再見 五 その二
藺晨は、白ザルと一緒に居たいだけで、白ザルのしている事に興味は無かった。
白ザルの元に、数日置きに配下が来ては、話し込んでいたり。
『藺晨は無害』と思ったのか、配下が来ても、白ザル藺晨を追い出す事はしなかった。藺晨も口を出す事はしなかった。
一体、こそこそと、何を話しているのやら、、、。
『江左盟』などという言葉が、時折、聞かれ、、、。
《何をしているのかなんぞ、、、気になるものか!。》
だが、とある日、白ザルは藺晨の父親である老閣主に、火寒の毒を完全に抜く施術を願う。
《あの施術の方法を知って、尚、やると!!!。》
これには藺晨は、白ザルの正気を疑った。
老閣主は白ザルに、「そなたの父親、林燮の願いは『生きる』事だ」と諭し、断った。
白ザルの思いは強い、一度や二度では諦めない。
琅琊閣のあちこちで、老閣主を待ち伏せて、懇願したり、、、
部屋の前で座り込んだり、、、、
一切の飲食を絶ったり、、、。
(、、、飯ストしても、白ザルの元々の体が丈夫なもので、中々弱らず、、、。終いには仮病を使ってバレた。)
老閣主には、そういった事が通用しないと理解すると、白ザルは老閣主に腹を割って、直談判に行った。
唯ならぬ覚悟を、老閣主も感じて、直談判には応じたが、『施術はせぬ』の一点張りで、老閣主の決意は揺るがなかった。
老閣主は、白ザルへ『諦める様に』との説得を、これ迄再三していたので、それ以上は何も言わず。
部屋に居座る白ザルを無視して、老閣主は部屋を出る。
白ザルは、老閣主のいない部屋で、ずっと待っていた。寝る時間になれば戻ってくるはずなのだ。
、、、だが、待てども、夜になっても老閣主は戻って来ない。
なんと、老閣主は部屋を出て、そのまま旅に出てしまったと。
行先は、琅琊閣の者にも、息子の藺晨にも言わずに出て行ったのだ。
──万事休す、、、か、、。──
白ザルは機会を失った。
──老閣主の助けがなければ、、どんなに計画を練っても、それは無意味だ。
私でなければ、、、。他に誰が、都に風雲を起こすと言うのだ。私が都で動く為にも、老閣主に施術をしてもらわねばならぬというのに、、。──
──これも運命、、と、、、、、どうして諦める事なぞ出来よう、、。
私は、、こうして生き残ったのだ。──
頼みの綱の老閣主に、見放された衝撃は、決して小さくなかった。
施術が出来るのは、老閣主しかいない。藺晨にも頼んでみたが、腕が及ばないと断られた。
確実に、間違いなく行うなら、老閣主だ。
大事な部分で挫けてしまい、他に打つ手も浮かばない。
困った、、、と言うより、途方に暮れてしまった。
その日以降、白ザルは宛てがわれた部屋に籠り、何日も出て来なかった。
人を拒む訳ではなく、藺晨の診察は受けるし、配下の報告も受けるが。
ただ、別人のように覇気が無い。
老閣主が旅に出て、十日にもなるが、白ザルは立ち直ることが出来ない。
見かねた藺晨が、久しく手合わせをしていなかったので、大岩に誘うが、、。
「、、、ぁぁ、、。」
そう言って、ふっ、、、と、外に視線をやり、、白ザルの心は、何処かへ飛んで行ってしまった。そしてそのままいつまでも、ぼんやり外を見ているのだ。
「若閣主、、ウチの宗主、、何とかなりませんか。」
主の様子を、心配し懇願する黎綱。
「何とかって何だ?。」
「あれですよ、、鍼とか薬で、もう少し元気になりませんか?。あれでは本当に病になってしまう、、。宗主に何かあったら、我々はどうすれば、、。」
「ぷッ、、鍼?、薬??、そんなもので何とかなるか!。」
白ザル頼りの配下に、些か呆れてしまった。
《ま、原因は分かっているのだ、、。何時までもこのままでは無いだろうが。
、、、、確かに、良くはないな、、。》
藺晨は一計を講じる。
その数日後の診察で、、。
「何時までも、うじうじうじうじと、、!!。全く男らしくない!!。それでも赤焔軍の将校か!。」
「、、、、、!。」
この一言にムカついて、白ザルは眉を吊り上げるが。
『どうせこの姿だ。私に何が出来る。』、、と、吊り上がった眉は忽ち下がり、ふいっと藺晨に背中を向けて、寝転んでしまった。
「あぁ〜〜〜!、全く!!、苛々する!。」
「はぁ〜、、元気なら、麓の街へ連れて行こうと思っていたが、、、この様子じゃ無理だな。仕方ない、私、一人で行くか。」
その一言を聞いて、白ザルはがばりと起き上がる。
《ふふふふ、、やっぱり、ここがツボだったか。》
にやりとする藺晨。
「ぁあ?、行きたいのか??。ぅぅん?、具合が悪いんだろう?。大人しく寝てろ。」
白ザルは、藺晨の嫌味にも怯まずに、連れて行け、と言わんばかりに、藺晨の袖を掴んで離さなかった。
「行くのか?。」
そう聞くと、白ザルは云々と何度も頷いた。
「まったく、あっという間に元気になって、、。世話の焼ける。」
吐き捨てるように言ったが、元気を取り戻し、輝く瞳を向けた白ザルに、藺晨の顔が綻んだ。
良かったと、心から安堵した。
好奇心旺盛で、じっとしていられない質(たち)ならば、『街に行く』と聞いて、黙ってなぞ居られまい、藺晨はそう思ったのだ。
『早く行こう』と言わんばかりに、藺晨の袖を引いて、そのまま出かけようとした。
「まぁ、待て待て。そのまま行く気か?。いくら何でもまずかろう。」
「、、、、?。」
「目立ち過ぎる。私が衣を用意してやった。黎綱、着替えさせてくれ。この衣は、お前一人じゃ無理だ。」
「どんな衣装を用意したんですか?。私が手伝わなきゃならないなんて、、。」
黎綱が、布をかけられ、盆の上に畳まれた衣装を受け取り、チラリと布を捲った。
「、、あっ、、。」
「ふふふ。」
「???。」
「、、これ、、着ますかね、、。」
「着るさ!。黎綱、着せられるか?。」
「え?、、まぁ、、そんなに凝ったものでなければ、。」
白ザルが怪訝に思って、布を全て捲った。
何と女物の衣装だったのだ。
艶やかな薄桃色の、随所に刺繍が散りばめられた、見事な衣だった。
白ザルは、『こんな物着れるか!!』と言わんばかりに、憎々しげに手に持った布を、衣装の上に叩きつけた。
「おいっ!、高かったんだぞ!。お前の体に合わせて作らせたのに!。なんて事を。」
「www!。」
白ザルが藺晨を睨みつける。
「ハッキリ言うぞ!。そのまま行ったらな、街の者の格好の噂にされるぞ、その白い毛!。稀代の物知りが居ないとも限らん。詮索されて、身元がバレたら一番困るのはお前だろ!!。
私だってそんな事の道連れにされたら、、、。
この琅琊閣が、探らぬとも限らぬ。
いいか!、これを着なきゃ連れて行かないからな!!。今の格好でそのまま行ってみろ!。注目され過ぎる。私はどうでも良いが、お前がマズいんだろ!。」
「、、、、。」
白ザルは渋々と衝立の後ろに行った。
黎綱もちらちら藺晨を見ながら、不安気に衣装を持って、白ザルに付いて行った。
その後、「ぁ”www」とか、「ヴェェwww」とか、唸り声などが聞こえる。