ボクのポケットにあるから。
「あれさ、ハンターハンターとか、幽遊白書とかの作者の、冨樫義博さんなんかも影響を受けてるんだよ」夕は飛鳥に集中的に説明する。「富樫さんのレベルEって作品で、ドグラ星とマグラ星っていう星が出てくるんだ。主人公はドグラ星の王子。はちゃめちゃな思考を持つキャラが、ドグラ星の王子っていうのが、やっぱり影響を感じる。イナッチなんてすげえよ、ドグラ・マグラ読んで笑ってんだから」
齋藤飛鳥は不意に吹き出した。
「イナッチって漫画とかは見るの?」絵梨花は食べながら夕に言った。「ガンダム? が好きだって聞いた事あるけど」
「そりゃ俺だな」磯野が言った。
「そうだっけ?」絵梨花は眼をぱちくりとさせる。「あれ? イナッチも言ってたよ、たぶん……」
「イナッチの一番はワンピースだよ」夕は皆に言う。「確かにガンダム系も好きみたいだけど。あとダーリンな、ワンピース好きなの。あとイナッチ、ドラえもんもフェイバリット映画だって言ってたな……」
「駅前さんは何だろう」絵梨花は呟くように言った。その眼は鍋を見つめている。「お肉も頼めばよかったね……」
「駅前さんは、あの花、好きみたいだよ」夕はそう言い終えてから、記憶を絞り出しながら言う。「あの花の名前を僕たちはまだ知らない、だっけ」
「ああ~、名作ぅ~」沙友理は眼を細めた笑顔で言った。「泣いた~」
「ポケモンだろぉが、皆観てたろ?」磯野は足を組み替えて四人に言った。「主題歌歌っときながら、二人ともポケモン忘れてんじゃねえか」
「1・2・3すげえ好き」夕は無邪気な笑みを浮かべた。「ボクの~、ポケットにーあるーから~……。二人が歌うとめっちゃ可愛い。急にあれだけど、飛鳥ちゃんポケモンにしたらミュウだよね、絶対」
「確かにー」沙友理は面白がって笑った。
「なんだそれ」飛鳥は微妙に苦笑する。「人間じゃないんだ。知らんけど」
「最初の方に出た超レアポケモン」夕は飛鳥に説明した。「子供の頃さ、映画で観たんだよ、ミュウツーの逆襲、だったかな。タイトル怪しいけど。泣いたな」
「泣いたで思い出したけどよぉ」磯野は笑顔で言う。「悲しみの忘れ方と、いつのまにか、ここにいる。泣いた~、あれな、泣けた」
「三作目のドキュメンタリー映画が出る頃は、五期がいるぞ」夕はそう言って、表情を柔らかなものにした。「まちゅが卒業して……。じゅんちゃんとみり愛ちゃんが卒業して……、五期が入ってきてくれる」
「なんか、時代の変化を感じるね」絵梨花は食べながら、ノスタルジックな表情で言った。
齋藤飛鳥は口の先を尖らして、頷いていた。
「後は、まちゅの卒業ライブだね」夕はしみじみとした顔つきで言った。「一生の宝物にするからね、まちゅ」
「ありがとう、えへへへ」沙友理は屈託のない笑みを浮かべた。
「まちゅが考えたライブ構成だから、楽しみにしてなよ」絵梨花は食べながら夕を見て言った。
「さゆりんって、プロデュースすんの上手いよね」飛鳥は箸を止めて沙友理に言った。
「えへへへ。ありがとございまっちゅん」
「ラストか……」夕は呟いた。
「終わったら籍入れような、まっちゅん」磯野は真剣な顔でそう言った後で、夕を睨みつける。「何か文句でもあんのかこら! 最初に、愛してる、とか言ったなぁてめえだろ!」
風秋夕は嫌そうな顔で磯野波平を見つめている。生田絵梨花は鍋に夢中だった。齋藤飛鳥は無言で携帯電話で調べものをしている。松村沙友理はそんな景観を楽しむように、密やかに満面の笑みで微笑んでいた。
5
大盛況でさ~ゆ~レディ?さゆりんご軍団ライブ松村沙友理卒業コンサートも無事に幕を下ろし、時は二千二十一年七月三日になっていた。
この日、生放送の日テレ系音楽の祭典【ザ・ミュージック・デイ~音楽は止まらない~】第二部にて、松村沙友理の乃木坂46としてのテレビ最後の歌唱披露となっている。
緊張を潜在的にしまったまま、松村沙友理は最後まで笑顔でコメントし、歌い、踊り切った。
生放送収録後、〈リリィ・アース〉に集まったのは乃木坂46三期生達であった。
無論、乃木坂46ファン同盟の五人もいる。
地下六階の北側のメインフロア正面の壁面に在る、二つの巨大な扉のうち、左側の〈無人・レストラン〉と銘打たれたプレートのある巨大扉の向こう側。その通路に存在する、三つの飲食を主とする施設。その二番目の並びに在る〈無人・レストラン〉二号店にて、乃木坂46三期生と乃木坂46ファン同盟の五人は集まっていた。
店内の灯りは煌々として美しい装飾でなっている。大理石の床には幾何学的な模様の赤い絨毯が敷かれていて、一つ一つのテーブル席に、三十人は座れる巨大なスペースがあった。ちょうど現在流れているBGMは乃木坂46の『ぐるぐるカーテン』である。
店内の至る所には、ビュッフェ形式で、既に数えきれない程の御馳走が用意されていた。無論、乃木坂46ファン同盟の五人が既に用意していたものである。
「食べよ~」美月は笑みを浮かべて言った。「食べるよー」
「え食べよう食べよ」葉月も大皿を片手に賛同する。「うわ、エビがある……大きい、うえ」
「モッツァレラチーズあるよ」桃子ははにかんで言った。
「モッツァレラチ~ズ!」葉月はテンションを上げる。
「えそんだけしか食べないの?」綾乃は不思議そうに蓮加をまじまじと見つめる。
「後からじゃないと、最初はこんだけ」蓮加は料理を物色しながら答えた。
様々な声が飛び交うなか、何分かして、皆が一つの巨大なテーブルに落ち着いた。無論、間隔を遮るアクリル・パネルを備え付けている。
いただきますの合唱の後、ちらほらと、会話が成立してきた。
「与田、何食べてんの?」理々杏は遠くの席の祐希に手を振りながら言った。
「んんー、お肉ー」祐希は口の中いっぱいで答えた。
「何の肉か言えよ」理々杏は笑った。
向井葉月が早くもおかわりに向かった。
「向井めし、向井めし早くしろ」理々杏は笑いながら言った。「向井めし二皿か!」
「あとサラダだ」葉月はもう一度料理の元へと向かう。
「盛り付けが、きたない」楓が葉月の盛ったスパゲッティを見て言った。
「よし乾杯しよう」美波はグラスを持ち上げて言った。「じゃあ乾杯の音頭、向井さん」
「はいじゃー行くよ?」葉月はグラスを持ちながら、逆の手でぐーを作って言う。「いっぱい食べましょーう!」
「いえーい」という声が集まって、はじけた。
「めっちゃ美味しそう、頂きまーす」美月は笑顔で料理を見つめる。
「絶対サイダーだよ」綾乃は史緒里に言った。
「でもシュワシュワしてないの」史緒里はグラスを見つめながら答える。「どこで取ったかなー、あっちなんだけど」
「あでも、嫌だったらイーサンに頼んで替えてもらえば?」綾乃は笑顔で言った。
「うんそーするー」史緒里は食べ始める。
「サラミみたいだよ」美波は食べながら蓮加に言った。
「サラミ食べた事ないよ」蓮加も食べながら答える。「美味しい」
中村麗乃は笑いながら食べている。
「美味しいですか~?」美波は皆に尋ねる。
「おいしー!」という声が飛び交う。
「え! 美味しい!」美月は驚いた。
「何食べたの?」桃子は美月にきいた。
「肉」美月は横目で答える。
作品名:ボクのポケットにあるから。 作家名:タンポポ