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ポケットの中の夏。

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「そ。ありがたい事にね」佑美はカクテルを一口飲んで、言う。「来月は、セカンド写真集、出ますから」
「おー、走ってるねー」一実は微笑んだ。「なぁちゃんもスケジュール大変だよね」
「うん……、最近で言うと」七瀬は思い出しながら言う。「『ハコヅメ』、『孤狼の血レベル2』、『鳩の撃退法』、かな。あとレギュラー番組とか……。竜とそばかすの姫、観に行きたいけど、行けるかな~って……」
「なぁちゃん忙しいよね」佑美は喜んで言った。「うちらの先頭走ってる感じ。なんかこう、マラソンでいうところの」
「ありがたい事に」七瀬は頷いて、薄い笑みを浮かべた。
「さゆりんごは『プロミス・シンデレラ』と、『シンデレラ・コンプレックス』でござるな!」あたるは嬉しそうに言った。「さゆりんごのドラマはドキドキするでござるよ! イマドキも聴いてるでござる。要チェックでござる」
「そう~、シンデレラ・コンプレックス、最後どうなるか、ちゃんと見守っててね!」沙友理はあたるにウィンクした。
 姫野あたるはフリーズする。しかし、心拍数は上がる一方であった。
「ねね、もっかい写真撮ろう」かりんは用意した携帯電話を見せて言った。「はーい、チ~ズ!」
 パシャ――。
 駅前木葉は、星野みなみの後ろ姿に、そわそわしている。話しかけるタイミングを計っているらしい。
「あの」
「ぎゃああ!」
 駅前木葉は、申し訳なさそうに、一瞬、眼を瞑った。
「っくりしたあ~……」みなみは顔を驚かせて駅前に言う。「木葉ちゃーんもう! 脅かさないでよ~!」
「申し訳ありましぇん、ふっふ」駅前はあごをしゃくらせた。高揚しているせいだった。
「木葉ちゃん、誰といるの~?」みなみは辺りを確認しながら言った。
「ええ、ふらふらと」
「そっか。みなみも~」みなみははにかんだ。「さっきまでいくちゃん達といたんだけど、食べるーってどっか行っちゃった」
「食べてますか、みなみさん」駅前は微笑んで言った。
「食べてない、まだ~」みなみも微笑み返す。「でも呑んでるから。え食べた方がいいかなあ?」
「何を呑まれているのですか?」駅前はみなみの手元を見る。「ワイン?」
「シャンパン」みなみは笑顔で答える。
「シャンパンに合う料理なら、パエリアや、意外と、ウニなんかもいいものですよ」
「あーパエリア食べたいかもー」みなみはにっこりと微笑む。「ウニも食べたーい」
「ありましたよ。行きましょう」
「はぁい!」
駅前木葉は、星野みなみと、料理のビュッフェ・コーナーへと歩き出した。
「何だよ、美月ちゃんいねーじゃん今日……」
 磯野波平は店内を一周してから、一人囁いた。
「けっこういねーメンバーもいんなぁ……」
 磯野波平はパーティー会場を闊歩する。全体が立食パーティーになっていて、実にいい雰囲気だった。
 磯野波平は遠目に、北野日奈子と伊藤純奈と渡辺みり愛を見つけた。早速、そちらへと早歩きで移動する。
「き~いちゃん! 純奈ちゃん! み~り愛ちゃん!」
「おお、おっす波平」純奈は」笑顔で言った。
「おっす!」
「おー波平さん」みり愛が言った。
「波平さんはやめてくれって……」
「今日はもうガールハントしないでいいの?」日奈子は強い笑顔で波平に言った。
「それは夕だろう?」波平は顔をしかめて日奈子に言う。「俺はナンパ野郎じゃないんだぜ? 意外とよぉ」
「一緒だよ」純奈は笑って言った。
「いや、あのね」日奈子が真剣な顔をして言う。「夕君、意外とナンパしてない。ほら、振る舞いが上品なだけで、意外とプレイボーイじゃないよ。だから波平君の方がナンパだよ、絶対」
「そんなん、言われたら、照れんだろうが」波平はにやける。
「いやぁ!」日奈子は驚く。「誉めてないっ、どこ誉めた今っ!」
「けなしてんだよ」純奈は笑う。
「ねえねえ、焼肉しない?」
 会話に参加してきたのは、寺田蘭世と鈴木絢音と山崎怜奈であった。このグループは誰もティアラをしていなかった。
「やる」純奈は即答する。「鉄板、あるの?」
「今出してもらってる」蘭世は答える。「まいちゅんと夕君があっちで用意してる」
「えー、夕君もいるのー、あたしちょっと嫌だわー」波平は日奈子の後ろに隠れて、裏声で言った。
「気持ち悪いから、そういうのやめな」みり愛は真顔で言った。
「きつい!」波平はダメージを食らう。
「ねえ、未央がさっき着いたらしいんだけど、見てない?」絢音は皆に言った。
「お、未央奈も来たんだ」日奈子は嬉しそうに言った。「まだ見てないなー」
「見てないねぇ」純奈も言った。
「焼肉してれば集まってくるでしょう」怜奈は笑顔で言った。
「あ、呼んでる……」日奈子ははにかむ。
 テーブル席の方で、新内眞衣と風秋夕がここのメンバーを手招きで呼び込んでいた。
「行くか」日奈子は歩き出す。
「お腹空いた」みり愛も歩き出した。
 ぞろぞろと、ゆったりと、磯野波平達は焼肉へと歩みを進めて行った。
「イナッチさあ」未央奈は真顔で稲見に言った。
「ん?」稲見は未央奈に振り向く。「何? おかわり?」
「ううん。あの、自分の部屋あるじゃん?」未央奈は稲見を見上げながら言う。
「自室だね、うん。あるよ」
「ソファ、四つも置いてんでしょ、リビングに」未央奈は眼をぱちくりとさせて言う。
「ああ、あるね」稲見は頷いた。
「やめた方がいいよ」未央奈はすん、として言った。「毎日誰かを呼んでるの? て感じ。自分の部屋なんだから、ソファそんなにいらないじゃん。なんかチャラい」
「……」稲見は無表情で、傷ついた。「そう、か。わかった。明日にでも直そう」
「別に直さなくてもいいけど、私には話しかけないで下さい、って感じ」未央奈はつん、として言った。
「……」稲見は黙り込む。
「うっそ」未央奈は微笑む。「でも気を付けた方がいいよー。イナッチ、チャラくないんだから。チャラく見られちゃうよ?」
「気をつけます……」稲見は無表情で、未央奈に頷いた。
 松村沙友理は白石麻衣の元へと駆け寄った。
「麻衣ちゃんいたの~!」沙友理は満面の笑みで麻衣に言った。
「あ、沙友里ちゃん、うんいたよ~」麻衣も満面の笑みで沙友理を迎える。「逆にいたの~沙友里ちゃん」
「いたの~!」沙友理は微笑んだ。
 生誕祭パーティーは夜更けまで催された。

       9

 二千二十一年八月十八日、午後十九時、〈リリィ・アース〉地下六階の東側の壁面の奥に存在する〈映写室〉にて、乃木坂46ファン同盟の五人は、猫舌ショー・ルームに出演する伊藤純奈と渡辺みり愛の姿を見守っていた。この日が伊藤純奈と渡辺みり愛の二人にとっての最後の生配信であった。
「いつもと同じ感じなのかな……」夕は少しだけ言葉をためらって、そう言った。
「いつもは最後とは違うから、少し特殊な配信にはなりそうだけど」稲見は夕に言った。
「おい、始まんぞ」磯野が言った。
 姫野あたるも駅前木葉も、巨大スクリーンを見守っている。
 それは伊藤純奈の笑い声と共に始まった。
 始まりは、いつもと同じ様な感覚であった。
「始まってしまったでござる……」あたるは画面に顔を歪めた。
「二時間もありますから、ダーリン、力を抜いてください」駅前はあたるを気遣ってそう言った。
作品名:ポケットの中の夏。 作家名:タンポポ