再見 五 その二
白ザルは小走りに、藺晨の後に付いて行った。
茶房の中は、案外広く、十程の座卓が置かれ、半分が埋まっていた。
田舎の茶房故が、華美な飾りなどは無いが、良く掃除をされている。
窓の役目をする戸板は、棒で開けた状態にされ、心地の良い風が店内を巡る。
藺晨は一番奥の、通りの見える座席に向かっていた。
一連の不快な店主の誤解、、、だが藺晨は、実は楽しかった。
《クククク、、可愛い娘と思ったのか?、あの店主は。若い女子だと???、、ごつい男なのに??、白ザルなのに??、クククク、、。》
藺晨はずんずんと奥へ進むが、部屋の中程に差し掛かった所で、不意に袖を引かれる。
「何だ?。」
袖を摘んだまま、どこかを向いている。何か気になっている様で、、。藺晨が白ザルの視線を追うと、若い二人連れの客が座っている席を、白ザルはじっと見ていた。
「ん??、、。」
《ハハン、、あの客が食べている『豆』に興味を持ったな?。》
二人連れは、茶の他に、何やら紙包みを広げ、それを食べていたのだ。あの客が食べている、豆の匂いが微かに漂う。白ザルは、匂いに釣られたのだ。
「豆か?。食べたいのか??。」
『云々』と、白ザルの笠が揺れる。
「ふふふ、、分かった。少し分けてもらおう。」
そう言うと、二人連れの席へ行く。白ザルは藺晨の袖を摘んだまま、藺晨に引かれていった。
「旅の方、少し宜しいか?。」
藺晨が旅の二人に声をかける。
「何なりと。」
「どうぞどうぞ。」
突然の藺晨の声掛けにも、怪訝な顔もせず、気持ち良く応じてくれた。気さくな、人の良い男達だった。
「不躾な願いだが、、。私の連れが、貴殿のその紙包みの豆が、気になって仕方がない様で、、幾らか分けてもらえぬだろうか?。」
藺晨は、断られる、とは思わなかったが、、驚く程、気持ち良く了承される。
「おお!!、これか!。これは我らの故郷の名産だ。激辛の落花生だが。我らはこれが無いとな。いつも持ち歩いているのだ。
好みが分かれる所だが、好きな者には堪らない。気に入ったならば、もうひと包みある。良ければ差し上げよう。」
「良ければ相席でどうだろう。初めての土地で、良く分からぬのだ。教えてもらえたら有難い。」
「兄弟!、それは良い!。私は朱砂と申す。」
「私は王向。ここからずっと南の、興山から旅をしている。」
「私は藺晨。琅琊山に居る。」
「おお!!、琅琊山の藺姓のお方。」
「なんと、琅琊山に登らずして、琅琊閣のお方に出会えるとは。我々は何と運が良い。」
朱砂が白ザルの事が気になり。
「、、えーっと、そちらの姑娘は、奥方か?、、それとも藺晨殿の良い方か?。」
「イヤイヤイヤイヤ、、、私は独り者で、この者は私の友人に過ぎぬ。友人、、そう、友人だ。」
藺晨は慌てて説明をする。
「ほー、友人か。」
「イヤイヤ、、そうではあるまい、、、ふふふふ、、まぁ良いか、そういう事に。」
「姑娘、差し支えなければ、お名を伺いたい。」
「おお!!、そうだそうだ!!、是非にも。」
藺晨が口篭った。
「あ”ー、、名前??!!、、。」
「おぅ!、是非にも!!。」
二人声を揃えて、白ザルに願った。
『さて、、、困った。そこまで考えていなかった。』
白ザルは藺晨を、笠越しにじっと見つめ、助けを求める。
《何??、、私にどうしろと。》
藺晨も困る。
すると朱砂が、二人のこの様子に気が付き。
「、、どうされた?、、あ、、そうか、、我々の様な流れ物と口を利いてはな、、。」
「これは失礼をした。我等は田舎者で、良家の姑娘とは、話した事が無い故、失礼をした。許して欲しい。」
すると白ザルは手を振って、『違う違う』と否定をした。
そして藺晨に向かって『おい、何とかしろっっ!!』と顎で合図をする。
「、、まったく、、オマエトキタラ、、。」
呆れる藺晨。
「いや実は、この者は失語症でな、、言葉を話せぬのだ。その上この者は、皮膚病も患って、、、、あ、心理的な病から来た病状なので、皮膚病とはいえ、人に伝染ることは無い。
富貴な血筋だが、、継母に虐げられてなぁ。そのせいでこの様な症状が、、、。
案じた父親が、治療を兼ねて、琅琊閣に預けたのだ。琅琊閣でも、異例なのだが、老閣主の旧友の息女という事もあり、無下に断れなかった様だ。
この者の将来もある為、本名は明かせぬが、、琅琊閣では、、、ぇ〜、、っと、、、長?、、蘇、蘇??と呼ばれてる、、、よな?。」
白ザルは云々と頷く。
『お前、よく口からそんな嘘が、ぽんぽんと出て来るなぁ〜、いや〜、感心するわ〜。』
《うるさいっ!、お前が言えと!。困ったんだろ!。》
朱砂達は何かと感激する質のようで、白ザルの名前にも感激している。
「おぉ!、蘇蘇姑娘!。」
「長蘇蘇姑娘、良い名だ。仮の名でも可憐さを良く現してる。よろしく。」
「蘇蘇姑娘、よろしく!。」
白ザルは腰に両手を当てて少し膝を落とし、恭しく女子らしく挨拶をした。
「おぉ、良家のお嬢さんが、我らに挨拶をして下さるか。よろしく!。藺晨殿、よろしく!。」
「よろしくよろしく!。」
二人は立ち上がり、藺晨と白ザルに拱手する。
「さ、さ、良ければそちらの席に!。」
促されて、二人、席に着く。
丁度、店の者が茶を運んできた。
「まずは一つ、ご賞味あれ。」
そう言って朱砂が、白ザルに落花生を勧めた。
白ザルはおずおずと、手袋のまま、一粒手に取り、紗の中へ、、、。匂いを嗅いだりしていたが、遂に口に入れてみる。
「ケフッケフッケフッ、、、。」
余りの辛さに噎(む)せってしまった。
「ほら、茶だ、飲め。」
藺晨が茶を持たせて背中をさすった。
「あー、やはり辛かったか、、。無理もない。」
「これは激辛だからな、、。」
白ザルは暫く噎せっていたのだが、噎せが治まると、卓上の落花生に手を伸ばし、また一粒摘んだ。
「なんだ!、まだ食うのか!!。」
呆れたように藺晨が言った。
「あはははは、、姑娘、気に入った様だな。」
「こちらの包みは差し上げよう。」
朱砂が、激辛の落花生の包みを、白ザルの前に置いた。白ザルは姿勢を正して、その場で恭しく礼をする。
朱砂が笑っていう。
「こんな物が気に入るとは、蘇蘇姑娘、さては酒飲みだな?。」
「おいおい、姑娘に失礼だろ。」
二人が言ったのを聞き、藺晨が渋い顔をする。
「いやいやいやいや、、。」
藺晨がこそりと二人に耳打ちする。
「この者は、蟒蛇(うわばみ)だ。」
『聞こえている!!』と言わんばかりに、白ザルが藺晨の脇腹を抓(つね)る。
「いてっ!!、馬鹿!!、止めろっ!!。」
藺晨が白ザルの手を払った。
「あはははは、、、。」
「良いぞ姑娘!、失礼な物言いの男に、怯んではならん。」
朱砂達の加勢に、白ザルはこくりと頷く。
「あははは、、姑娘、手網をしっかり握ってな!。」
「藺晨殿、奥方の言うことには従うに限るぞ。」
朱砂と王向が、白ザルの味方をして、勝手な事を言う。
「はぁ?、いつ、私がこの者と!!、だから違うと、さっきから、、、。」
「まぁまぁまぁ〜。」
「はぃはぃはぃ〜。」
「くーwww。」
全力で藺晨は否定するが、朱砂達に軽くなされた。