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ボクのポケットにあるから。

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「そ眼が大きいからぁ、すっごい怖かった」美波は真剣な顔で言った。
「え過去形?」葉月は安心して笑う。
「まあ、そだね」美波も微笑んだ。
「与田ちゃん、あーんしてやるよ」磯野は満面の笑みで言った。「あーん、ほれ、あーんしてみ?」
「ちょっとこの人、どうにかして」祐希は困った顔で苦笑する。
「何やってんだ馬鹿者ぉ!」そう怒鳴った後で、夕は優しい笑顔で美月にデザートの載ったスプーンを近づける。「あーん……」
「あーん、ん、おいひい」美月は美しく笑った。
「何やってんだはてめえだろうがっ!」
「あああ! 何たる事をしたでござるか夕殿!」
「桃ちゃんもどう?」夕は優しく微笑んで、桃子に首を傾げた。「おひとつ」
「桃子はいいや」桃子はけけっと笑った。
「私も、そんな度胸が欲しいわ……」駅前は囁いた。
 わいわいがやがやと、楽しい夜は続き、たった一人を除いて、誰もが何も知らぬままで夜は更けていく。
その日の深夜零時ちょうどに、乃木坂46公式ブログの大園桃子のブログにて、二千二十一年九月四日の活動をもって、大園桃子の乃木坂46からの卒業が発表された。

       6

 初夏の日照りが厳しかった今日の午後、秋田県のとある山の麓は、今は少しだけ闇夜に涼しい風が吹いていた。
 二千二十一年七月七日、夜。二階建ての〈センター〉のキッチンにて、姫野あたるはニコニコ生放送番組の「生のアイドルが好き」松村沙友理さんありがとうSPを最後まで見届けた。
「さゆりんごの顔を見れるのは、これが最後じゃないでござるが……」あたるは瞼にまだ滲んでいる涙を腕で拭った。「乃木坂として愛してきたさゆりんごの顔は、あと少ししか見れないでござるな……」
「辛いね」夏男は哀愁の漂う表情で言った。
「正直、無理でござる。小生(しょうせい)が、おそらく一番理解できていたのがさゆりんごなゆえに」
「理解してたの?」夏男は煙草に火をつけながら言った。「さゆりんごさんの、どんなところを?」
「いや、精神的に、とかではなく」あたるも、煙草に火をつけた。「アニメヲタクだった事が一緒でござるから、小生はさゆりんごの趣味を理解できていたでござる」
 キッチンのテーブル席に座りながら、姫野あたると茜富士馬子次郎(あかねふじまごじろう)こと通称、夏男(なつお)は、晩酌をしていた。主に夏男のつけた梅酒と、つまみは様々な野菜のおしんこだった。
 話題は一日を通して、松村沙友理の事でいっぱいだった。
「さゆりんごが大好きな、ポルノグラフィティというアーティストも、よく聴いてるでござる」あたるはそこで、深い溜息を吐いた。「さゆりんごは、小生に多大なる影響を与えてくれた、大好きな大恩人でござる……」
「松村沙友理ちゃんだよねえ。俺も知ってる」夏男はにこやかに言う。「あの子、可愛いよね~。すっごい顔が整ってるよね」
「そうでござろう」あたるは嬉しそうに言葉を返す。「さゆりんはキャンキャンの専属モデルでござる。映画の主演もしている。声優デビューもしてるでござる。最強、でござるよ」
「俺キャンキャンたまーに買ってるんだけどさ」
「夏男殿が!」あたるは驚いた顔で夏男を凝視した。「意外、でござるな……」
「いや、青森に妹が住んでるんだけどさ、妹が読みたがるからね」夏男は微笑んであたるに説明する。「買って、読んでから、送ってる」
「それで知っていたでござるな、さゆりんごを」
 夏男は旨(うま)そうに煙草を味わいながら、頷いた。
「さゆりんごは、小生の初恋でござった……」あたるは、眼を瞑った。すぐに涙が溢れてきた。「小生の人生のドラマで、主人公が小生自身なら、さゆりんごはその人生のドラマのヒロインでござる……。かたじけない」
 夏男は情熱的に涙する姫野あたるに、ハンカチを手渡した。姫野あたるは豪快に鼻をかむ。夏男は顔を引きつらせながらも、見て見ぬふりをする事にした。
「あ~、さゆりんごが何処かへ行ってしまう」あたるは連続する涙を腕で拭いながら、ハンカチをテーブルに置いた。「そう思うと、小生は……。とても小さな存在であったと実感するでござる。さゆりんごを好きになった小生は、それだけ大きな存在感を貰っていたのでござるよ……」
「さゆりんご軍団。知ってるよ」
「最強の軍団でござる」あたるは強く目を瞑る。
「最強の軍団か~……」夏男は屈託なく、あたるに微笑んだ。「カッコイイね、それって」
「可愛いでござる」あたるはすぐに返答した。
「あそう……」
「そもそも、小生はさゆりんごに一目惚れをしたでござる。それから、自然と箱推しになったのでござるが……。それはとても自明の理でござった。さゆりんごが笑っている……。ハート形の口で無邪気に笑っているさゆりんごが好きでござった。さゆりんごが笑っている、その環境、乃木坂自体にも、すぐに真なる魅力を感じたでござるよ……」
「さゆりんさんは、ダーリンの初恋の人、かー……」夏男は感慨深くそう言った。
 姫野あたるは強く、頷いてみせた。
 強い風が、〈センター〉の間近の森林を轟轟(ごうごう)と駆け抜けて行った。真夏に相応(ふさわ)しいセミの鳴き声も心地良く響いている。
「さゆりんごの卒業ライブは、それはそれは、とてつもなく、可愛いものでござった……」そう言ったあたるの眼から、一粒の大きな液体が零れていった。
「ねえダーリン、きいていい?」夏男はあたるの顔を見る。
「はい?」あたるも夏男の顔を見返した。「何でござるか?」
「どうして、センターに来るの?」夏男は新しい煙草に火をつけながら、そう言った。「乃木坂の誰かが卒業する時、必ずセンターに来るじゃない? ねえ、どうして?」
「壊れるでござるよ」あたるは、満面の笑みで言った。「小生は、心は強くないでござる。普段から乃木坂に補強してもらっているその心は、乃木坂の誰かの卒業から眼を反らしたがるでござる。受け止めるには、助走が必要なんでござるよ」
「その助走が、ここってわけだ」夏男は笑顔で頷いた。「心が壊れるほど好きって、実は俺も経験済みなんだー……。俺もさ、実は若い頃、東京から離れて、秋田のこの山の中で、自分自身を見つめ直したんだよ。それが、モー娘。の誰かの卒業の時だったんだ。一緒だね、ダーリン」
「同じ気持ちを持つ、夏男殿だからこそ、小生は初恋の事実を打ち明けたでござるよ。誰にも話した事はないでござる……」
「箱推しって、誰でも、て意味で、DDってよく言われるじゃない?」夏男は煙草を吐き出しながら、表情を優しくして、あたるに言う。「だけど、箱推しの人にはわかる、何て言うのかなー、箱推しがいい理由っていうのがあるんだよね」
「みんなが仲良く、絆を作っている姿が、小生は一番好きなんでござる」あたるは涙を腕で拭いて言った。「可愛いや美しいは、小生の好きの理由の二番目でござるよ。みんなが乃木坂でござる。全員で、小生の乃木坂46でござるよ。みんなが楽しそうにしている姿が一番好きでござる」
「付き合うなら誰?」
「誰でも嬉しすぎるでござるけど……」あたるは真顔で言った。
「うーん……、いい! いいよね! それで!」夏男は凛々しい真顔で言った。