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ボクのポケットにあるから。

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 別れ、かな――。そう言いかけて、稲見瓶は再び黙り込んだ。
 考え耽っているように見える稲見瓶をよそに、二人は明るい話題で談笑していた。
 思えば、いつでもこの二人はそうだった。
 明るく笑い合い、ふざけ合い、真剣にせめぎ合い、しのぎを削った仲である。
 乃木坂46の二期生として、まるで鏡の様な存在であった。
 フッサールの現象学なら、どのように自分はこの二人を捉えているのだろう、とふと思った。
 乃木坂46である。乃木坂46とは世界的なアイドルの事である。二人はその二期生である。よく笑う。ひょうきんだ。歌が非常に上手い。踊りが凄い。演技力の評価が高い。美しい。可愛らしい。努力家である。その他もろもろだ。
 伊藤純奈という固有名詞の中に、無限に等しい意味の結び付けが存在する。
 渡辺みり愛という固有名詞の中にも、無限に等しい意味の結び付けが存在するのだ。
 学問でいうならば、そんなものだろうか。だが、稲見瓶はしっくりとこない。
 この人達に救われた事がある。
 恩人である。
 理想の女性である。
 おそらく、好きという感情が働いている。
 それらの無数の意味の結び付けなんかよりも、言葉にすらできぬものがあった。
 それが、愛情だろう。好きに通ずるもの、無償(むしょう)の行為(こうい)。その形が、先程はモンブランの形をしていただけだろう。
 稲見瓶はふと、間も無く思考から解放された。
「ん?」稲見はきき返す。
「春といえば、何?」純奈は笑顔で言った。
 渡辺みり愛も稲見瓶を見つめている。
「出逢い、かな」
「お~、出会いね~」みり愛は笑みを浮かべて言った。「私もじゅんちゃんと出会えて、イナッチと出会えて、嬉しいよ」
「急に何」純奈は笑った。「あれ、夕君は? 今日は一緒じゃないの?」
「夕はたぶん、今頃泣いてるよ。いつかのアンダーライブを見返してね」
「波平ちんは?」みり愛は不思議そうに言った。
「波平は波平で、今何をしたいかを選択して行動してる。たぶん、ダーリンとカラオケじゃないかな。二人でアンダーライブをやってると思うよ」
「ふーん」純奈はアイス・ココアを飲み干した。「駅前木葉は?」
「自室で泣いてるね、たぶん」稲見はこくん、と頷いた。「俺も今何をするべきかを選択して、今二人の前にいる。呼びつけるなんて、少し俺はでしゃばりみたいだね。自分のそんなところも新しく発見できた」
 二人は黙って聞いていた。
「この感情、気持ち? はね、実に難解な数式よりも、更に難解だ」稲見は虚空を見つめて声を出す。「イーサン、アイス・ココアをおかわり、お願いします。愛じゃないとは言えないけど、愛の方程式だけじゃしっくりこない。恋。恋心だけじゃ感謝は生まれない。じゃあ何か……」
「イナッチいつもそんな事考えてるの?」純奈は呆れた表情で稲見に言った。「だから表情、無くなっちゃうんじゃないの?」
 渡辺みり愛は吹き出して笑った。
「表情は豊かな方だよ」稲見は無表情でピースサインをした。
 二人は爆笑する。
 どうしようもなく、楽しいんだ。
 君達を好きでいる時間そのものが、実に尊い。
 どうしてかが、わからない。
 自分の専門分野は、実に答えの出ていない難問ばかりだな、と稲見瓶は笑いそうになって、それをやめた。
 今笑ってしまったら、共に涙まで流れてしまいそうだったから。

       4

 時間を少しだけさかのぼる事、数週間前。二千二十一年六月七日。CDTVライブ!ライブ!90分SPにて生放送の収録を終えた乃木坂46のメンバー達は、何名かは明日のスケジュールなどを考慮して帰路に着き、また何名かは港区の巨大地下建造物〈リリィ・アース〉に立ち寄っていた。
 乃木坂46一期生の松村沙友理と生田絵梨花もそのうちの一人である。二人と共に会話しているのは乃木坂46ファン同盟の風秋夕と磯野波平であった。四人は地下二階メインフロアの東側のラウンジにあるソファ・スペースでくつろいでいる。
 時刻は深夜に差し掛かっていた。
「あー、なんて、人間のかーんじょーおは、みーがってなもーのだろお、愛が無くなあったらー生きてゆけない、誰も皆思い込んでるのにー、のとこがガチでいいんだよ」
 風秋夕は上機嫌で『ごめんねフィンガーズクロスト』のそれを歌ってみせると、今度は共感している松村沙友理の事を見つめた。
「まちゅ……」
「ん、はい」
「愛してるよ」夕はうん、と頷く。
「私みんなに優しい人やだ~」沙友理は顔をしかめて言った。
「てめ、愛してるとかっ、有りか!」磯野は息を荒くして言った。「告白禁止じゃねえのかよ! このキザったらし!」
「勢い」夕は澄ました顔で答えた。
「じゃー俺なんか勢いで生きてんぞっ! いいのかっ? 色々気持ち的に我慢してんだぞ!」
「だーめ」夕はそう言ってから、絵梨花に微笑む。「いくちゃんも愛してるからねー」
「ねー」と笑顔で言った後で、絵梨花は苦笑する。「ねーって言っちゃった……」
「あーあー、今のぜってえ忘れらんねえっ今後禁止な! いくちゃんも今のは罰ポイントだぜえ!」磯野は半泣きで大声を上げる。「すっげえすっげえすっげえなー、忘れねえかんなー!」
「うっせえうっせえうっせえわー」夕は座視で言った。
「今日の生放送、ちょっと緊張した~」沙友理は渋い笑みを浮かべて言った。「いつもよりサイズが長かったから、ちょっと緊張したわ~」
「あーね、そうだね」絵梨花は頷いた。メニュー表から顔を上げる。「ねえ、カニ鍋、食べない?」
「えー食べるー!」沙友理は驚愕に等しい笑みを浮かべた。「食べたい食べたい!」
「花より団子か」夕は納得の笑みで微笑んだ。
「どれよ?」磯野は絵梨花の持つメニュー表を覗き込んだ。「カニだらけじゃねえか……」
「タラバとズワイでいいんじゃない?」絵梨花はメニュー表を指差して言った。
「まちゅ」夕は沙友理を見つめる。
「んー?」沙友理は夕を見た。
「もしも俺が、まちゅの事単推しだったら、俺の告白はどうでしたか……」
「んー?」沙友理は眉を顰めて、小首を傾げた。「どうだろ……。想像ができない、だって夕君、めっちゃ、箱推しの人やん」
「そっか」夕はにこやかに言った。「想像できないミステリアスな男って事で、誉め言葉に受け取っておきますお姫様」
 四人は電脳執事のイーサンに、メイン料理としてカニ鍋を六人前と、サイド・メニューとしてセブンイレブンのシャキシャキレタスサンドを四つと、7プレミアムのカフェラテを三つと、同じく7プレミアムののむヨーグルトいちごを二つ、注文した。
 現在この巨大な地下二階のフロア全域に流れている音楽は、乃木坂46の『全部 夢のまま』であった。
「なあなあこれ、この前解禁になったこの曲の、全部夢のままの二番よぉ」磯野は自身特有の溢れんばかりのバイナリティで興奮して説明する。「俺の事じゃね? きつすぎーるーせーいかくぅがー、タイプだーあたしー」
「歌詞違うぞおい……」夕は流れている音楽と比較する。「メロディも怪しいな」
「初めてーの印象はー、むしろー、好みー、だあたーかーもー、でーもだからー惹かれーたんだあろー、猛獣つーかーいみたいにー、世話がやけーるってー言いながらー、きっと楽しかあたんだ」