再見 五 その二
山の中腹にあるが、ここからは道も良く、馬が使えた。
厩の奥には、馬車もある。外装は、決して華美ではなく、落ち着いている。だが、彫刻が施され、重厚感があった。
厩の従者達は、藺晨が琅琊閣から、女子を連れてきた事を、怪訝にも思わなかったが、、いつも使っている馬車を使わず、『馬で行く』と言ったのには、従者が驚いていた。だが直ぐに、二頭の馬の用意をした。
用意された馬は、よく世話のされた良馬だった。厩の従者の人柄を映しているのか、拗ねたところが無い。初めて会う白ザルにも、警戒をしなかった。主である、藺晨が連れてきた者だからなのか。
白ザルが馬の額を掻いてやると、嬉しそうに目を細めた。
林殊は馬の扱いが上手く、暴れ馬と言われる馬をも手なずける。馬に好かれる『林殊の何か』は、白ザルになろうと、失われてはいないのだろう。
白ザルは、鞍の付いた馬の背に、ひらりと舞うように飛び乗った。鐙に足を掛けたどうかなど、全く分からなかった。
《さすがは元軍人、馬の扱いは手馴れたものだ。
それにしても、まさに天女の如く、目が離せぬ。
街へ着いたら、街中の者の視線を集めるだろう。
中身、男なのにな、、、。
白ザルなのにな、、、、ふふ。》
くすくすと笑いが込み上げる。
「ぅん?。」
白ザルが藺晨に『早く行こう』と催促をする。
「あぁ、、そうだな。行こう。」
白ザルと連れ立って、、。
藺晨には楽しみで仕方がない。
白ザルが何に興味を持ち、そして何を感じ、喜ぶのか、、それとも怒るのか。
「はっ!。」
「チッ!。」
二頭の馬は並んで、山道を下りていく。
初めて乗る馬にも関わらず、藺晨より上手く乗りこなしている。人馬一体という感じだ。
藺晨は、白ザルの馬捌きを見ていたくて、白ザルに少し先を行かせ、藺晨の馬は、半馬身程、後ろを走る。麓までは一本道。迷いはしないだろう。
踊るように笠の紗が弾むが、体は振れずに馬を制している。見ていて気待ちの良い、乗りっぷりだ。
元々白ザルの体の芯は、軍営や戦場で、鍛え上げられてきたのだろう。病で、多少、身体能力が落ちても、乗馬等には、何ら差し障りがない様子だ。何なら、曲芸でも出来そうな勢いだ。
《きっと、幼い頃から、鍛えられていたのだろう。なんと見事な。見ていて気持ちが良い。》
白ザルの見事な乗馬に、街までの長い道程も、藺晨はさほどの事と思わなかった。いつもならば、従者を従え馬車に乗り、到着まで書を読んで、暇を潰すのだ。
街の外れに小さな宿館が見え、その後ろには街の佇まいが見えた。
街の喧騒な騒めきも、静かな琅琊閣に居れば、時折恋しくなるもので。
白ザルもそうなのだろう、馬上の後ろ姿が嬉しそうだった。
《元々は金陵の都に暮らしたのだ。こういった喧騒は好きなのだろう。だから落ち込む白ザルを、ここに引っ張り出せたのだ。まぁ、都の煌びやかさには、格段に劣るだろうが。》
人が沢山いる場所には、良しにつけ悪しきにつけ、人の暮らしがあるのだ。人の息吹を感じ取れる。
その小さな宿館に馬を預けた。
ここは琅琊閣が営む宿舎でもあった。
評判も良く、各地から訪れる、旅人からの情報が集められる。全く、琅琊閣には無駄がない。
宿館に馬を預けると、引っ張られるように、白ザルは街の方に歩いて行く。
藺晨はただ、後をついて行こうと、決めていた。
金陵の二割も無い街だが、一通りの店や物は揃っていた。
露店で麺を扱う者、
野菜や食材を扱う者。
布地や衣を商う店。
書や筆や紙を扱う店は、一緒に書物も置いている。
女子の衣や宝飾を扱う店は、良く繁盛していた。
「この辺りにも金持ちはいる。少し垢抜けた品を、『都の方の品』と言うと、飛ぶように売れるのだそうだ。都の『方』から仕入れてきただけなのにな。ふふふふ、、田舎もんだろ?。」
『、、、、藺晨が教えたんじゃないだろうな、、。』
白ザルは藺晨、そんな視線を紗越しにじいっっっと送った。
「何を、、?、私が入れ知恵をしたと???。人聞きの悪い。店主の傍で、『都の物は良く売れるらしい』と独り言を言っただけだ。」
『やっぱりか!』と言わんばかりに、白ザルは藺晨を見た。
「私は何もしていない!。店主が勝手にやっているのだ。私には何の責任もないぞ。」
白ザルは些か呆れて、藺晨を置いて、すたすたと先を歩いた。
ぷんと懐かしい匂い後がした。
火を興した炭の匂いと、鉄の匂い。
匂いの方角に歩いていけば、鍛冶屋があった。
刀鍛冶では無い。包丁や鋳掛け直した鍋など、民衆の生活に根ざした、生活の道具がずらりと並んでいた。
都や城塞の中や、良い鉄が有る場所でなければ、中々、刀鍛冶など、お目にかかれないのだ。
白ザルは、蒙摯や赤焔軍の義兄に付いて歩き、金陵や梅嶺の砦の刀鍛冶に、入り浸ったのを思い出した。
面白い様に、鉄の塊が変化して、刀や剣が出来上がっていく。
刃物の善し悪しなどは、義兄や工夫から、学んだのだ。
鍛冶屋の匂いは一緒だが、興味を引くものは無い。
白ザルがその場を去ろうとした時、ふと、小屋の奥に光るものを見た。
その輝きは、剣に違いなかった。
白ザルは、ふらふらと小屋の中へ入ろうとする。
「あははは、、見つけたか。あれは私のだ。」
藺晨はそう言って、白ザルの肩を押し退け、代わりに自分が小屋の中へ入っていった。
「取りに来たぞ。陳老爺。良い出来栄えでは無いか。見込んだ通りだ。」
「これは若閣主。頼まれたからやりましたけどね、懲り懲りですよ、、。私は若い頃、幾らか打った事があるだけで。老いてから、一からする仕事じゃありませんよ。」
「だが陳老が打った、この剣は傑作だ。私が言った通りだろう。老爺の包丁の刃を見て、絶対に作れると思ったのだ。」
「剣は作りましたが、柄や鞘は無理です。後は若閣主のお好きなように。」
「あはははは、、任せておけ。完成したら見せに来る。」
「、、ケッコウデスヨ、、。」
そう言うと、陳老爺は下屋の鍛冶場に座り、炭の中から灼熱の塊を取り出し、刃物鍛錬に取り掛かった。
子気味のいい打音を、辺りに響かせ、鉄を鍛える。形からして鎌だろうか。
「さて、、。」
藺晨はそう言うと、剣の下に敷かれた紙と布で、剣を包もうとした。
するとじっと見つめる視線に、藺晨は気がついた。
『私にも良く見せろ!。私に持たせずに仕舞う気か?。』
白ザルはいつの間にか、小屋の中まで入って、藺晨の側まで来ていた。
「ああ?、何だ?、見たいのか??。」
白ザルは云々と頷く。
「仕方ないな、、少しだけだぞ。」
そう言うと、藺晨は剣を渡した。
白い手袋が柄を握る。その扱いがあまりに堂に入ったものだから、藺晨が苦笑するが、白ザルが喜んでいるのが、何より嬉しい。
白ザルが空いた手で、少し紗を上げて、直に剣を見た。そして紗を上げた隙間から、藺晨の顔を見て、目を細めていた。
小さな悪戯っ子が、宝物を手にして喜んでいる。
白ザルの曇りのない笑みに、胸をぎゅんと、何かに掴まれた様な感覚に襲われる。
《ああ、、なんでこんなに、私は嬉しいのか、、。