペシャルサンクス・乃木坂46合同会社
『これから先、嫌な事、辛い事、沢山あるかも知れないけど……、導いてくれる人がいるので、ちゃんと乃木坂46を楽しんでくれたらいいなと思います』
『そして、ファンの皆さん』
『私の十年は、どうでしたでしょうか……。乃木坂46として十年間生きてきて、辛い事もあったけど、頑張ってこれたのは、ファンの皆さんのおかげだと思います……』
『十年間、皆と会って、可愛かったよ、とか、頑張ったねと言ってもらえるのが凄い嬉しかったのに、これからはそれが無いと思うと……』
『私にとって、ファンの皆さんは、かけがえのない存在だったと思います……』
『本当に素敵な十年になりました。乃木坂46になって良かったと思います』
『本当に、ありがとうございました……』
スペシャルサンクス・秋元康先生
『あとは、曲に思いを乗せたいと思います。それでは、この曲を聴いて下さい』
会場中を涙で包むその楽曲は、『サヨナラの意味』であった。松村沙友理をセンターとして、次々にメンバーが別れの挨拶をしていく……。
松村沙友理は、笑顔でメンバー達に触れたり、泣いたり、語りかけたりする。
最後は、生田絵梨花だった。皆、泣いているが、最後まで笑顔だった。
続いて『悲しみの忘れ方』がかかる。松村沙友理のセンターで、全員が合唱する。
風秋夕も、稲見瓶も、磯野波平も、姫野あたるも、駅前木葉も、合唱に参加している。
涙に泣き濡れているメンバーや、笑っているメンバー。そのどの乃木坂46もが、計り知れぬほどに、とても美しい姿だった。
楽曲の終わりに、秋元真夏は泣き崩れた。次が最後の曲だと告げられる。
松村沙友理の最後のソロ曲『さ~ゆ~レディ?』が始まると……。
スペシャルサンクス・今野義雄氏
『さゆりん捕まえた~。確保だよ~』
『何々~?』
『サプライズだよ~』
松村沙友理は、会場の通路にて待つメンバー一人一人から、一本のバラの花束を貰い受けていく……。齋藤飛鳥と生田絵梨花が、長いピンクのドレスの裾を持って。
会場を見上げる松村沙友理は、笑顔で、やけにいつもよりも美しく見えた。
松村沙友理の後に続くのは、乃木坂46のメンバー達。やがて、ステージの中心に松村沙友理が立ち、周囲を乃木坂46が囲んだ。
キャプテンである秋元真夏が、ラストを纏(まと)めるMCを務める。
会場中がスティック・バルーンのクラップ音で埋め尽くされた……。
スペシャルサンクス・ショールーム
・四期生ライブアフター配信
・ニコニコ生放送『生のアイドルが好き』
・さ~ゆ~レディ?~さゆりんご軍団ライブ
・松村沙友理卒業コンサート~
・マイ・チャンネル
『本当に沢山応援してくれて、ありがとうございました』
『じゃあ私が言ったらあ、会場の皆さんは、バン、バン』
『配信の皆さんは、さ~ゆ~レディ?て言ってくれると嬉しいです……』
『さ~ゆ~レディ~!』
会場の皆が「ありがとう ござい まっちゅん」と書かれたビラを掲げている。
それらに感動を残し、ステージを後にする松村沙友理達……。
『乃木坂46の事も、皆さんの事も、大好きです!』
『さゆりんごでした~、ありがとう、ござい、まっちゅん!』
作品名:ボクのポケットにあるから。 作家名:タンポポ