再見 五 その二
藺晨としては、誤解を解きたい所だが、白ザルが朱砂達の話に、面白がって合わせるものだから、堪らない。
有らぬ方向に、話が進まぬように、逸らすしか無かった。
だが、この二人とは馬が合い、子気味良く、二人が返す言葉が気持ちいい。
まるで二人が一人の如く話すのだ。とても拍子が良く、初めて会ったというのに、自然に二人の会話に、いつの間にか加わってしまう。
とても上手く、話を持っていくのだ。
会話に加わっていても、楽しく、時の経つのを忘れてしまう。
こんな話題にもなり、、。
「ほう、猿と武芸の稽古を!。」
「いやいや、武芸の稽古と、言う程のものでは無いのだが、、。」
「だよな、、畑から追っ払うのに、必死だった」
朱砂の故郷は山の村で、山奥まで進むと『鳳仙溝』という名峡がある。そこに猿がいて、時折、猿の群れが降りてきて、作物を食い荒らすのだという。
朱砂達が子供の頃、その故郷の村では、少し腕の立つ子供は、猿を追い払うのが役目だったという。
中には賢い猿もいて、朱砂達は、知恵を出し合って、来ないようにと罠を仕掛けても、幾らもせずに破られたと。
「あいつは賢かったよな、『白足』。」
「あぁ〜白足。奴には酷い目に合わされた。賢い上に強かった。」
足の一部に、白い毛が生えている親分猿がいて、格外に頭が良く、白足が率いる群れがくると、被害が甚大だったそうだ。
「我らが猿番をする年齢を過ぎた頃、奴の群れの親分が白足から変わって、、、奴はそれきり見なくなったと。」
「あぁ、、若い雄の猿に、親分の座を奪われたのだろ。だが、白足以上に頭の良い奴はいなかったな。」
「そうだ、、、懐かしいな。」
「群れの小猿が逸(はぐ)れて、我等に捕まりそうになると、助けに来たり、中々泣かせる猿だったな。」
「人でも、見捨てたりする者がいるというのに、なんと、そんな猿が。」
藺晨も白ザルも、猿の話に聞き入っていた。
「おぅ、白足は、義侠心溢れる猿だった。」
「な。」
二人共、白足を懐かしんでいた。
そこに藺晨がぽつりと呟く。
「ふ、、む、、。実は、ここらにも猿がいるのだ。」
「ほう、ここらでも。」
話に食らいついた朱砂に、藺晨は大仰に言ってみせた。
藺晨が勿体つけて言う。
「なんと驚け!、全身真っ白な猿がここにはいるのだ!!。」
「なんと!!!、全身真っ白の猿!!。」
「なんと珍しい!!!。」
「見てみたいものだ。」
「おぅ、見てみたい!。」
二人はすっかり、白ザルの話の虜に。
「、、痛っ!、、。」
藺晨の頬に痛みが走る。手で頬を押さえたが、切られたり、血が出ているわけでは無かった。
「どうされた?、藺晨殿?。」
「今、頬をちくりと、、。」
擦りながら藺晨が言う。
「何っ、、虻たな。」
「あぁ、、虻だ。我らもやられた。」
「虻ぅ??、、。」
《そんなわけは無い、白ザルが落花生を私に当てたのだろ!!、コイツめぇ、、。
ま、白ザルの話をした私も悪いが。》
頬を擦りながら、じろりと白ザルを睨むが、白ザルは素知らぬ振りで、ぽりぽりと落花生を食べていた。
楽しく時を過ごし、「また会おう」と約束を交し、朱砂達と別れた時には、日が傾きかけていた。
「これは、、琅琊閣に戻るのは無理だな。おい、野宿で構わぬだろ?。慣れてるよな。」
『ああ、そうするしかないな。
美味い酒を買い込もう。』
白ザルはそう言っている。宿に泊まれば、どれだけ注意を払っていても、姿を見られてしまう可能性もある。白ザルも分かっているのだ。
酒と肉を買い込んで、馬を預けた宿館に着いた頃には、すっかり夕暮れになっていた。
急いで、琅琊閣の厩に向かうが、半分走ったか走らないうちに、とっぷりと日が暮れて、それ以上、進めなくなった。
辺りは、木々がちらほらと生えている場所で、直ぐに枯れ木も見つかったので、ここで野宿する事に決め、馬を繋ぎ、傍らで火を起こして、肉を焼いた。
駅館から、野宿に使う、紙製の『寒さ避け』を借りてきた。畳めば小さくなり、軽くて丈夫な物だ。
林殊が野宿をする時は、大概、外套で間に合わせていた。この様な物がある事を、初めて知った。
肉が焼けるまで、酒を喰らう。
お互い、ひと瓶ずつの酒瓶を煽った。
誰もいないが、それでも白ザルは注意を怠らず、決して笠は外さなかった。藺晨の顔が見えるように、前の方の紗だけを、笠の上に捲り上げていた。
「面白い奴らだったな。良い奴らだった。」
『ああ、また会えるだろうか。楽しかった。』
「明日、ここを発ち、教えてやった名所を回り、帰路につくと言っていた。天候も安定しているし、良い旅になるだろう。」
『商い品の、販路を拡大すると言っていた。きっとまた来るだろう。』
「そうだな。その時は落花生を多めに持って来るだろう。ここにお得意様がいるのだからな。」
『あははは、、そうだな。全部買ってやる。これは美味い。』
白ザルは落花生をひと握り掴み、一つずつ噛み砕し、酒で流し込んだ。
「誰が金を出すんだ??。」
『旦那様、買ってくださいませ。』
白ザルは腰に両手を当て、女子の様にお辞儀する。
「調子が良いぞ!、全く!!。」
藺晨は白ザルの顔めがけて、手に待った落花生を飛ばした。
あわや、左目に当たりそうになった落花生を、白ザルはぱくりと食べて、酒で流す。
『あははは、美味いっ!。』
「全く、お前って奴は、、。」
呆れて苦笑する藺晨。
「ほら、肉も焼けた。食え。」
『おう!。』
藺晨から、串に刺さった肉をを受け取り、美味そうに頬張るが、舌が上手く使えないので、少しずつ齧(かじ)って食べている。白ザルは、火寒の毒に冒されなければ、きっと、口いっぱい肉を詰め込んで、あっと言う間に飲み下し、山ほどの肉を平らげるのだろうと、藺晨にも想像ができた。
白ザルは、ほっとして心落ち着き、ゆっくりと肉を食い、酒を飲み干し、慣れない街で着馴れぬ女子の衣装で歩き回り、、疲れも出たのだろう。白ザルは眠気に襲われた。藺晨がそれに気がつく。
「交代で寝よう。滅多には無いのだが、ここらは、狼が出ることもある。お前が先に寝ろ。」
白ザルはこくりと頷き、笠の顎紐を解き、だが、頭から外す事はなく、酒瓶を枕に、笠を顔に被せたまま、横になった。
「頃合いを見て起こす。ゆっくり眠れ。」
笠が動いた。白ザルが頷いたのだろう。
程なく、白ザルの寝息が聞こえだす。
《疲れたのだな。
白ザルが楽しそうで、何よりだった。少しでも、自分の運命(さだめ)の煩わしさを、忘れさせられたのなら、私も連れて来た甲斐があった。》
「、ぅ、ン、、。」
白ザルが寝返りを打つ。包(くる)まっていた寒さ避けが剥がれて、背中が丸見えになった。
「、、あぁ、全く、、寝ていても、手間がかかるのだな、お前は。」
寒さ避けを掛け直そうとして、ふと気がついた。
《あ、、そういえば、女子の衣で、締め付けたままだったな、、。苦しいだろうに、、。》
寝た甲斐も無かろうと思い、白ザルの背後から上衣の中を探り、帯を緩めてやった。
すると、白ザルが飛び起きて、体を笠で隠し、わなわなと笠を震わし、藺晨を睨むのだ。