再見 五 その二
白ザルが嬉しいならば、何も要らぬ。
、、、、、私は変なのか?。》
藺晨の胸の当たりが温かく温もる。ただ、白ザルに微笑まれただけなのに。
白ザルの視線は手元の仮の柄から、ゆっくりと上に上がり片手と向きを変えながら、刃や刀の腹をじっくりと見た。
流石に第一線の元武人だけあって、剣の良さが分かる様だ。
その刹那、急に白ザルの手元に力が入り、視線が変わったのが分かった。
「おい!、ここで振り回すなよ!!。」
「、、、、。」
白ザルは、振り回す気満々だった。
気勢を削がれた。
「こんな狭い場所でお前が振り回したら、、私が斬られるだろ!。」
『そんなドジは踏まぬ。』
不満げな様子で、白ザルは藺晨に剣を返した。
「あ〜、危ない危ない。ほんとは剣を振る気だったのだろ?。全く、私が止めねばどうなった事やら。」
藺晨は、少し強い口調で言った。
《、、白ザルは怒り出すかな?。》
白ザルかヘソを曲げるかと、、。
剣を紙で丹念に包み、更に布で包んだ。
《ん?、怒りださぬ??。》
意外に思って白ザルを見ると、紗を片手で上げたまま、にこにこと笑顔で藺晨に訴え掛けている。
『それ、私にくれるのだろ?。な?。私の剣だろう?。』
と言う気持ちを視線に込め、ひしひしと訴え掛けている。
「はぁ??、これをお前にやると???。馬鹿言うな。これは私の剣だ。」
『この剣は私の手にしっくりくる。これ程馴染む剣はあまり無い。
、、、なぁ、、お前は沢山待っている。一振り位、良いじゃないか。
、、なぁ〜、なぁ〜、なぁ〜、、。』
そう訴えて、藺晨の袖を摘んで、女子がする様に、引っ張ったり、揺らしたり、強請ってみせる。
よく遊び歩いた女子に、こうして袖を引っ張られて、物を強請られることがあったが、、、今回は強請られる物が違う。この剣が出来るまで、どれだけの刻(とき)を要し、材料の鉄や鋼を吟味した事か、、、。
そんな事を少しも知らぬ白ザルは、少し膨れた様な頬をして、切ない顔をする。
《、、、こいつめそんな顔を、、、、私が悪いみたいじゃないか、オイ。、、、、、だが剣は、、、。》
「やらぬ!!。」
藺晨がそう言うと、白ザルは紗を下げて、ぷいと藺晨に背を向けて、すたすたと鍛冶小屋を出て行った。
陳老爺は、藺晨と白ザルの会話を聞いていて、剣に興味があるとは、珍しい女子を連れてきたものだ、と、小屋を去る白ザルを、作業を止めて見ていた。
「こら、おいっ、、待て!!。」
急いで剣を持ち、白ザルを追って小屋を出た。
陳老爺は、藺晨が女子を追いかけて走るとは、珍しい事だと思った。
いつもは女子が藺晨を追いかける。
その様を見た者が、藺晨を、『鼻持ちならぬ奴』と不快さを露にする。
「おいっ、待て。一人で歩いて分かるのか?。迷子になっても、お前は道を聞けやしないじゃないか。」
藺晨が肩を掴んで、白ザルを止めようとするが、白ザルは振り切って先へと、ずんずん歩いて行った。
「たかが剣では無いか。私の持っている他の剣を、二振りやろう。これは今、受け取ったばかりなんだぞ。それなのに右から左へ、お前の手に渡すなぞ、、、私の気持ちを少し考えてくれ。あんまりだとは思わないか?。」
すると白ザルは立ち止まったが、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「分かってくれたか。な、機嫌を直して、遊びに行くぞ。田舎の街だが、案外美味い酒もあるのだ。飲ませてやる。」
「、、、、、。」
白ザルの機嫌は直らぬようで、そっぽを向いて知らぬふりをしている。
《な〜に、街の喧騒を聞けば、剣なぞ忘れるさ。》
「さ、行こう!。」
そう言って、白ザルの手を取って、連れていこうとするのだが、白ザルはテコでも動かない。そして繋いだ手を振り切られた。
「おいっ!!。」
藺晨の思い通りにはならず、ついっとそっぽを向く白ザルを、、、『勝手にしろ』とは、このまま放っておけなかった。
いつも侍らせる女子達ならば、こんな事で駄々を捏ねたりはしない。
『私なんか、弓も剣も槍も、梅嶺に置いたままなのだぞ。可哀想だと思わないのか!。
、、いいんだ、、どうせ、私なんか、、。』
そんな風に、いじけている様にも見え、、、、。
《そんな事は無い、、お前は、剣の腕があるではないか。》
そう言って、背中からぎゅっ、と、抱き締めてやりたくなる。
《私が付いている》と。
「ぁあ〜〜!、全く!!!。
、、、分かった!!。」
ぐいと白ザルを自分の方に向かせ。
「この剣はお前にやる!。
、、、、その代わり自分で完全させろよ。私が関わるのはここまでだ。」
怒った様に、藺晨は白ザルに剣を突き出した。
白ザルは藺晨の声に萎縮したのか、笠は下を向いて、小刻みに震えていた。
「なんだ?、何をしてるんだ?」とか、「琅琊閣の若閣主ではないか」とか、、、次第に周りに人が集まりだした。
「姑娘が泣いているぞ」「なんと若閣主が泣かせたのか」「何があったんだ?」などと、人々の口は勝手な事を語りだし、、、、。
「可哀想に、、若閣主から泣かされたのか?」「若閣主も若いからねぇ、、」「あぁ〜〜、、罪な、、」と、更に勝手に話は進み、、、。
十人程の人垣の間で、好き勝手に話が弾んでいる。
「何も知らぬのに、皆、勝手なことを!。私は何もしていない。」
藺晨が人垣に向かって声を張ると、人々はたじろぎ、後ろへ下がった。
「いい加減にしろ、皆の誤解を招く。
お前、私がどれだけ、この剣が出来るのを、心待ちにしていたか!。各地の銑鉄を吟味して、鋼を取り寄せて、やっとこの剣が出来たのだ。それをやると言っているのに、何が不満で、、、、こんなっ、、、。」
白ザルは大きく肩を震わせている。白ザルの笠の揺れは大きくなっていた。
「あぁ〜、、若閣主、そんな大声出しちゃ、姑娘が怖がって、泣き声も出せないじゃないですか〜。」
「浮世を流した若閣主らしくない。」
「優しくしなきゃ駄目ですよ〜。」
人垣からは勝手な言葉が飛び出し、、、更に苛つく藺晨。
「何だとぉ〜〜〜〜!!!。」
ついつい何も知らぬ民衆に向かって、藺晨も大声になる。
クックックックッ、、、、。
白ザルから聞こえる音に驚き。
藺晨は白ザルの紗を少し捲り、下から覗いてみれば、白ザルは口を両手で塞いで、苦しそうに肩を震わせて、必死に笑いを堪えているではないか。
「お前www。」
《騙された!!、何て食わせ者だ。》
「いいか!、こいつは泣いてなんかいない!、笑ってるんだぞ。皆、騙されてるのだ!。」
藺晨は白ザルを指差して、人垣に向かって叫んだ。
「どう見ても泣いてるだろ、、。」
「若閣主、、なんて往生際が悪い、、。」
「女子を泣かせたのに、まさか笑ってるって言うなんて、、、、。若閣主の好”漢”度が下がりますよ。」
何だかんだ好き勝手に言われ、藺晨の何かがぷつりと切れる。
「うるさいっ!!!、分からぬくせにぎゃーぎゃーと!!。散れっ!!。」
藺晨の怒気に恐れをなして、人垣は散り散りに去っていった。
「お前っ、よくもやってくれたな!!。」
藺晨は白ザルにも噛み付くが、『何が?』といった風で、佇んでいた。