ボクのポケットにあるから。
「うん、たまーに」紗耶も言った。
「のぎ動画入ってんのか、お前」磯野は稲見の方を覗き込んで言った。「あれ、登録すっときに確か、誰か推し一人設定しなきゃならねえだろ？」
「そうだっけ？」夕は思い出しながら言った。
「誰にしたんだよ」磯野は笑みを浮かべながら稲見と夕に言った。「箱推しさん達よお、一人だと誰選ぶんだよ」
「飛鳥ちゃんかな」夕は普通に言った。「俺たぶんそーだな」
「与田ちゃんだった気がする」稲見は赤面しながら言った。「ちょうど、与田ちゃんの生態にハマってた時期でね。あまり悩まなかった」
「お前こそ誰にしたんだよ」夕は磯野を一瞥して言った。「お前が一番謎だっつうの」
「俺か、俺はな」磯野は遥香を見つめて言う。「かっきーだ。俺ん事好きみたいだしな」
「好きじゃないってば」遥香は少しだけむきになって言った。「ねーそれ、ほんとに何なの？ 嫌いになっちゃうよ？」
「なっちゃえ」夕はけらっと笑う。
「なるなってばよ！」磯野は焦って言う。
「ナルトかてめえは」夕は呟いた。
「だってかっきーマジで一回言ったんだぜえ？ 波平君、好きかも、ってえ！」
「言ーうわけないでしょ！」遥香は磯野を強く睨みつけて言った。
各々が個々に分かれて多彩な話題を展開していた。
現在〈リリィ・アース〉地下二階メインフロアにかかっている楽曲は、乃木坂46の『三番目の風』であった。
「舞台の上だとみんな輝いてるよね」稲見はそう言った後で、煙草をすいたくなった気分を我慢した。「やっぱりステージって特別なものなのかな」
「えー、じゃあ普通の時の聖来達は、輝いてない、て事ぉ？」聖来は頬を膨らませた。
「い、いや、そういう意味じゃあないよね」稲見はたじたじとする。
「えー璃果から見た、私達の第一印象って、ききたい」沙耶香は微笑んで璃果に言った。
「えー、かけ、かけはぁ、おかけはぁ」璃果は思い出しながら語る。「えーもう、ザ、可愛い妹～って感じ」
「えー噓ぉ嬉しい」沙耶香は口元を手で隠して喜んだ。
「でー、まゆたんはぁ、こわぁ～い、て印象」璃果は笑った。
「ここの差が凄いな」沙耶香も笑う。
「違うの、都会のお姉さんだからぁ、美しい、美しくて」璃果は説明する。
「全然都会じゃないよ」真佑も笑った。
「私まゆたんの地元どこらへんか知ってるよ」沙耶香は微笑みながら真佑に言った。
「言わなくていいでしょ！」真佑はそれを制する。
「なんか凄い、お姉さん軍団で固まってたじゃん最初」璃果は話を続ける。「だから美しくってもう、前を通ると、通っただけであ、すいません通ります、すいません、て言いながら、言ってた」
「これほんとにい、他の四期生のみんなからも凄い言われるの」真佑は笑みも程ほどに言う。「なんか……喋ったら全然そんな事なかったけど、見た目だけみたら凄い最初怖かったってめっちゃ言われるから……。んーおかしいなーって」
「強い、強すぎて怖いって事じゃなくてぇ」璃果は笑顔で言う。「美しすぎて怖いって意味だから」
「そういう軍団にいたんだ？」夕は面白がって真佑に言った。
「そういう軍団にいた……」真佑は頷いた。
「ライブだと何の曲が好きですか？」沙耶香は笑みを浮かべて男子達に言った。
「ハウスとか、ガルルとか、盛り上がる系は絶対欲しいよね」夕は頷きながら言った。
「しっとり系もな、有りだな」磯野は納得しながら言う。「なぁちゃんのソロ曲とかを、誰かが歌うっつうのが俺的にはどストライクな」
「四期生の、羽の記憶を聴いた時は、涙を堪えられなかったよ」稲見は笑顔で答えた。「四期生の十年後を思い浮かべようとした、その瞬間にね、泣いていた」
「そうだな、後はやっぱり、四番目の光だなー、うん」夕はにこやかに答える。「光ーたーちよー。でしょ」
矢久保美緒は苦笑を浮かべた。
「アイシーだろぉ？」磯野は謎に勝利の笑みを浮かべていた。「それか、まっさかまっさかのきゅうてーんかーい、だろうな」
賀喜遥香と早川聖来は笑みを浮かべた。
「四期とか一期とかさ、境が無かったら、あれだよな。七十年代風の、ディスコ・サウンドの……何だっけ？ 今期のやつ」夕は顔をしかめて皆を見る。
「全部夢のまま？」遠藤さくらが言った。
「そうそれ！」夕は何だか嬉しくなった。「左から、みなみちゃん、与田ちゃん、あやめちゃん、だぜ？ んもう可愛いってーの！」
「フロント以外でも、あのダンスを全員でされると、つい体が動いちゃうよね」稲見はそう言ってから、付け足す。「踊れはしないけどね」
「七十年代ってったら、みんなで同じダンスをダンスフロアで踊んのが流行ったからな」磯野はなんとなく知っていた知識を言った。「アリー・マイラブって海外ドラマ知らね？ 俺それをちっちぇえ頃に観て育ったんだけどよ。踊ってたぜ、みんなで」
「海外ドラマ？」夕は反応する。「フレンズ、だな。同じく思い出の最初の頃にある。面白かったなー、フレンズ」
「フルハウス、だね」稲見は無表情で言った。「奇遇だね。俺も幼稚園の頃に観てた海外ドラマだよ。日本語の吹き替えでね、観てた」
「あれ！」夕は気が付いたかのように大きく言った。「あやめちゃんとレイちゃん、パジャマお揃いじゃねー？」
「あれれ」真佑はそう言ってから、表情を変える。「さっき言ったじゃーん」
「ごめん聞いてなかった」夕は苦笑する。「イナッチのドラえもんの話が気になっちゃって」
「一緒なの」レイははにかんで言った。
「ポイントは？」真佑が言った。
「ポイント？」あやめはきき返す。
「とくにないかな」レイははにかんだままで言った。「なんか最初は、私がピンクでー、あやめちゃんが水色だったんだけどー、やっぱりー、レイの方がお姉さんだからぁ、ちょっと、水色かな、って」
「見た感じあやちゃんの方が……」奈於が言った。「けっこう大人に見えちゃうけど」
「え、何歳ですか？」レイはあやめにきいた。
「十六歳です」あやめは笑みを浮かべて答える。
「十七でえーす！」レイは笑顔で言った。
「十六と、」夕は真顔で言う。
「十七……」磯野は顔をしかめて言った。
「若いって、偉大だね」稲見はそう言ってから、二人に言う。「未成年だよ。時間帯も考えないと犯罪になるかもしれない。気を付けよう」
「中身はね、あやめちゃんの方が」美緒が言った。
「いややややー」レイははにかみながら言う。「でも大人に、レイがあ、大人になる時もあるんですよ！ 知らないだけで！」
「可愛いー」
「可愛い～」
「何だお前は、それしか言えねえのか……」
「あんだってんだこら！ てめえこそおんなじ事言ったろ！」
「はいはい、やーめーて」遥香は溜息を吐く。
天使の様であったとてつもなく可愛い清宮レイに、「可愛い」と、そのままの声を上げた風秋夕と磯野波平が睨み合ったところで、深夜に差し掛かる前に解散しようという事になり、この日は何名かが帰路に着き、何名かが〈リリィ・アース〉に宿泊した。
３
二千二十一年五月十六日、乃木坂46二期生の伊藤純奈と渡辺みり愛は、乃木坂46の二十七枚目シングル『ごめんねファンガーズクロスト』の活動をもって、グループから卒業する事を発表した。
作品名：ボクのポケットにあるから。 作家名：タンポポ