再見 五 その二
「あ〜〜、、宗主、、お願いです、暴れないで、、。」
藺晨には、大体の察しがついた。女子の衣は驚く程締め付けがキツいのだ。
《あんなもの、男には無理だ。》
だが、、、。
「いいか!、女子は細く見せたがるのだ。だらしなく着るなよ!。きっちり締めて着せろよ黎綱!。きっちり着こなした方が、目立たなくて良いんだからな。」
「ガァwww。」
と言う一声を最後に、その後、衝立の後ろから、声はしなくなった。
半刻程が過ぎ、衝立から白ザルが出てきた。
きっちりと黎綱に着せられ、、、白い髪も結い上げられた。
「ほ〜〜〜!、麗しい!!、何とも、、白い髪が神秘的な、、、。
それにしても黎綱!、器用だな〜!。女子の衣をきっちり着せて。髪まで綺麗に結い上げて。
側で見るからガタイの大きさがアレだが、髪が黒くて遠目に見たら、ちゃんとした女子だぞ。
ほら、鏡は無いのか?。
おいっ、自分で見てみろ。
私が思った以上だ。小国の公主でも通るぞ、、、、遠目には。」
「あー、無いです、、この部屋、、、鏡は。」
──遠目、遠目と、余計だ!。──
と思いつつも、褒められて、満更でも無い様子の白ザル。
「何だ無いのか。、、ま、無いなら仕方ないな。」
「この髷なら丁度良いな、ふふふ。
おい、じっとしていろよ。」
そう言うと、白ザルを座らせて、藺晨は後ろに立ち、髷に長い黒紗を掛け、黒髪の様に流した。
「女子の衣を着ているのに、冠は珍しいだろうが、、、女子だか、男だか分からなくて、都合が良いかもな。」
そして絹貼りの箱の中から、細かな細工の銀の冠を取り出し、それを白ザルの髷に付け、最後に真白の玉の付いた簪で留めた。
「おぉぉぉ〜〜〜!!。」
黎綱が驚嘆した。
「まるで神仙みたいですよ!、宗主!!。何と麗しい!!、、、、遠目からみたら、、、。
いや、視力の悪い者ならば、側で見ても、色白の嫋(たお)やかな女性ですよ。
遠目には誰の目にも、高貴な女子です。」
──黎綱まで、遠目遠目と、、。
まあ、この顔中の白い毛はどうしようも無いからな。
女子の姿でも、外を歩けるならば、儲けもんだ。──
「黎綱、そこの笠を取ってくれ。」
黎綱が藺晨に渡すと、藺晨は白ザルに被せ、顎紐を結ぶ。笠の真中に開いた穴からは、丁度、黒い紗を留めた冠が出る。
それは女子の笠で、顔を隠すために、白い紗が付けられている。胸より下まである紗で、外側からは、白ザルの顔立ちや白い髪はよく見えない。その上、肩巾の広さも上手い具合に隠れた。
「そしてこの手袋を、、、。これで気にせず、何でも触れるぞ。」
白ザルは渡された手袋をはめる。一切の白い毛は見えない。
「若閣主!!、完璧です!!。」
「だろう?!。」
珍しく、藺晨と黎綱の意見が合った。
「、、あの、、でも大女、、ですねぇ、、。若閣主と並んだら、髷の分だけ、宗主の方が大きいかも知れませんよ。」
「ふふふふ、、謎めいていて良いだろ?。二人並んだら、どう見える?。」
「ぇ?、、、ぇ〜〜〜とぉ?、、若閣主と、若閣主に付きまとう、体が大き過ぎて、嫁の貰い手のない女子?。」
「わはははははは、俗っぽいな〜、、。女子に見えるのなら上出来だ。なぁ?。」
「www。」
──もっと、何か言い様が無いのか!、黎綱!!。──
白ザルは黎綱を睨み付けるが、笠の紗に遮られ、黎綱に怒りは伝わらない。
「さ、行くぞ!。」
藺晨は靴まで用意していた。衣に合わせた刺繍が施され、、、、白ザルの足に合わせた大きな靴。
藺晨も自分の靴を用意していた。
藺晨は白ザルの手を握り、眺めのいい開け放たれた縁側へと、誘(いざな)って行く。
「若閣主!、ここは三階ですよ!。まさか、、そこから行くのですか?。」
「ふふん。歩いて行くなぞ面倒だ。」
藺晨は笑って白ザルを見る。
《高い所から下りるなぞ、お前ならば、朝飯前なのだろ?。》
──、、ま、、訳も無いが、、。──
二人は合図するでも無く、飛び降りた。
「あ────っ!!、宗主!!、若閣主!!。」
急いで黎綱は縁の側へ行き、二人が下りた方を覗き込んだ。
二人とも軽功で、飛ぶように琅琊閣の屋根をつたう。
白ザルの衣と、笠の紗が嫋やかにはためいて、仙女が宙を飛んでいる様だ。
黎綱は、琅琊山の樹々の中へ消えるまで、二人の姿を見とれて追っていた。
下りの山道とはいえ、無休で行けば、発作の心配もある。時々休みながら、ゆるりと山道を下って行く。
白ザルがここを通るのは、梅嶺から琅琊閣に来て以来。樹々の色や匂いが違っていた。
笠の紗を上げて、思い切り空気を吸った。
琅琊山には琅琊山の、梅嶺や金陵とも違う、山の樹々の空気を体の中に入れた。
「気持ちが良いだろう?。琅琊山の空気は美味いか?。」
すると紗を上げたまま、藺晨を見て、にこりと笑う。
本当に嬉しそうな笑顔に、きゅんと藺晨の胸が苦しくなる。
《連れ出して良かった。こんな柔らかな笑みは、初めて見た。》
そう思った。
木漏れ日が白ザルに降り注ぎ、そよ風に紗が揺れる。
右手で笠の緣を上げ、白ザルがその木漏れ日を仰げば、紗を通った、柔らかな光が白ザルの面差しを明るくする。
この頃時折、白ザルは、何かを卓越した者の如き表情をする。
その姿は、何にも囚われず、神々しさまである。
何かを選び取る為に、大切な何かを捨てた。
この世の情も、無情も知り尽くし。
地上に繋がれた、重い枷を外されて、舞い上がり、天空を飛ぶが如し。
《まさに神仙の笑み。黎綱め、上手い事を、、。》
『この美しい者は、私の友だ』
藺晨は、世界中に叫びたい気待ちでいっぱいになった。
祖国に追われる事情が無ければ、剣を交えるその姿のまま、諸国を連れ歩いて、自慢をしたい位だ。
《この白い毛が問題なのだろうが、、。私には白い毛を纏うお前が、誰よりも美しく見えるのだ。》
白ザルの白い毛には、美しさ、気品さえ感じ取れる。
白い毛を靡かせて、白ザルの持つ剣が、無駄なく、流れる様に弧線を描く時、その姿に痺れるような、憧れのようなものすら覚えるのだ。。
藺晨の目は白ザルの姿に、釘付けにされるのだ。
白ザルの大きな瞳は、目の前にある物だけでなく、目前の光景を透過して、更に別の何かをも捉えている。
何をか見て、何をか知り、何をか悟り、、、。誰も知らぬ、遥か彼方を見ている様な、、。
包む様に見守る、優しい眼差し。
それでいて、何かを起こそうとしているのだ。天地も震える大きな事だ。
運命に従う者なのか、運命に抗う者なのか、誰一人、この者に教えてやることも出来ぬ。
《何をやろうが、私には関係ない。反対する権利も立場もないが、、、、白ザルが、やろうとしている事を思えば、、、、ただ切なくなるのだ。》
藺晨には関係も無いし、興味もないという、立ち位置を貫いてきたが、何をしようとしているのかは察しがつく。
白ザルが藺晨を見る。
「もう、休憩は良いのか?。」
白ザルはこくりと頷いた。
「では行こう。」
二人はまた流れる様に、山道を飛んで行く。
あっという間に、琅琊閣の厩の建物に辿り着いた。